第105話:ルカは幸せに包まれる
***
その日の夜。
夕食を終え、自室に戻ったルカはベッドの端に腰を下ろした。
「凛太先輩と……サッカー観戦かぁ……」
ぼんやりと白い壁を見つめながら、凛太とのサッカー観戦に思いを馳せる。
いや。サッカー観戦のことを思い浮かべるのは、なにも今だけではない。今日の昼に凛太と約束してから、ルカの頭には何度もそのことが浮かんでいる。そう。仕事中も帰宅してからも、何度も何度も。
──本当に二人で出かけていいのだろうか?
そんな疑問がふと浮かび、そしてそれを飲み込むように、胸の奥から熱く甘い感情の波が押し寄せる。
それは、大好きな凛太と大好きなサッカーを観に行けるという歓喜、多幸感。
高校生だった頃から卒業した後までも。
何度そんなことを夢想しただろう。
その夢想がとうとう現実化する。
そう考えると、ルカは脳が
そして整った顔がにへらと緩んでしまう。
「ああん、もうっ……ダメ……凛太先輩のことばっかり考えちゃう。うーん……お風呂入ろっと」
可愛く顔をぷるぷると左右に振って、ルカはベッドから立ち上がった。
しかし風呂に入って、湯船につかっていても、つい凛太のことを考えてしまう。
今日のルカの頭と心の中は、凛太で占められていた。
「ふぅ~っ……」
お湯につかりながら大きく息を吐き、視線を落とす。
つい自分の胸が目に入る。
元々は白い肌が温まって、胸元はピンク色に染まっている。
その時なぜか、ふとほのかの大きな胸がルカの頭に浮かんだ。
──やっぱり男の人って、大きなおっぱいの女性が好きなのかな……?
自分の胸のふくらみを見ながら、そんなことを考えてしまった。
ルカは思わず両腕で胸を挟んで寄せ、豊満な形を作ってみる。
「ん……大きさではほのか先輩に負けるけど、形の良さなら私だって……」
でもそこで、変なところでほのかと張り合ってることに気づき、恥ずかしさがこみ上げた。
「うわ、私、何を言ってるの?」
まさか凛太先輩に裸の胸を見せるわけでもないし……なんて考えて、余計に恥ずかしさが増してしまった。
ルカは湯船の中でお尻を前にずらして、あごまで湯につかった。そしてお湯の中で息を吐き、ブクブクと出る泡が顔を包む。
そうやって、つい考えてしまった変なことを頭から打ち消そうとするルカであった。
***
その週の半ば。そろそろ勤務時間が終わる頃。
オフィスには四人が揃っていて、それぞれ自分のデスクで帰り支度をしていた。
そこでふと麗華が凛太の方を向いて語り掛ける。
「そう言えば平林君。今日取引先の人から聞いたんだけど、今度の日曜日に志水で行われるサッカーの試合って、すごく注目の一戦なんだって?」
その言葉にドキリとするルカ。
麗華やほのかには黙って、凛太と一緒に観戦に行く約束をしているのだから無理もない。
「はい、そうなんですよ! ワールドカップアジア最終予選です。これに勝ったら来年のワールドカップに出場が決まるんですよ! 超重要な試合です! いやぁ~、もう待ち遠しくて待ち遠しくて!」
サッカーの話になった途端に目をらんらんと輝かせる凛太。
ニコニコと嬉しそうに、声も弾んでいる。
「ひらりん、なによ嬉しそうに? たかがサッカーで、子供みたいに喜んじゃって~」
呆れたように言ったほのかに、凛太は真顔を向けた。
「なに言ってるんだほのか! たかがサッカーなんて言うなよ。サッカーを愛するのは子供じゃないぞ。多くのイタリア人にとってはサッカーは人生そのものなんだよ!」
「いや、ひらりん、イタリア人だったのぉ!?」
「いや、そうじゃない」
真顔で答える凛太に、ほのかは、『そんなのわかってるけどぉ!』と心の中で突っ込みを入れて、ついつい吹き出しそうになる。
「そうじゃないけど、それだけ世界中でサッカーは愛されてるのだと俺は言いたいのだ!」
いつも冷静なのに、ワールドカップ最終予選を生で観に行けるということが凛太を興奮させているのか。今日の凛太はほのか以上にトリッキーなセリフを吐いている。
そんな凛太を見て、ほのかはぽかんとしてしまった。
「じゃあ平林君。今度の日曜日は、テレビにかじりついて日本代表の応援ね」
いつもは凛とした表情の麗華が、子供のようにはしゃぐ凛太を微笑ましそうに眺めてそんなことを言った。
「あ、いえ。実はその試合のチケットが手に入ったので、日本台スタジアムまで生観戦に行きます」
──え? それを所長とほのか先輩の目の前で言うの?
凛太の言葉に、ルカはドキリとした。
「へぇ、そうなの? 取引先の人が言ってたけど、そのチケットって滅多に手に入らないんでしょ? よく手に入ったわね」
「はい。実はルカがお母さんから貰ったってことで、ルカと二人で観戦に行ってきます」
「え? ルカちゃんと二人で?」
「はい」
「ひ、ひらりん……うっそ……でしょ? ホントに?」
──り、凛太先輩……それ、二人に言ったらマズいですよ……
ルカは背中をひやりと冷たい汗が流れるのを感じた。
「ホントだよほのか。なに固まってるんだ? あ、わかった。そんな貴重なチケットがホントに手に入ったのか、疑ってるんだろ?」
──いえいえいえ、凛太先輩っ! そうじゃなくて、ほのか先輩は……
心の中で焦りの叫びを上げるルカだったが、もちろんそんなことは実際には声に出せない。
ルカは焦りながらもどうしたらいいかわからず、ほのかと麗華がどんなリアクションするかを見つめることしかできなかった。
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