6月27日(土曜日)居酒屋
出張二日目。
今日の仕事を終えた俺達はホテルの駐車場に到着した。
後は明日の朝の便で帰るだけ。
ふぅ……。なんとかなったか。
普通なら三組に分かれて行う仕事量を俺と音水だけで行うという大変な出張だったが、成し遂げた達成感は気分がいい。
「さて。二人だけだが、今日は出張の打ち上げをするか」
「あ! いいですね! 美味しい焼き鳥、期待してます!」
「うますぎて驚くなよ」
部屋に戻って支度を整えた俺達は、お目当ての居酒屋に向かった。
時間は夜七時。
そこは歩いて数分の場所にあり、看板の下には提灯がぶら下がっている。
いかにも和風の外観は俺好みだった。
居酒屋にもいろんな種類の外観があるが、この雰囲気だけで気持ちがリラックスしてしまうのだからやめられない。
木造を活かした内装は、薄暗いが落ち着いた雰囲気だ。
中に入った俺達は向かい合って座った。
「おつかれだったな、音水。大変だっただろ。今日は好きなものを頼んでいいぞ」
「じゃあ、笹宮さんを」
「俺を食ってどうする」
後輩は俺を捕食対象と見ていたのか。
かわいい顔して、とんでもないことをいうやつだ。
「笹宮さんはなにを注文しますか?」
音水が開いてくれたメニュー表をみて、俺は食べたいものを指で教えた。
「そうだな。これとこれだな」
「わかりました。焼き鳥のモモと皮。そして……私ですねっ! オーダーおねがいしまーす!」
「おい。自分を食いもんにするな」
乾杯をした後、俺達は酒と食事をしながら雑談に花を咲かせる。
俺達は一緒にいるのが多いのに、こうして酒が入ると盛り上がれるのだから不思議だ。
思い返せば、音水と酒を飲んだのは今日が初めてだった。
「ねぇ、笹宮さん。もうすぐ教育期間が終わっちゃうじゃないですか」
「そうだな」
「噂で聞いたんですけど、笹宮さんとは別のチームになるって本当ですか?」
「ああ。それが会社の方針だからな」
別に隠すことでもないので、そのままの内容を話したところ、音水はシュンと肩をすくめる。
「私……、笹宮さんとずっといたいです」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、さすがに無理だな。それに音水が次に配属されるのは紺野さんのチームだ。あの人の下なら間違いないさ」
クセ者とは言われているが、先輩の紺野さんは社長からの評価も高く、部下の扱いも上手い。
近いうちに昇進することも決まっていると聞く。
その点、俺はまだまだひよっこだ。
最初から最後まで振り回されっぱなしだったが、教育係はいい経験になった。
これからは、ちゃんと周りの事も見られるようにならないとな。
会話が途切れたタイミングで、店員が注文していた焼き鳥を持ってきた。
「お待ちしました。焼き鳥のモモと皮です」
皿の上に並んでいる焼き鳥を見て、音水は感嘆の声を上げる。
「わわっ。美味しそう!」
「うまいぞ。好きなだけ食え」
それから俺達は大いに酒の席を楽しんだ。
しばらくすると、音水は酔っぱらい始める。
「んーっ!」
いきなり音水はわざわざ俺の隣に座って、距離を詰めてきた。
「どうしたんだ?」
「笹宮さんの隣は私の席って約束しましゅた」
「わかった、わかった」
音水は残ったビールを飲み、グラスをテーブルに置いた。
「笹宮さんはでしゅね。もっと強引にならないとダメなんですよぉ~」
「そうか、そうか」
今度は俺の腕に抱きついて「ん~っ」とおねだりするような声をもらす。
「もっとぉ~。ぐぃ~っと、強引にぃ~」
「そうだな」
「聞いてましゅか?」
「ずっと聞いてるだろ」
もちろん胸が当たっている。
男として幸せであると同時に、めちゃくちゃ恥ずかしい。
ちなみに音水は、まだビールをグラス半分しか飲んでいない。
店に入る前は酒に強いと言っていたが、このざまだ。
どんだけ弱いんだよ。
「大丈夫か? お前、飲み過ぎだぞ」
「酔ってませんよ。でもぉ。ちょっと。ちょっとだけ。すこ~し、眠いです」
「それを酔ってるって言うんだ」
いつも音水は仕事に必死なので、こういう姿を見せてくれると安心する。
どうせ知り合いに見つかるわけでもないし、今日は音水のペースに合わせてやろう。
「……すー。……すー」
「ん?」
急に静かになったかと思うと、音水は俺の腕に抱きついたまま寝始めた。
完全に酔いつぶれやがった。
しかし……アレだな。
女の寝顔ってあまり見ないけど、めちゃくちゃ可愛いな。
ほっぺをプニッてやりたくなる。
「ん~。笹宮さんの匂い、好き~」
やれやれ。寝言でも俺のことをからかってくるのか。
とりあえず起きる様子もないし、部屋に送ってやろう。
■――あとがき――■
☆評価・♡応援、いつも本当にありがとうございます!
皆さんのご厚意に大感謝です!
次回、部屋に音水が来ることに!
ついに笹宮が気づく!?
よろしくお願いします。(*'ワ'*)
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