6月26日(金曜日)楓坂と一緒の部屋で


 ホテルの自室で休憩しようとしていた時、突然やってきたのはトラブルクリエーターの楓坂だった。


 結衣花もいるのかと思ったが、彼女は初めての飛行機で疲れてしまったらしく、もう寝ているらしい。

 それで時間を持て余した楓坂は、俺のところに遊びに来たそうだ。


 すぐに追い返そうと考えたが、楓坂はこちらの都合はおかまいなしに俺の部屋に入って、丸テーブルの上に缶ビールを並べる。


「こちらに来ていたなら、私にも連絡して欲しかったですわ」

「俺もお前達がこっちに来ているなんて知らなかったんだ。それよりお前、未成年だろ。なに普通に酒を飲もうとしてるんだ」

「あら。私、最近二十歳を迎えましたよ?」


 あれ、そうなのか?

 てっきり大学一年生と思い込んでいたが、俺の早とちりだったみたいだ。


 楓坂は二人掛けのソファに座り、俺に缶を差し出す。


「いい機会ですので、いろいろお話しましょう」

「まぁ、せっかく酒をご馳走してくれるんだ。ありがたく頂こう」

「これ、レシートです」


 それから俺達は酒を飲みながら雑談をしていた。

 というより、楓坂が一方的にしゃべって俺が聞いているだけだったが、それほど悪い気はしない。


「そういえば、新作イラストの取材でこっちに来たんだったよな」

「結衣花さんにはそう言っていますが、ついでにキャンペーンイベントの現場チェックも兼ねていますの」


 ほぉ、そういうことか。


 ここまでタイミングよくバッティングするのはおかしいと思っていたが、楓坂も俺達と同じ目的で旅行に来ていたのなら納得だ。


 もっとも、ホテルまで一緒になるのは完全に偶然だろう。


「それに旅行っていいネタ集めになるの。部屋にこもって動画編集をずっとしていると、マウスを投げたくなるわ」


 うんざりした顔でため息をついた楓坂はビールをゴクゴクと飲み、缶をテーブルの上に置いた。

 よほどストレスが溜まっているご様子だ。


 俺は話でしか聞いたことがないが、動画制作は撮影もさることながら、編集作業がかなり手間だと聞く。


 今の話しぶりからして、楓坂は一人でやっているのだろう。

 その上、大学に通っているのだから大したものだ。


「たまに愚痴を聞くぐらいなら付き合ってやるぜ。あんまり抱え込むなよ」

「あら。優しい」

「こんなもん、普通だろ」


 楓坂は女神スマイルで両手を合わせた。


「じゃあ……。頭からストッキングを被って、白ブリーフ姿で『ぎもぢいいー!』って奇声を上げながら、富士の樹海を駆け抜けてくれますか?」

「それ、普通じゃねえからな」


 クリエーターって人とは違うアイデアを考える才能が必要って聞くけど、コイツの場合はもう少し人類のセンスに合わせるべきだと思う。


 俺がしかめっ面をしてみせると、楓坂はいたずらっぽく笑った。


「うふふ。冗談ですよ」

「お前が言うと冗談に聞こえないから怖いんだよ」

「もう。信用ありませんね」

「その前に、俺のことを人間として見ているのか?」


 すると楓坂は真顔になった。


「……え? 何を言ってるんですか」

「いい加減に怒るぞ」

「もう。冗談って言ってるじゃないですか。お詫びに私が履いていたストッキングを差し上げます。食べるならお早めに」

「ツッコミが追いつかん」


 とは言っても、楓坂のこういう態度は今に始まったことではないし、今さら真面目なキャラに変貌されても戸惑うだけだ。


「ねぇ、笹宮さん」


 二人掛けのソファに座っている楓坂は、隣の席を手で手でポンポンと叩いた。


 こっちに来いというしぐさなのだろうが……、あやしい……。


「……今度は何だ」

「ここに座って」

「なんで?」

「いいから」


 またくだらないことをするんじゃないだろうな。

 と言っても、このまま放置するといじけそうだし、とりあえず座ってやるか。


 やれやれとため息を吐きながら、俺は楓坂の隣に座った。

 隣を見ると、楓坂は満足気にこちらを見てほほえむ。


 そして……、


「てやっ」


 掛け声と共に楓坂は横になり、俺の膝の上に頭を置く。

 足を伸ばせるほどのスペースはないので、外に放り出しているが、浴衣姿ということでふとももが露出気味だ。


 恥ずかしがりなんだから、もう少し控えろよ。


 視線を逸らす俺に、楓坂はのんびりした口調で話し始める。


「はぁ~。やっぱり所有物の膝枕っていいわぁ」

「ホントに腹立つ言い方の天才だな」

「褒めていますのよ」

「どこがだ」

「私の所有物ってところが」

「全く心に響かねえ」


 楓坂は俺の膝枕が気に入ったようすで、呼吸をゆっくりと整えていく。

 あまり表に出ていなかったが、かなり酔いが回っていたのかもしれない。


「飲みなれてないんなら、無理をするな」

「ん……。年下扱いしないでくれませんか」

「嫌なのか?」

「……別に構いませんけど」


 時々……。本当に極稀に素直になるんだよな。


 しばらく休憩して酔いが落ち着いた楓坂は、自分の部屋に帰っていった。


 さて、俺も寝るとするか。



■――あとがき――■

☆評価・応援、とても励みになっています。

ありがとうございます!(o*´∇`)o


次回、神社で結衣花とばったり!? 彼女のお願いは?

よろしくお願いします。(*'ワ'*)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る