第99話:さすが平松部長
「ところで平林君。最初の話に戻るけど、なにがあったんだ?」
さすが平松部長。
俺がほのかのことで少しイラついていることを敏感に感じ取って、心配そうな声でそう訊いてきた。
「あ、いえ……」
確かに俺はイラついていた。
あれほど無茶はするなって言ったのに、なんでほのかはそんなことを?
それはほのかに対してと言うよりも、俺の言葉がほのかの心に届いていないこと、つまりほのかの信頼を得られていない自分に対して少しイラついていたのだった。
だけどそれは俺個人の問題であり、ウチの社内の問題だ。
いくらいい人だと言っても、外部の平松部長に相談するようなことではない。
そう思って返答に困っていたら、平松部長が温かい口調でこう言った。
「遠慮せずに言いたまえよ平林君。だってひらひらコンビなんだから」
いや、マジでそんなコンビは組んでないんだけど!
でもそう言って、こちらが話しやすくしてくれてるのはわかる。
「それに私はこう見えても、長年人事の仕事をして、多くの人間を見てきている。何か思うようにいかないことがあったんだろ? たぶん人間関係に関することだ」
「え……? なんでわかるんですか?」
うわっ、びっくりした。
平松部長って、なんて鋭いんだよ。
「君は仕事なら少々難航していても、黙々と熱意をもって取り組む人間だ。さっきの感じと平林君の性格からすると、取引先じゃなくて社内の人間関係。それも君のことだから相手に対してじゃなくて、自分に対してイラついてると見た。何があったのかな?」
優しく包み込むような低音の平松部長の言葉が、俺の胸をえぐった。
全部見透かされている。
そして俺を心配してくれている。
「あ、すみません……そのとおりです。実は……」
厳しくも優しい父のような平松部長の声に、気がついたら俺は素直に事情を説明してしまっていた。
同期の社員が俺を信頼してくれない。
危険なことはやめろと言うのに聞いてくれない。そういう趣旨で説明した。
「なるほどな。平林君が全部やるというのに、その人は自分がやると言い張ってると」
「そうです。危ない仕事は俺に任せろって言ってるのに聞いてくれないんですよね。俺って信頼されてないんだなって思って、悲しいんですよ」
「そうじゃないと思うよ。平林君はとても頼りになる男だ。だけどさ、女の子っていつも頼ってばかりで嬉しいわけじゃないんだよ」
「え? お、女の子?」
「ああ。あの小酒井さんって子の話じゃないのかい?」
「あ、そうです。よくわかりましたね」
いや、なんでバレてるの?
それにしても、なんつう洞察力だよ平松部長。
「いやいや。なんとなくね。平林君は女の子相手だと、どうしたらいいのかてんでわからなくなるからな」
「あ……あはは……」
図星だ。笑うしかない。
「平林君は全力で他人のために努力する。だけどたまには他人に頼ることも必要じゃないかな。小酒井さんは、何度も平林君に助けてもらってるんじゃないの? 平林君の行動パターンなら、きっとそうだと思うんだよね」
偉そうに言う程のことじゃないけど、確かに何度かそんなことはあったと、素直に平松部長に話した。
「人は頼ってばっかりじゃ嫌だと思うし、逆に頼られて感じる喜びもあるよ。きっと小酒井さんは、平林君をすごく信頼してるからこそ、逆に自分も君の役に立ちたいと思ったんじゃないかな」
「そう……なんでしょうか?」
「ほら。平林君は以前、高校のサッカー部での失敗を話してくれたことがあったよな。キミは高校時代、自分が点を取るんだと行動しすぎたせいで、周りから総スカンを喰ってしまった。だから今は自分が手柄を上げるよりも、周りのために動くようにしてると」
「はい、その通りです」
「確かに今の平林君は、自分の手柄のためじゃなくて、周りのために行動してる。だけど結局、自分だけがなんとかするんだって部分は、昔と一緒なんじゃないかな」
昔の俺と一緒……
平松部長のその言葉は、俺の頭をガツンと殴った。
それはもう、アホな俺の目を覚まさせるには充分すぎるくらい、強烈なパンチだった。
「だからさ。たまには周りの人を頼って、そして感謝してみてはどうかな。そうすればさらに周りとの信頼関係が、より強固なものになると思うよ」
平松部長の言葉は、すべて俺の心に突き刺さる。
