11月15日(日曜日)楓坂とミルクティー


 日曜日の午前中。

 新しく発表された『バレンタインオーダーイベント』に提出するための企画書を俺は作っていた。


 いきおいよくノートパソコンのキーボードを打つ横で、楓坂が心配そうに声を掛けてくる。 


「笹宮さん、少し休みませんか?」

「ああ、もうちょっとだけやらせてくれ」


 俺が考えたのはインスタ映えをテーマにした新フードのグルメ対決。

 それを動画投稿サイトで人気投票を行うというものだった。


 すでにあらかたの内容は用意していたので、企画書に起こすのはそれほど難しくはない。


 全ての項目を入力し終えた後、ファイルを保存してノートパソコンを閉じた。


「よし、終わった。明日はザニー社に行って、旺飼さんにこの企画を見せてみるよ」

「私、明日は大学があるんです。行けなくてごめんなさい」

「大丈夫だ。まだ楓坂は大学生なんだから、そっちを大切にしてくれ」


 さて……。


 やることは一通り終えたし、あとはゆっくりするか。


 立ち上がった俺は横にいるメガネ美女に訊ねた。


「コーヒーを飲むけど、楓坂はなにがいい?」

「もちろんミルクティーですね」

「わかった」


 楓坂は紅茶が好きで、特にお気に入りはダージリンのミルクティーだ。


 いつも飲んでいるのはお徳用パックの安いものだが、この方がミルクティーに合うと楓坂は言う。


 飲み物の好みって値段じゃないもんな。


 キッチンに立った俺はコーヒーとミルクティーを用意し始める。


 ところが一緒についてきた楓坂が、なぜか作業の様子を眺めていた。


「どうしたんだ? リビングで待っていればいいのに」

「笹宮さんがコーヒーを淹れるところを見ていたいんです」

「んん?」


 コーヒーを淹れるところが?

 いまいち彼女がなにを求めているのかが分からない。


「それって面白いことあるか?」

「大切な人のそういうところって、心をくすぐられるんですよ」


 うーん。

 よく恋愛ブログで『何気ないしぐさでキュンとする』というフレーズをよく見るが、楓坂にとってはコーヒーを淹れる瞬間がそれということか。


 やはり女心というものは難しい。


「えいっ」


 ……と、ここで楓坂が俺に体をくっつけてきた。


 いきおいはなかったのでコーヒーがこぼれるということはなかったが、突然のことだったので驚いたぜ。


「こんどはどうした?」

「くっついてみたかったんです」


 よほど嬉しいのか、楓坂はほがらかに笑う。

 その表情は二十歳というより女子高生に近い純粋さがあった。


 正直……こっちがときめきそうだ。


「笹宮さんんは無理でしょうけど、普通の男性ならここで腰に手を回すとかイケてる行動をするんでしょうね」

「楓坂もそういうことをやって欲しいのか?」

「私は今のままでもいいですよ。こうして一緒にいるだけで幸せですから」


 コーヒーとミルクティーを用意できたので、俺達はそのままキッチンに立ったまま飲むことにした。


 もちろん楓坂は体をくっつけたままだ。


 少し恥ずかしいので、強引に仕事の話をしてごまかそう。


「とりあえず企画の方向性も見えてきたし、あとはどこまで詰めれるかだな」

「いつも思いますが、笹宮さんって思い切りの良さは誰にも負けませんよね」

「それ、褒めてる?」

「そこそこに」

「わぉ。そこそこ嬉しいぜ」


 とはいえ楓坂が褒めてくれているというのは伝わっている。

 俺は声のトーンを少し落として、自分の想いを口にした。


「まっ……。俺には天才達のような強みはないからな。それをカバーするには決断力に極振りするしかないだけさ」


 本当にたったそれだけの理由だった。


 だが、楓坂は何かに驚いた様子で俺の顔を見てくる。


「……え、なに?」

「なにも……ありませんけど……」

「どうしたんだよ、急に……」

「さっき……ですね。こう……キュンってなったから」


 おぉう……。

 いきなり言われたらめっちゃ恥ずかしいぜ。


 戸惑う俺に楓坂は言う。


「笹宮さん、ちょっと前言撤回していいかしら?」

「どんなことを?」

「腰に手を回すお話です。さっきはこのままでいいと言いましたが、今は……、その……回して欲しいです」


 それはつまり、恋人がよくやっているアレだ。

 緊張しながら俺は訊ねた。


「……えーっと、いいわけ?」

「聞かないでくださいよ。もうっ。 恥ずかしさに乗算効果を加えてどうするんですか……」

「……すまん」


 ヤバいなこの雰囲気……。

 でもこのまま放置とか、そっちの方が失礼だろう。


 ここは決意を固める時だ。


 俺は緊張しながらも、楓坂の腰に手を回した。


「こ……こうか?」

「……」

「なんか言ってくれよ」

「素敵に溶けちゃいそう」

「あんまり考えたことなかったけど、こういうのって結構ドキドキするよな」

「ええ……。私も今、すごくドキドキしてる」


 ヤバい、ヤバい……。

 すっげぇ、恋人ムードが高まってる。


 この後、どうするんだよ……。


 ……と、頭の中でパニックになっていたら、楓坂はまったく違う方向性で攻めてきた。


「だって、そろそろいつもの天然ボケをかましてくると身構えていたのに、普通の感想を言うんだもの。驚いちゃった」

「おまえ……、俺の事をなんだと思ってんだ……」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、大学から帰る途中の楓坂と!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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