9月11日(金曜日)楓坂の手料理
音水の部屋に立ち寄った後、俺は自宅のマンションに向かった。
暗くなった夜道を歩きながらスマホで時間を確認すると、すでに夜の九時になっている。
少し遅くなってしまった。
マンションのすぐ近くに到着した時、ちょうど向こうから楓坂がやってくる。
「こんばんは、笹宮さん。今、おかえりですか?」
「ああ、ちょっと遅くなってな」
すると楓坂は、じっ……と俺を見る。
なんでそんなふうに見るんだ。
おかしなところなんてないはずだが……。
「どうしたんだ?」
「いえ、べつに。……ところで、笹宮さん。一緒にごはんを食べませんか?」
また俺に夕食を作らせようとしているのか。
はぁ……、本当に困ったやつだな。
「すまんが、今日は準備をなにもしてないんだ」
「いえ、私が作りますよ」
「なにを?」
「夕食を」
少し間を空けてから、俺は言った。
「俺……人間の食えるものじゃないと無理なんだけど」
「あなたね……」
とはいえ、いつもは挑戦することすらしない楓坂が夕食を作ろうというのだ。
ここは任せてみるのもいいかもしれない。
「じゃあ、頼むか」
「はい。死なないことだけは保証しますので安心してください」
「その言葉が不安なんだが?」
◆
いつものように俺の部屋に入った楓坂はキッチンで料理を始めた。
もちろん心配だが、ここは彼女を信じよう。
リビングに座っていると、キッチンから楓坂の声が聞こえてくる。
「きゃあ! ……えっ? なんで!?」
みごとに悪戦苦闘しているようだ。
「ん~。これは……。まっ、いっか! こうしちゃおっ。えいっ!」
おい。
なにかわいらしく「まっ、いっか!」とか言っちゃってんの。
俺が食べることを忘れてるんじゃないだろうな。
しばらくして、楓坂は作った料理を皿にのせてやってきた。
「できました」
テーブルの上に召喚されたその食べ物は……厚焼き玉子だった。
信じられないことに、見た目に関しては完璧な仕上がりだ。
さっそく俺は箸を手に取り、厚焼き玉子を一切れ口に入れた。
「うまい……。……マジかよ。すげえな」
「うふふ、ありがとうございます」
「でも、なんで厚焼き玉子が作れるんだ? 最近まで作れなかっただろ」
楓坂は自分に向けて手をかざし、自慢げに言う。
「いくら私でもこのくらいはできますよ。今まで披露する機会がなかっただけです」
「とかいって、本当はずっと練習してたんじゃねえの?」
ノリで言っただけだったのだが、楓坂はピタリと動きを止めて無言になった。
「あ……、すまん。図星だったか」
「そんなこと……ありませんし。……違いますし」
だんだんと声がフェードアウトしていく。
どうやら、かなり練習をしていたようだ。
プライドの高い楓坂にはバレたくない一面だったのだろう。
「今さら張れる見栄なんてないんだから、無理すんなよ」
「んんんんん~っ!」
楓坂は自分の食事をテーブルの上に置き、俺の右側で食事は始めた。
まだ頬が紅潮しているので、恥ずかしさは消えていないのだろう。
「ったく。俺のために練習してくれたとか言ってくれれば、可愛げもあるというのに……」
食事を終えた俺は体を楽にして、何気なくそう言った。
だが、楓坂は急に黙り込んで下を向いてしまう。
「……」
「え? そうなのか……」
「わ……悪いですか」
「悪くはないっていうか、むしろありがたいが……なんで?」
「だって……、最近の笹宮さん。なんだか少し違うんですもの」
なんだろうか。
特にここ最近、大きな変化はなかったはずだが……。
「今週に入ってからです。もしかして彼女さんができたのかなって……」
今週? ……あ、音水と一緒に帰るようになってからか。
しかし、雰囲気だけでよくその変化に気づいたものだ。
「あー。別に彼女というわけじゃないんだが、ひったくりの多いところに住んでいる子がいてな。しばらく送ってやっていたんだ」
「そう……ですか」
「まぁ、そういうわけだ。勘ぐるほどのことじゃないよ」
俺は立ちあがり、食器を片付けようとキッチンへ向かった。
料理をしてもらったんだ。
食器洗いていどは俺がするのがマナーというものだろう。
だが、キッチンの流しに食器を置いた時、後ろから楓坂がシャツをつまんだ。
「……どうしたんだ?」
「その……選ぶのは笹宮さんですし、他の人を好きになったら私は潔く引き下がりますが……。その……。私のことも、ちょっとは見てくれると……嬉しいです」
楓坂は消え入りそうな声で、ぽつりぽつりと言葉を口にした。
突然かよわい姿を見せられると、放っておけない感情が湧きおこる。
「……俺、結構お前の事を認めてるつもりだぜ」
「んんんんん~。そういう言葉じゃなくて……」
ここではぐらかしてしまうのが、俺の悪い所だよな。
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
☆評価・♡応援、いつも励みになっています。
次回、食後に楓坂と!?
二人の関係が少し進みます。
投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
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