第100話:まるっきり嘘
「あたしがホントにみんなを裏切るなんて、本気で思ってんの? 所長を信じろって言うならね、あたしも信じてほしかったなぁ」
ほのかは少し寂しそうな表情を浮かべた。
しまった。そうだ、平松部長が言うとおりだ。
俺はもっとほのかを信じてあげなきゃ。
「は? なんだよほのかちゃん。俺の話を本気で聞いてくれたんじゃないのか?」
「うん、ごめんね勝呂さん。転職に興味あるなんて、まるっきり嘘」
「なん……だと?」
そっか。やっぱりほのかは転職なんてこと、まったく考えてなかったんだ。
「すまんほのか。きっと本心じゃないだろうなと思ってたんだけど、ほのかの態度があまりに自然だってんで、思わずああ言っちゃったよ」
そうなんだよなぁ。
あまりに自然な態度だったし、こいつは女優かよと思うくらいの迫真の演技だ。
「ひらりん。あんた、女にコロッと騙されるタイプだね、あはは」
「うぐっ……」
──ほっとけ。
そう言いたいところだが、それは確かに否定のしようもない。
俺って女心がわからないし、きっとコロっと騙されるんだろうな。
痛いところつかれたよ、あはは。
「いや、あの……ありがとうなほのか。俺が危ない橋を渡らなくて済むように、助けようとしてくれたんだよな」
「なっ、なに言ってんのよ。あたしは別にひらりんがどうのこうのじゃなくて、みんなのために……」
──ん?
ほのかは照れてるのか、顔が真っ赤だ。
勝呂さん相手にはしれっと演技するくせに、やっぱコイツはホントは感情が顔に出やすいタイプだよな。
みんなのために行動するなんてことを口にするのは、ほのかのキャラからしたら恥ずかしいんだろう。
「ありがとう。そんなほのかの気持ちはとても嬉しい。でもわかってくれ。俺はほのかを危険な目に合わせたくない。他のことでもっとほのかに頼るから、こういうことは俺に任せて欲しい」
そう。平松部長が言ったように、今後は俺はもっとほのかを頼りにしようと思う。だけど勝呂さんのような男が相手の時は、俺に頼って欲しい。
ほのかはわかってくれるだろうか……
ほのかはしばらく真顔で俺をじっと見つめていたけど、やがてフッと穏やかな目になった。
「そっか……わかったよ。心配かけてごめん」
ほのかは珍しく、素直な言葉を出した。
どうやらわかってくれたようで良かった。
「おいおいお前ら。いい歳して、何を勝手に青春してんだ? 俺は無視かよ?」
「ああ、そうですね勝呂さん。ご覧のように俺たちは結束固いんで、スカウトなんかしても無駄です。もう諦めてください」
「ほぉ、言うじゃないか。でも麗華は、移籍を了承したぞ? 証拠を見せてやる」
勝呂さんはにやりと笑うと、スマホを取り出してボイスレコーダーを再生した。
『なあ麗華、いいだろ』
『はい』
『そっか。じゃあヒューマンリーチに入ってくれるんだな』
『はい……入ります』
これは確かに神宮寺所長の声だ。だが……
「そんなのいくらでも加工して作れますよね勝呂さん?」
「ああ、そうだな。作ろうと思えば作れる。だけどこれが嘘だという証拠もないぜ? お前らのボスが、実はお前らを裏切ってるかもしれない……ということだ」
なるほどそう来たか。
勝呂さんは俺たちの結束にひびを入れようとしているのだろう。
そうやってビジネスの競合相手を弱体化させる作戦か。
でも所長の言葉が本物かどうか、はっきりさせることは簡単だ。
前後の会話も全部聞かせてもらえば、よっぽど手間をかけてプロ並みの編集をしてない限り、この会話が作り物だと証明できる。
だけど──
そう。俺はわざわざそんなことを確かめるなんて気はさらさらない。
「そんな証拠は必要ない」
「は? なに言ってんだお前は?」
「証拠なんか無くても、俺は神宮寺所長を信用してるからだ」
「そうよそうよ。そんなの作り物に決まってる!」
「そうですね。私もそう思います」
「ほぉ。君たちは立派だねぇ。でも信頼していた上司に裏切られるなんてことは、ビジネスの現場ではよくあることだけど?」
勝呂さんは明らかに俺たちを揺さぶろうとしている。
だけどそんな上辺の言葉で、所長への俺の信頼は揺らがない。
「ご心配いただかなくても大丈夫ですよ勝呂さん。神宮寺所長が俺たちを裏切るなんてことは、絶対にあり得ないですから」
勝呂さんに向けて俺が自信を持って言い切った時、後ろから突然所長の声が聞こえた。
「ありがとう平林君。その通りよ。私は絶対にあなた達を裏切らない」
振り返ると所長が店のドアを開けて、つかつかと近づいてきていた。
勝呂さんは焦った表情を浮かべている。
俺は彼に向かって力強く言った。
「だから勝呂さん。今後は俺たちに関わるのはやめてもらえませんか?」
勝呂さんは何も答えず歯軋りした。
俺たちの結束が思いのほか固いのを見て、どう対応するか考えあぐねているのだろう。
「それともう一つ。あくどいやり方で俺たちの取引先を荒らすのはやめていただきたい。やるなら真っ当な手法で正々堂々と戦いましょう」
「なに言ってるかわからないな。俺たちはあくどいやり方なんてしてない。変な言いがかりをつけるな」
「やってるじゃないですか。採用担当者にリベートを渡して、合否の判定に手心を加えてもらってる」
「ええ~っ!? そ、そんなことやってるのぉ~っ!」
「まさか……そんなことを?」
ほのかもルカもめちゃくちゃびっくりしてる。
そりゃそうだ。そんなことをする人材紹介会社なんて考えられない。
取引先にリベートを渡すことそのものは、民間企業では犯罪にはならない。
しかし紹介した人材の合否基準を緩めるなんてことは、取引先企業にとってはマイナスだ。
人事担当者が勝呂さんの会社からリベートを受け取って会社の損害になることをしたら、
取引先の担当者に犯罪行為を誘発する勝呂さん達のやり方は……もちろん許されるものではない。
「うぐっ……そ、そんなことは知らんなぁ。それこそ証拠でもあるのかよ?」
勝呂さんは強気に言うけど、その顔は青ざめて唇が震えている。事実だと認めてるようなものだ。
「とぼけてもムダですよ。複数企業の人事担当者に、ちゃんと裏を取ってある」
「くっ……」
「これからうちの取引先すべてに、リベートへの注意勧告をします。勝呂さんの社名は出しませんけど、その手はもう使えなくなります。それに地元優良企業の社長が、経営者の会合で注意喚起すると言ってくれてます。その社長は、もしかしたら勝呂さんの社名を出すかもしれませんね。そうなると、もうここ志水ではヒューマンリーチ社は仕事ができなくなると思いますが?」
地元優良企業とは加賀谷製作所のことだ。
加賀谷社長がそう言っていたと、氷川さんが教えてくれた。
「うぐっ……いや、俺たちはそんなことはやって……ない」
もう声にならないような小さな声で、勝呂さんは唸るように言葉を絞り出した。
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