11月26日(木曜日)結衣花のやきもち?


 電車を降りた俺は旺飼さんの自宅に向かって歩いていた。


 旺飼さんにプレゼンの結果報告をしたいというと、自宅で食事でもしながら聞かせてくれと言ってきたからだ。


 一方、隣には自宅に帰る途中の結衣花がいる。


 だが、さっきからあまり話してくれなくて俺は困っていた。 


「あのさ。なに怒ってるんだ」

「別に怒ってないよ。っていうか、なんでついて来るの?」

「俺もこっちなんだって」


 ここに来る途中、電車の中で音水も一緒だったのだが、それが原因だろうか。


 しかし音水がいつも話に登場する後輩だということは隠している。

 疑われているだろうが、まだ結衣花にバレてはいないはずだ。


 すると結衣花はさも当たり前のように訊ねてきた。


「それはそうと、後輩さんってかわいい人だね」

「……こ……後輩? な……な……なんのことかなぁ……」


 極限まで高まった焦りを隠して、しどろもどろに答える。


 だが、まだ大丈夫だ。

 まだバレていない。


 これはきっとハッタリに決まっている……。

 そうだと信じたい。


「お兄さんさぁ……」


 結衣花は、まるで憐れむようにため息を吐いた。


「ごまかすのは、もう限界じゃないかなぁ」

「そう思う?」

「ここで聞き返すところがお兄さんだよね」


 ふむ……。

 うっかり聞き返してしまったが、どうやらそのことでさらに疑いを深めてしまったらしい。


「ち……ちなみにだが、正直に言ったら機嫌を直してくれるか?」

「すごいね。白状する前にここまでわかりやすいと圧巻だよ」


 簡潔に結果をまとめると、音水が後輩だということが完全にバレてしまった。


 むぅ……。今日の俺って完璧だったと思ったけど、やっぱりダメだったか。


「本当のことを言うとね。自己紹介された時から気づいてたんだ」

「じゃあ、なんでわざわざ訊いてきたんだよ」

「お兄さんが焦っているところが面白かったから」

「俺、焦ってなかったぜ」

「はいはい」


 つまり電車の中で繰り広げられたやり取りは、最初から結衣花に軍配があがっていたというわけか。


「でも見るからにリア充って感じの人だったよね。プレゼンも上手そう」

「俺が手塩にかけて育てたからな」

「えっち」

「どこがだよ」

「手塩にかけてマッサージしたんでしょ。これだから大人の男は……」

「発想力に悪意を感じるのは俺だけか?」


 やっぱりイジってきやがったな。

 だが、その反応は予想とは少し違うものだった。


 以前は俺と音水をくっつけようとするような内容ばかりだったが、今の結衣花の反応はどちらかというとヤキモチを焼いているように見える。


 そういえば結衣花が後輩のことでからかってくるのはひさしぶりかもしれない。


 とりあえず、誤解だけは解いておこう。


「本当になにもないって」

「どうかなぁ~。いろいろなことをしたって言ってたし」

「するわけな……い……だろ……」


 ……途中まで言いかけて、俺は口ごもってしまった。


 よくよく考えてみると、俺と音水って結構きわどいシチュエーションが多いんだよな。


 腕だってよく組んでたし、抱きつかれたりしたこともある。

 なにより俺は、音水から告白されているんだ。


 そんな俺を見た結衣花は、不信感をあらわにする。


「口ごもった。やっぱり怪しい」

「わずかばかり……、ほんの少しハプニングがあったくらいだ」

「詳しく聞きたいな」

「話すほどの事じゃないし、別の機会で……」

「そう言わずに」

「やっぱり怒ってるだろ」


 なるほど、ようやくわかってきた。

 俺と音水が不純なことをしていると思って、結衣花は怒っていたんだ。


 いや……、どちらかというといじけているという感じかもしれない。


「やっぱりお兄さんは、ああいう人がタイプなの?」

「……まぁ、タイプかどうかと言われれば、魅力的だとは思っている」

「うんうん。やっと素直になったね」

「別に隠していたわけじゃないさ」


 そうさ。俺は別に音水のことを嫌ってなんていない。

 告白された時は、正直嬉しかったさ。


 それだけの魅力を音水は持っていた。


「あいつはいつも一生懸命だからな。どうしてもそういう奴は人を惹きつけるだろ」


 音水には言えないが、率直な俺の気持ちだ。

 いろいろな要素はあるが、音水の何が一番いいのかというと結局そこに辿り着く。


 結衣花は少し首を傾げた。


「……それって、お兄さんもだと思うけど」

「どういう意味だ?」

「特に意味はないけど、言ってみました」

「なんだよそれ」


 とはいえ、結衣花にそう言われて俺は嬉しかった。

 あまりない事とはいえ、彼女に認めてもらえると安心する。


「結衣花は自然体で人を惹きつけるよな」

「それってどういう意味?」

「なんとなく言ってみただけだ」

「わ。生意気」

「そういう年頃なんだ」


 すると彼女は小さな手で、俺の腕を掴んだ。

 そして二回ムニって、気分がいいことを教えてくれる。


「今日もスタンションポールってわけか」

「よきに計らうお兄さんは素敵だよ」

「光栄の極みだぜ」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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次回、楓坂のおねだり。その内容は?


投稿は毎朝7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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