なるほど、そういうことか。
ほのかは俺と同期だし、自分もやれるというプライドもあるに違いない。
それなのに、俺がやるってばかり言ってたら……確かに歯がゆい思いもするだろう。
「わかりました部長。色々とありがとうございます」
「いやいや。平林君にはいつも世話になってるし……それに君のことは息子のように思ってるからな。悩むことがあったらいつでも相談してきなさい」
「本当にありがとうございます」
平松部長には感謝しかない。
俺は歩きながら頭を下げていた。
そしてバーの前で待つルカが視野に入ったところで部長との電話を切った。
***
「凛太先輩……」
「待たせて悪かったなルカ」
「いえ。来ていただいてありがとうございます」
「ほのかは?」
「バーに入ったきりです。ほのか先輩……大丈夫でしょうか?」
「ほのかはああ見えてしっかりしてるからな。彼女を信頼しよう」
「あ、はい」
そんな言葉をルカと交わして、バーのドアを開ける。思ったよりも広い店だ。
店内を見回すと、端っこのテーブル席に勝呂さんと部下、そして向かい側にほのかが座っているのが目に入った。
幸い他に客はいない。
店員もキッチンにいるのか、姿は見えない。
穏やかに話せば、店内で話しても問題はないだろう。
三人はグラスを持って、酒を飲みながら和気あいあいとしてるように見える。
勝呂さんが楽しそうな声をあげた。
「ほのかちゃんって可愛いだけじゃなくて、愛想もいいし楽しい子だね〜」
「でしょでしょ!」
「やっぱぜひウチに入社してくれよ!」
「うーん……どうしよっかなぁ……」
「じゃあほのかちゃん、特別に給料を3割増しにするよ!」
「いいですね、それ!」
なんだって?
まさか。ほのかは転職を前向きに考えてるのか?
「ちょっと待ってくれ。ほのか、何を言ってるんだ」
俺が彼らの席に近づいて声をかけると、ほのかはちょっと驚いたような顔をした。
「あらら、ほのかちゃんのお仲間の登場だね。君はえっと……」
「平林です」
「ああ、そうだったね」
勝呂さんは肩をすくめて笑っている。
その向かいに座るほのかがマジな顏で言った。
「口を出さないで。あたしは本気でスカウトの話に興味を持ってるから」
えっ? ほのかは何を言ってるんだ?
いや、これは情報収集のために、演技してるんだよな?
それとももしかしたら所長が転職するって話を聞いたせいで、本気で転職の話に関心を持っているのか?
「麗華もOKしてくれたし、ほのかちゃんもその気になってるんだよね?」
ニヤつく勝呂さんに、ほのかは「そうですね」と答えた。
は? なんだって? マジかよ?
「ちょっと待てよほのか。そりゃ転職も個人の自由だから、俺が口を出すべきことじゃないのかもしれない。だけど俺は、ほのかやルカや所長が大好きなんだよ。これからも一緒に仕事をしたいんだ。競合相手になんかなりたくないんだよ!」
店内だから穏やかに話そうと思っていたにも関わらず、俺は思わず叫んでた。
「所長が移籍を考えてるなんて絶対に嘘だ。所長を信じろよほのかっ!」
「そうですよ、ほのか先輩!」
俺たちの言葉を聞いて、ほのかはちょっと困ったような顔でうつむいて考え込んだ。
そして意を決したように顔を上げて、呆れたように肩をすくめた。
「んもう、ほんっとにひらりんは仕方のない男だねぇ……」
「は? なにが?」
「ひらりんがあたしを大好きだってことはわかったから」
いや、俺はそんな意味では言ってない。
なにを言っとるんだコイツは?
横のルカも、ぽかんと呆れ顔になってる。
「あ〜あ。せっかく勝呂さんといい雰囲気になって、もうちょっとで色々探れそうだったのに。雰囲気ぶち壊しじゃん」
「え?」
そうだ。ほのかは勝呂さん達のことを探るために、演技してるに違いないと、さっきまで考えてたんだった。
だけどほのかの迫真の演技のせいで、つい本気にしてしまってた。いや、すっげえなほのかの演技。
「あたしがホントにみんなを裏切るなんて、本気で思ってんの? 所長を信じろって言うならね、あたしも信じてほしかったなぁ」
ほのかは少し寂しそうな表情を浮かべた。
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