11月26日(木曜日)電車であう後輩と……


 午後四時。

 プレゼンを終えた俺は、電車に乗って旺飼さんの自宅に向けて移動していた。


 普段は電車の中でも立っていることが多いのだが、プレゼンで疲れていたこともあって座席に座ってる。


 その時だった。


「笹宮さん?」

「音水じゃないか。そういえば今日会うのは初めてだな」

「はい」


 周囲に花が咲きそうな輝く笑顔。

 俺の後輩……音水遙だ。


 この日は音水も商業施設でプレゼンをしているが、今日会うのは初めてだった。


 今回のプレゼンは他の業者とバッティングしないように時間をズラして行っている。

 一度会社に顔は出していたが、お互い忙しくて朝の挨拶もできていなかった。


 彼女はちょこんと俺の隣に座る。  


「笹宮さんの隣、頂いちゃいます」

「ふっ……。いくらでも頂いてくれ」


 しかし、いつも通勤に使っている路線だが音水に会うのって初めてだな。

 音水の自宅は会社の近くにあるし、当然と言えば当然か。


「音水がこの路線に乗るなんてめずらしいな」

「外回りの途中なんです。笹宮さんは?」

「おなじだ。中央公園駅までいかないといけない」

「じゃあ、途中まで一緒ですね」


 最近はお互いに忙しかったから、こうしてゆっくり話をするのは久しぶりかもしれない。


 特別チームに配属されたとはいえ、俺は毎朝自分の会社に出社している。


 会議にも出るし、朝礼だってする。

 他の社員からすれば、ただ単にクライアントのところへ打ち合わせに行っているように見えるだろう。


 だがコンペで忙しいということもあり、音水と話をする時間はかなり少なくなっていた。


 ひさしぶりにゆっくり話せる時間を得たからか、音水は以前よりも甘えるようなしぐさで話し掛けてくる。


「私達の後でプレゼンをしたんですよね? どうでした?」

「上々だ。音水の方はどうだ?」

「ばっちりです! いぇい!」


 かわいらしくブイサイン。

 社会人でこのポーズがこれほど似合うのは音水ならではだろう。

 ドヤ顔がかわいいのって得だよな。


「今回こちらはコラボ企画なんですけど、私が考えたんですよ」

「ほぉ。それは楽しみだ」

「詳細は土曜日をお楽しみにって感じですね」


 土曜日の午後八時に動画サイトで俺達のプレゼンの様子が公開される。

 その時に音水が考えた企画もわかるというわけだ。


 別チームで同じ仕事を奪い合っているのだが、やはり元教育係として彼女に成功して欲しいという気持ちはある。


「ずいぶん自信があるみたいだな」

「はい! 相手が笹宮さんでも、今回は私達が勝ちます!」

「音水はコラボ企画を考えるのが上手いから、油断できないな」

「そんなぁ、テレますよ」

「素直な評価だぜ。気配りができる音水なら、互いの会社に配慮もできるだろうしな」


 ハロウィンの時もそうだったが、音水はコラボ企画を考えるのが得意だ。

 しかもただコラボをするのではなく、ちゃんとお互いのファンが納得する内容に仕上げてくる。


 多少はひいきめで見ているかもしれないが、それを抜きにしても音水は仕事ができる方だろう。


 そして彼女の反応は……、


「も~、べた褒めしすぎです! お嫁さんにしたいとか言い過ぎですよ!」

「俺、嫁なんて一言も言ってないんだけど?」


 ……うーん。

 少し過大評価していたかもしれない。


 音水ってたまに人の話……っていうか、俺の話を聞かないところがあるんだよな。


「えへへ。やっぱり笹宮さんが隣にいてくれないと、調子が出ません」

「仕事はうまくいってるだろ」


 するとここで彼女に変化があった。

 さっきまでの無邪気さが薄くなり、代わりに誘うような甘えた雰囲気が現れる。


「もし笹宮さんがそばにいてくれたら、私はもっと頑張ることができるんだけどなぁ~」


 声、視線、息遣い。

 彼女の気持ちを知っているからなのか、そのすべてが色っぽく見える。

 

 よく見ると、以前よりもキレイになっているみたいだ。

 身だしなみや化粧に上品さが現れるようになっている。


 初々しさと同時に大人の魅力を兼ね備え始めたのか……。


 そしてわずかに空いていた距離を彼女は詰めてきた。


「……なんで近づくんだ?」

「私、憧れてたんですよね。電車の座席に隣同士で座って、好きな人の肩に頭を乗せるの……」

「い……今は……アレだ。……仕事中だし……」

「言葉が詰まってるってことは、私のことを意識しているってことですよね?」


 くっ……。音水のやつ、いつの間にここまで攻めるのが上手くなったんだ!

 この俺が完全に抑え込まれている!


 慌てて距離を取った俺は、別の話題を切り出そうとした。


「と……とにかく。このプロジェクトは渡さないからな」

「あー、無理やり話をそらしたぁ。笹宮さん、かわいい」


 困っている年上の男を捕まえてかわいいってなんだよ……。


 ……だが、まだだ。


 まだ俺の窮地は始まったばかりだった。


 電車が聖女学院前駅に到着した直後、一人の女子高生がこちらに向かって歩いてきた。

 そしていつものように声を掛けてくる。


「こんにちは。お兄さん」

「……よ……よぉ。結衣花」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、結衣花と音水に挟まれた笹宮の運命はいかに!?


投稿は明日の朝7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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