8月16日(日曜日)楓坂と愛菜


 日曜日。

 お盆休みも今日で最後だ。


 家に帰る前に何かご馳走して欲しいという愛菜のために、俺は駅の一階にあるカフェに立ち寄った。


「ふぅん。兄貴のわりにオシャレな店を知ってるじゃん」

「知り合いに教えてもらったんだ」


 その知り合いというのは楓坂のことだ。

 このカフェは楓坂とデートした時の待ち合わせ場所だった。


 デート以降、楓坂は連絡をしてこなかった。


 なにもない時はおちょくるような内容を送ってくるのに、こっちが気にしている時はまったくアクションを起こしてこない。

 かと思えば、突然告白っぽいことを言ってくる。


 アイツの気まぐれな行動は、まったく予想できん。


 そんなことを考えていた時、俺と愛菜が座る席の近くに一人の女性が立った。


「こんにちは、笹宮さん」

「……え? ……楓坂?」

「それは私の名前ですね。ご一緒してもよろしいですか?」

「あ……、ああ」


 びっくりした。

 楓坂のことを考えていた時、本人が登場するんだもんな。


 それにしても、ずいぶんと落ち着いている。

 とても数日前に告白をしたとは思えない様子だ。


 楓坂が俺の隣に座った時、向かいにいた愛菜が「ふぉわぁ!?」と驚きの声を上げる。


「あ……兄貴……。兄貴っ!!」

「なんだ?」

「この人、めっちゃ胸がおっきい! めっちゃGカップ!」

「こら。そんなことを声に出すな」

「だって、私まだAカップだもん! うらやましいんだもん!」

「中一なんだからそんなもんだろ」


 妹の胸なんて意識してみてないが、確かに愛菜の胸はまだ育ち盛りだ。

 しかしここまで反応するということは、かなり気にしていたのだろう。


「待ってください」


 突然、楓坂が会話に入ってきた。


 しまった。

 胸のサイズのことを言われて怒ったのか?


 ぶっ飛んだことをいうやつだが、楓坂だって女性だ。

 目の前で胸が大きいなんて言われたら不快に思ってもおかしくない。


 しかし、楓坂の次の言葉は……、


「私、Hカップですよ」

「なにサラっと暴露してんだ」

「笹宮さんが知りたそうな顔をしていたので」

「しとらん」


 それにしても楓坂ってHカップだったのか。

 大きいとは思っていたが、それほどとは……。


 楓坂はポシェットから名刺を取り出し、愛菜に渡した。


「はじめまして、楓坂舞です。笹宮さんとは一緒にお仕事をさせて頂いたことがあります」


 俺とはじめて会った時は壁ドンだったが、他の人にはちゃんとした挨拶ができるんだな。


 続けて楓坂は微笑みながら、愛菜に向かって言う。


「ブイチューバーとしても活躍しているので、ぜひチャンネル登録と高評価ボタンを押してくださいね」

「おい。なに営業してんだ」


 だが、楓坂は止まらない。 


「名刺をたくさんお渡ししますので、お友達に配ってくれると嬉しいわ」

「中学生にネズミ講みたいな営業をかけるな」


 俺がことごとく口を挟むので、楓坂は「もうっ!」と怒ったフリをする。


「誤解のないよう言っておきますが、今のは営業ではありません。切実な願いなんです」

「切実?」

「実は……油断していたら、いつの間にかチャンネル登録数が減っていたんですよ。正直……大ピンチなの……。ぅぅ……」

「……意外と苦労してんのな」


   ◆


 カフェを出た俺達は駅の改札口にやってきた。


「じゃあね! また遊びにくるからねー!」

「ああ。父さんと母さんによろしくな」


 愛菜は元気に手を振って、改札口を通ってホームに歩いていった。

 まったく、にぎやかな盆休みだったぜ。


 力を抜くように息を吐くと、隣にいた楓坂がクスクスと笑う。


「うふふ。笹宮さんの妹さんってかわいいですね」

「おてんばで困ってるけどな」

「その割に楽しそうに見えましたよ」

「愛菜が?」

「あなたが」


 楽しそうにほほえんだ楓坂は、俺の服の端をつまんだ。


 最初は少しひっぱって、次はいじるように……。


 この行動の意味はわからないが、たぶん楓坂は楽しんでいるのだろう。

 ちょっと距離が近くなるので緊張する。


「これからどうしますか?」


 そう訊ねる楓坂の言葉には、何かを期待するニュアンスが含まれていた。


 数日前、気が向いたら付き合って欲しいと楓坂は言ったが、こうしているとすでに付き合っているのではと錯覚しそうになる。


 恥ずかしい気持ちを隠すため、俺はあえて別の方向を見た。


「あー。と……、とりあえず晩飯だけ買って帰ろうかな」

「なら地下の食料品売り場なんてどうですか? お惣菜がおいしいって有名ですよ」


 そういえばよく情報番組で、この駅ビルの地下で販売されている食い物が取り上げられていたな。

 連休の最後だし、少し奮発していいものを買おうか。


「楓坂はどうする?」

「笹宮さんについて行きたいって言ったら……迷惑?」


 急に小声になる楓坂。

 さっきまで高飛車な雰囲気をまとっていたのに、急に小動物化されたらムズムズするものがある。


「いや、そんなことはないぜ。どうせなら楓坂のオススメを食べてみよう」


 こうして俺と楓坂は、晩飯を買うために食料品売り場へ向かった。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、楓坂と晩御飯のお買い物はラブコメ展開!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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