9月7日(月曜日)音水のお見合い相手


 月曜日の午後。

 イベント現場に荷物を運ぶため、俺はワゴン車に乗っていた。

 助手席には音水がいる。


 かなりの長時間運転だったため、高速道路のサービスエリアで休憩をすることにした。


 缶コーヒーを一口飲んだ俺は、隣に座っている音水に話しかける。


「すまんな、音水。俺の現場を手伝ってもらって」

「そんな! この前、助けてもらったのはこちらの方ですから!」


 俺達の会社は中小企業で、社員も多いわけではない。

 どうしても仕事を回すには、他のチームの手助けが必要だった。


 音水も仕事を抱えているのに、嫌な顔をひとつせず手伝ってくれる。

 本当にありがたい事だ。


「そういえばハロウィンのイラストコンテストの方だが、十月末に会場を借りて発表をするんだろ?」

「はい。でもスタッフの確保が間に合わなくて……」


 そう言うと、音水は苦笑いをしてみせた。

 イベントスタッフはバイトが多いのだが、思ったように集まらないことも多い。


 正直、かなり体力を使うし、拘束時間も長い。

 割に合わないと思う人も多いだろう。


「そうか……。ちょうど俺の抱えている案件が終わった後だから、ヘルプに行くぜ」

「え!? いいんですか!!」

「ああ。雑用くらいの役にしか立たないが、人手の足しにはなるだろう」

「わぁ! 助かります!」


 可愛らしい笑顔を咲かせる音水。

 もし彼女が後輩でないのなら、思わず抱きしめてしまいたくなる表情だ。


 無論、そんなことができるはずもないのだが……。

 まっ、現実なんてそんなもんさ。


 だがここで、音水が急に不安そうな顔をした。


「でも……、そうだとすると、言っておかないといけないことがありますね」

「なんだ?」

「結果発表イベントの時、すぐ近くで大手広告代理店が別のイベントをするみたいなんです」


 大手広告代理店といえば、昨日見た『ゆるキャラ展』を企画した会社だ。

 あれだけの集客力をすぐ近くでされたら、こっちのイベントへ人が流れてこなくなる。


 たしかに何か手を打った方がいいかもしれない。


 だが、音水の心配はそれとは別にあった。


「お盆の時に私がお見合いしたことを覚えていますか? その人も大手広告代理店の社員なので、……現場で鉢合わせになるかもしれないんです」


 その話は俺も覚えている。

 ちょうど結衣花と花火大会に行く途中で、電車の中で聞いた話だ。


「だが、確か見合いは断ったんだろ? それなら問題ないと思うが」


 ぶっちゃけ、音水が見合いをするという話は俺としても気にはなっていた。

 だが断ると言っていたので、あえてその後のことは聞かないようにしていたのだ。


 一体、なにが問題なのだろうか?


 音水はおずおずと事情を説明しはじめた。


「実はお盆の時にその方とお会いしたのですが……」

「ふむ」

「断る理由が思いつかなくて……」

「ほう……」


 音水は上目遣いで俺を見た。


「笹宮さんと結婚前提で同棲中って言っちゃいました」

「ずいぶん飛躍したウソだな……」


 やけに言いづらそうにしていたが、そういうことか。


 まぁ、事情が事情だ。

 かわいい後輩がこうして頼ってくれているのだから、さほど嫌な気はしない。


「つまり、もし見合い相手の男がコンテスト会場に現れたら、恋人役をして欲しいってわけだ」

「はい……」


 いくら現場が近いとはいえ、バッティングする可能性はほとんどないだろう。


 そもそもイベントの現場は修羅場だ。

 それは向こうも同じで、別の現場にノコノコやってくるはずがない。


「わかった。俺に演技ができるかどうか怪しいが、可能な限りやってみよう」

「本当ですか!?」

「ああ」

「じゃあ、婚姻届けを用意しておきますね!」

「設定の範囲、越えてんじゃん」


 さらっととんでもないことをぶち込んできやがった。

 やはりこの後輩、あなどれん。


「しかし見合いを断るためとはいえ、どうして俺なんだ?」


 俺達の会社は男性社員の方が多い。

 音水の同期にもいる。


 なぜ、わざわざ俺の名前を出したのだろうか?


 その疑問に音水は答える。


「外堀から埋めていこうかという打算がありました」

「なに言ってるんだ?」


「ごめんなさい、誤爆です。とっさのことだったので笹宮さんしか思いつかなかったと言いたかったんです」

「なるほど」


 驚いた……。

 外堀を埋めるって、どこかの城でも攻め込むつもりかと思ったぜ。


 そういえば音水ってゲームが趣味だったよな。

 もしかすると、戦国を舞台にした戦略バトルゲームにハマってるのかもしれない。


「ちなみに私達の設定はラブラブカップルで、告白は笹宮さんからという事になってます」

「……設定が細かいな」

「企画に必要なのはリアリティだと教わりました」


 俺が教えたのは仕事のことだったんだが……。


「っていうか、ラブラブカップルなんて演じる自信ないぜ……」

「そこでご提案があります」

「通販番組みたいなノリになってるぞ」

「ラブいことをする練習をしてみましょう!」


 唐突にとんでもないことを後輩が言い出した。


 ハプニングの予感がする……。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、毎日の励みになっています。


次回、ラブい練習って!?

音水の妄想力が暴走します!!


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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