サイドストーリー:ほのか合コンに行く?(1)

 これは、ほのかが凛太と擬似デートをする少し前のお話。


◇◇◇

〈小酒井ほのかside〉


 先週、学生時代の友達の花ちゃんから電話があった。


 花ちゃんは、あたしと同じ大学を出てメガバンクに事務職として勤めてる。社会人になってからも時々食事をする仲。


 今度の土曜日、久しぶりに食事に行かないかと誘われた。


「いいよ。他に誰か呼ぶ?」

「いや、女の子は私とほのかだけで」


 ──女の子は? どゆこと?


 実は花ちゃんは銀行の同僚に、狙ってる男がいるらしい。

 それで食事に誘いたいのだけど、いきなり二人きりというのは抵抗がある。だからグループで行かないかと彼に声をかけたのだと言う。


 花ちゃんってそういう子だ。

 そんなの気にせず、二人で行こうって誘えばいいのに。

 そんなことすると、いきなり本気で狙ってるって思われるのが嫌なのだと。


 すると彼の方から、会社のメンバーじゃなくて、来週会う予定の友達がいるから、一緒に行かないかと言われたらしい。


 その友達は彼の学生時代の友人だから、花ちゃんも「じゃあ私も学生時代の友達に声かけるね」と答えた。


 そしてあたしに白羽の矢が立ったと。

 そういうわけだね。


「つまりあたしは、一種の当て馬みたいなもんかぁ」

「え? あ、そうじゃなくて……」

「いいよいいよ。花ちゃんのためだもん。喜んで協力するよ」

「ありがと、ほのか。あ、でも彼の友達もイケメンエリートだからさ。ほのかも喜ぶと思うよ」


 名門、王慶おうけい大学出身で超大手の総合商社勤務だそうだ。確かに絵に描いたようなエリート。


 でも、そんなことはどうでもよかった。

 まあ以前のあたしなら、飛び上がって喜んだだろうけど。

 だけどなぜか今は別に嬉しいとも思わない。


「ほら。ほのかは前から、イケメンでエリートな男はいないかなぁって言ってたでしょ?」


 そうだった。

 花ちゃんにもよくそんな話をしてた。

 以前のあたしに「アホか」と言って殴ってやりたい。


「そだねぇ。でも今は、あんまりそんな気になれないんだよねぇ」

「でもさ。実際に会ったら、ほのかも気にいるかもよ?」

「はいはい。気を遣わなくていいよ花ちゃん。あたしは花ちゃんのために出かけるの、全然嫌じゃないから」


 はなちゃんは自分のためにあたしを使うことに引け目を感じている。だからあたしにもメリットのある話だとアピールしたんだろう。


 きっとそんなとこだろうと思ったから、気にすることはないと伝えた。


「あ……ごめんねほのか」

「うん。よきよき」


 そんな会話をしたのが先週。

 そして今、あたしは待ち合わせ場所である、駅近のグルメビルの前にいる。


 ──どの店なんだろ?


