8月15日(土曜日)夕方の電車で音水と……


 土曜日の午後四時半すぎ。

 花火大会が開催される公園へ向かうため、俺は電車の中にいた。


 話の流れで結衣花と愛菜を連れて花火大会を見に行くことになり、午後五時に公園近くのファミレスで待ち合わせをしている。


 だが、ひとつ心配があった。


「愛菜のやつ、先に行ったが大丈夫か?」


 どうしてもやらないといけない急用が入ったため、俺は出発が遅れてしまった。

 そのため中学一年生の愛菜は、一人で先に出かけてしまったのだ。


 この辺りの地理は愛菜も知っているはずだから大丈夫とは思うが、やはり兄としては心配でならない。


 いちおう止めたのだが、愛菜は「大丈夫、大丈夫」と言ってさっさと言ってしまった。


 行動派ってポジティブなイメージがあるけど、こういう時に困るんだよな。


 ピロリン♪


 愛菜からLINEが届いた。

 どうやらもう待ち合わせ場所のファミレスに到着したらしい。

 ということは、結衣花とも合流できたのだろう。

 とりあえず、ひと安心と言ったところか。


 電車の中は人が多かった。

 おそらく花火大会に行く人達の影響だろう。

 満員電車というほどではないが、息苦しさがある程度には混んでいる。


 俺がいつものように先頭車両の壁にもたれかかった時、声を掛けてくる女性がいた。


「あの……、笹宮さん……ですか?」


 それは後輩の音水だった。


 いつもアップにしている髪を下ろしているが、この人懐っこいタレ目は間違いない。


「音水じゃないか。どうしたんだ?」

「あはは……。これから実家に帰るところなんですよ。お盆の時は帰って来いって親がうるさくて」


 そりゃあ、娘を持つ親なら当然の心配だな。

 特にイベント業務を中心にやっている俺達は休みが不定期だ。


 今年は偶然お盆休みを取ることができたが、年によっては八月下旬まで連休がないという場合もある。


 世間が仕事をしている時に連休を貰っても、イマイチ休んだ気になれないんだよな。


 しかし、お盆に帰省するのはわかるが十五日に帰るのか。

 帰るタイミングとしては遅いような気がするが……。


 それに表情が少し暗いように感じる。


「なあ、音水。ちゃんと休んでるか? 今回は代休が後回しになったから、きつかっただろ」

「大丈夫ですよ。笹宮さんの下できっちりと鍛えられましたので!」


 ガッツポーズで笑顔を作る音水だが、やはり表情に陰がある。

 また何か抱え込んでいるのかもしれない。

 だからといって無理やり聞き出すのも失礼だし……。


 こういう時、コミュ力がない自分を怨むぜ。


「ま……。あれだ。もし音水が頼ってくれるなら、俺が力になるよ。だから無理はしないでくれ。俺のためにもな」

「はぅわっ!?」


 急に奇声を上げた音水はぶるぶると震えながら、ほおを紅潮させた。


「……顔が赤いぞ。やっぱり疲れているんじゃないのか?」

「い……いえ! これはとある事情により、交感神経が活発になり過ぎているせいというか、なんというか……」

「どうすれば治るんだ?」

「笹宮さんがハグをしてくれたら!」

「本当か?」

「ウソです!!」


 ふむ……。冗談を言えるということは、そこまで深刻ではないようだ。


 すると音水はクスクスと笑って俺を見た。


「実は親が勝手にお見合い話を進めていたらしくて、今日は断るために帰るんです」

「そう……だったのか」


 正直、お見合いという言葉に驚いた。

 今どき、親が勝手にお見合い話を進めるというのもめずらしい。

 

「やっぱり笹宮さんと話していると、元気が出ますね。さっきの笹宮さんの言葉、すごく心に刺さりました」

「少しカッコをつけてみたかっただけだ。もっとも……、こんなところを知り合いに見られたら発狂ものだけどな」


 本当にそれだ。

 音水の前でいい先輩を演じようと背伸びをしているが、こんなカッコをつけたセリフを知人に聞かれたら恥ずかしさで富士の樹海を駆け抜けたくなるだろう。


 だが、ここは電車の中。

 しかもお盆シーズンだ。

 知人に見つかるなんて絶対にないはず。


 その時、俺のすぐ後ろで幼さの残る声がした。


「あー。ごめん、兄貴。……実はずっと後ろにいたんだよね」


 ゆっくりと振り返ると、妹の愛菜がいた。

 彼女は見てはいけないものを見てしまって、気まずそうに頭の後ろに手を回している。


「……いつからいたんだ?」

「兄貴がホームについた時から」

「LINEでもう待ち合わせ場所に着いたって言ってなかったか?」

「あれはウソ。驚かせよと思ってずっと隠れてたんだけど……。ごめんね」


 俺は電車の天井を見上げて、両手で顔を覆った。

 なぜか? 恥ずかしいからだよ!


「今すぐ電車から飛び降りたい……」

「他の乗客に迷惑ですから我慢してくださいね」


 音水は冷静にツッコミを入れる。


 さすが俺の後輩。

 腕を上げたじゃないか。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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次回、結衣花と手を繋いで花火大会!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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