6月21日(日曜日)散歩


 日曜日の午後。

 次のプレゼンをどうすればいいかと悩んでいた俺は、気分転換がてらに公園を散歩していた。


 自宅から離れてはいるが、俺はこの公園を気に入っている。


 中央に大きな池があり、隣には子供達が遊べる小さなグラウンド。

 さらに公園の外周は人気のあるランニングコースとなっていた。


 とはいえ、六月下旬に差し掛かる時期ということで蒸し暑さが気になる。


 喉が渇いたので飲み物を買おうとした時、聞きなれたフラットテンションの声に呼ばれた。


「こんにちは。お兄さん」

「よぉ。結衣花」


 見ると結衣花が立っていた。

 服装は白とピンクのトレーニングウェアを着用し、髪は後ろで束ねている。

 息を乱していないことから、おそらくウォーキングをしていたのだろう。


 そういえばここは、結衣花がいつも乗車してくる駅から近い。

 もしかして近くに住んでいるのだろうか。


「偶然だな。結衣花もよくここにくるのか?」

「うん。暇な時はこうしてウォーキングをしてるの」


 普段はあまり意識していなかったが、結衣花はスタイルがいい。

 胸は大きめだが、全体的にバランスの取れた健康的な魅力を持っている。


 さては綺麗になるために努力するタイプか。

 普段あまり感情を表に出さないが、ちゃんと女の子しているじゃないか。


 結衣花の新しい一面を見て微笑ましい気分になっている俺に、結衣花は一歩近づく。


「ところでお兄さん」

「なんだ?」

「胸で挟んで欲しいの?」


 結衣花はその言葉に合わせるように、両手で胸を挟んでムニムニと動かしてみせた。


 女子高生が二十六歳の男を前になにをやっているのかと大声で言ってやりたかったが、よけいにいじられるのが目に見えていたので、グッと堪える。


「なあ、結衣花。……そういう言動、やめないか」

「物欲しそうな顔をしてたから」

「しとらん」


 女の子らしいところがあると思って関心していたのに、こいつは……。


 結衣花はというと、「ちょっとだけならいいのに」といって、もう一度だけ胸をムニっと揺らす。


 注意を促すために睨みつける顔を作ると、今度は手を後ろで組んで体を揺する。

 きっと、私は悪くありませんとアピールしているに違いない。


 はぁ……。こいつ、本当に大丈夫か?

 男にはそういう冗談を真に受けて、暴走する奴だっているんだぞ。


「うえぇぇ~ん!! ママ~!!」


 結衣花の行動に呆れていた時、小さな子供の泣き声が聞こえた。

 見てみると、四歳くらいの女の子が泣きながらフラフラと歩いている。


 迷子になって母親を探しているのだろうが、突然のアクシデントに混乱しているみたいだ。


「大丈夫? ママとはぐれたの?」


 気が付くと、結衣花が素早く女の子の傍に駆け寄っていた。

 女の子の視線に合わせるように膝をついて、優しく語り掛ける。

 普段とはまるで違う、相手に癒しを与えられる口調だ。


「もう大丈夫だからね。ママをすぐに見つけてあげるから安心して」

「……うん。……ありがとう、おねえちゃん」


 女の子はさっきまでと違い、落ち着いた様子で結衣花と話し始めた。

 とりあえず、安心させてやることはできたようだ。


 あとは母親を見つけてやるだけか。

 なら、俺にできることはあれだな。


 そう考えた俺はしゃがんで、女の子に背を向けた。


「ほら。肩車してやるから、高い所からママを探そうぜ」

「肩車! いいの? 乗っていいの?」

「ああ。いいぜ。今日限定で運賃はサービスだ」

「うわ~い!!」


 楽しそうに俺の肩に昇った女の子は、高い場所からの景色を見てはしゃいでいた。


「わ~い! たかい! たか~い!!」

「あんまり暴れんなよ」

「ありがとう、おじさん!」


 突然発せられた女の子の暴言に、俺はピクリと反応を止める。


「お……おじ……? こらこら。お兄さんな」

「おじさん! おじさん! あはははっ!!!」


 そりゃ、まあ。四歳から見れば二十六歳なんておじさんなのかもしれないが、できればお兄さんと言って欲しいんだ。

 しかも、すっげえ嬉しそうにおじさん連呼してるしさぁ……。


 ふと横を見ると、結衣花が楽しそうにこちらを見ていた。

 そして目が合った時にすかさず、


「がんばって、おじさん」


 と、言いやがった。

 おのれぇ……結衣花ぁ……。


 こうしてしばらく女の子の相手をしていると、母親はすぐに見つかった。

 なんでもこの公園に初めてきたらしく、少し目を離した隙に女の子がいなくなっていたそうだ。

 母親からすれば、生きた心地ではなかっただろう。


 手を繋いで帰っていく親子を見ながら、結衣花がつぶやく。


「無事に見つかってよかったね」

「ああ。それにしても、結衣花が子供の扱いに長けているなんて驚いたぜ」

「うーん。そんな自覚はないけど、毎日鍛えられてるからかな?」

「兄弟でもいるのか?」


 俺の質問に、結衣花は淡々と答える。


「ううん。毎朝電車で子供みたいな人がいるから、相手をしてあげてるの」

「ほう。殊勝な心掛けだ」

「えらいでしょ」

「ああ。それが俺だという事を除いてはな」


 とはいえ、仕事に煮詰まって公園にやってきたが、今は頭がすっきりしている。


 これも結衣花と女の子のおかげだろう。


 明日はいよいよプレゼンの日か。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


次回、プレゼン当日に事件発生!笹宮が活躍します!

よろしくお願いします。(*’▽’*)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る