 グルメビルに入ってるお店の看板を眺めてたら、後ろから花ちゃんの声が聞こえた。


「ほのかごめーん。待たせちゃったね」


 振り向くと、気合いの入った高級そうなワンピースに身を包んだ花ちゃんが立ってた。

 メイクもこれまた気合いが入っててバッチリだ。


 うーん。女子の本気を見た気がする。


 あたしなんて、まあ一応お出かけする時のいつもの服装。メイクも普通。


「ううん。あたしも今来たとこ」

「そっか。今日はごめんねほのか。ありがと」

「どういたしましてぇ。花ちゃんのためなら問題なしよ、むふふ。ところでどのお店?」

「この最上階のフランス料理屋」


 看板の一番上を指さす花ちゃん。

 筆記体のアルファベットで、よくわからないお洒落な店名が書いてある。


「へぇ、気合い入ってるねぇ。花ちゃんのチョイス?」

「ううん。彼の友達が選んでくれたんだって」


 へぇ、彼ねぇ……

 すっかりその気だね花ちゃん。


「もう先に着いて、店の中で待ってるってメッセージが来たから、上がろうよ」


 花ちゃんはスタスタとビルのエントランスを入ると、エレベーターのボタンを押した。

 そして二人でそのフランス料理店に向かった。



***


 エレベーターを降りてお目当てのお店に入ると、エントランスには壁にも床にも大理石が敷き詰められていた。いかにも高級な内装だ。


「うわ、高そうだねぇ、あはは」


 あたしが苦笑いを向けたら、花ちゃんも苦笑いを浮かべて答えた。


「超大手の総合商社って、若いうちから給料がいいらしいからね。金持ちなんじゃないの?」


 店員に案内されて席まで行くと、そこにはイケメンが二人並んで座っていた。


 一人は少し真面目そうな爽やかイケメン。

 花ちゃんが、同じ会社で同期の杉山君だと紹介してくれた。


 そしてその杉山君が、もう一人のイケメンを紹介する。


「こいつ、金崎かねさき。超大手商社の四井よつい物産に勤めてるんだ」

「金崎でーす。よろしくー」


 ちょっと茶髪でチャラい感じだけど、確かにアイドルみたいな綺麗な顔をしてる。

 紛れもないエリートイケメンだ。


「小酒井ほのかです」

「ほのかちゃん固いよ。みんなおないなんだから、タメでいこうよ」

「うん、そうそう。ほのかもフレンドリーは得意でしょ?」


 杉山君と花ちゃん二人に、ほぼ同時にツッコまれた。

 金崎君のチャラさにちょっと構えちゃったけど、まあフレンドリーでいっか。


 席に着いて食前酒で乾杯すると、みんなワイワイと話し始める。

 どんな仕事してるのかとか、どんな学生時代だったとか、すごく話が盛り上がった。


 コースで出てくる料理はどれもお洒落で美味しくて。

 うん。これを味わえるだけでも今日来た甲斐があったよね。


 それに杉山君も金崎君も話が上手い。

 だから、うん、まあ楽しいね。


 お洒落でイケメンで名門大学出てて超一流企業に勤めてて話が上手くて。

 うーん……最強よね。超ハイスペック。


 きっと二人ともモテモテなんだろうなぁ……あたしと同じで。


 あ、最後のは単なる冗談だから。

 嫌な女って思わないで欲しいぞ、ひらりん。


 いや、なんでここでひらりんを思い出すの?

 あたしってば意味わかんない。

 別にひらりんに対して、なんの言い訳も必要ないし。


「ねえねえほのかちゃん」

「え?」


 杉山君がいきなりあたしに声をかけてきた。

 隣に座る金崎君を、親指でくいくいと指し示してる。


「こいつさあ、見た目はちょっとチャラいけどさ。すっごく優しくていいやつなんだよ」

「あ、そうなの?」


 ──へぇ、意外。


「そうなんだよ。俺って優しさだけが取り柄の男でさ」


 金崎君が頭を掻いてる。


「ええ~っ、金崎君って仕事もできそうだしイケメンなのに。優しさだけが取り得なんて、謙虚ぉ~」


 花ちゃんが感心したように言ってる。

 顔が真っ赤だよ花ちゃん。ワイン飲みすぎ。


「あ、うん。俺って謙虚ってよく言われる」


 金崎君は花ちゃんに向かって答えながら、チラチラとあたしに目線を向けるのはなぜ?


 あたしに何かアピールしたいみたいだから、ちゃんとリアクションしとくか。

 あたしだって営業ウーマンだから、相手に話を合わせるのなんてお手の物。


「へぇ、すごいねぇ金崎君。めちゃくちゃモテるでしょ?」

「いやあ、そうでもないよ。今は彼女いないし」

「え? そうなの?」


 へえ、意外だ。

 二、三人彼女がいそうだなんて思ってた。


「ああ、コイツ。この前別れたばっかなんだよなぁ…… どっかにいい子いないかなぁ」


 杉山君がそう言って、あたしを見てる。

 花ちゃんまであたしの方を向いた。


「ねえほのか。金崎君って素敵だよね」

「あ、そうだね」


 そう答えたものの。


 ──ん? ちょっと待って。


 これって──もしかして。

 あたし、はめられた?


「あ、ごめん。ちょっとトイレ行く。花ちゃんも一緒に行こう」


 花ちゃんの手を握って、立ち上がった。


「あ、うん。ごめんなさい、行ってきまーす」


 花ちゃんは二人に可愛く手を振ってる。

 あたしは無言のまま花ちゃんの手を引いて、トイレに向かった。



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このサイドストーリーは全三話です。

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