第70話:ひらりんの方からあたしに

「うん、そうだ。ひらりんの方からあたしに惚れてもらおう! そうしよう。むふふ」


 素直に自分を表現できるようになりたいな、なんて思ったのはつい昨日だったくせに。

 とうとうほのかは、そんな性悪女みたいなことを思いついてしまった。


 だけど今まで本気で異性を好きになったことがなくて、変なプライドに縛られてもいたほのかにとっては、それが今の自分の凛太に対する恋心を自分自身が認めるための、唯一の方法だったのかもしれない。


「そのためには、ひらりんに魅力的だって思ってもらわなくちゃいけないよね」


 ほのかは、凛太に惚れさせるためには、今日は思いっきり魅力的な格好をして擬似デートに行くべきなのだという結論に達した。


 ──そうそう。『ひらりんに気に入られたい』なんていう可愛い気持ちじゃないんだからね。『ひらりんを惚れさせる』という気持ちなのよ、おほほ。


 ほのかはそんなことを考えながら、またクローゼットから服を選び始めた。


「ん~、やっぱりキリっとした大人の女の魅力で惚れさせるかぁ……」


 パンツスーツを取り出して眺める。

 だけどキリっとした大人の女路線では、麗華所長に負けそうだと感じる。

 だから別の服を取り出した。それは年齢よりも少し幼い感じのブラウスとミニスカート。


「よし、これで可愛い女路線かな」


 ──あ、いや。

 可愛い系ではルカたんに負けるかも……

 でもあたしの方が背も低いし、ホントはあたしの方が可愛い系が似合うんじゃない?


 今までほのかは、麗華やルカと自分を比べて、負けるとか勝つなんて考えたことはない。

 二人とも素敵な女性だけど、同じ営業所にろくな男性がいなくて競合することなんてなかったからだ。

 麗華やルカよりも魅力的に見られることを考えるなんて、ほのかにとって初めてのことだ。なかなか良い答えが見つからない。


 そして色々と悩んでいる中で、ほのかはあることにはたと気づいた。


 ──あれ? ところで、そもそも……


「ひらりんって、どんな女の子がタイプなんだろ……?」


 そう言えば、凛太の好みの女性はまったく聞いたことがない。

 こんなことなら、好みのタイプ情報もゲットしとくべきだったぁ……と後悔するが、もう遅い。だから好みのタイプもわからないまま、今日のスタイルを決めなければならない。


「むむむ……ま、迷うなぁ……」


 自分が一番魅力的に見えるのは……


 ──やっぱり大きな胸を活かして大人っぽさを演出し、その中にも可愛さが見えるファッションでひらりんを悩殺するのが一番よね。


 そんな答えにたどり着いたほのか。


「……となると、これかな」


 胸が強調されるニットセーターに少し可愛さを演出する長めのハーフコート。

 スカートは短すぎず、少し大人っぽいひざ丈のフレアスカートをチョイスした。


 そして選んだ服を着て、入念にメイクをした。ようやく準備万端だ。


「むふふ。待っておれ、ひらりんよ」


 そんなことを呟きながら、ほのかは小さなショルダーバッグを肩にかけて玄関に向かう。そこにはまぶかにチューリップハットを被り、サングラスをした母が待ち構えていた。


 絵に描いたような尾行ファッション。

 母親はほのかを見てニヤリと笑った。


「さあ、いざ出陣しましょうか、ほのか」

「ママ……き、気合い入ってるね……」

「ふふふ。もちろんよ。ほのかだって気合い入ってるじゃないの。さすが彼氏と会う時は違うわねぇ」

「ま、まあね。綺麗にして行くのは、女のたしなみよ、ほほほ」

「そうね。いいことだわ、おほほ」


 なんだか似た者同士の母娘は、なにやらお互いを牽制するような会話を交わした後、家を出て待ち合わせ場所に向かったのであった。





***


 ほのかが待ち合わせ場所の駅前に行くと、既に凛太は来ていた。駅前広場に設置された犬の銅像の前に立っている。まだほのかには気づいていないようだ。


 もちろん母親は駅前に着く前に距離を取って、少し離れてついてきている。


 ほのかが凛太の服装を見ると、普段会社で見るとおりのスーツ姿。大して気合は入ってないようにしか見えない。


 ──え?

 これってあたしだけが気合い入れて、あたしだけがデートを楽しみにしてた……みたいじゃん。むううう……


 ほのかはちょっと悔しくなって、少し地団駄を踏むように歩いて凛太に近づく。

 ほのかが通りすぎる周りでは、男たちが呟く声が聞こえてきた。


「おい見ろよあの子。めっちゃ美人だぜ」

「ホントだ。芸能人かな?」


 ──そうでしょ、そうでしょ。

 それでこそ気合いを入れてお洒落してきた甲斐があるってものよ。むふふ。


 凛太の服装を目にしてちょっと不機嫌になった心が、周りの声で簡単に反転する。ほのかって案外単純なようだ。


 ──これならひらりんなんてイチコロよね。

 秒で瞬殺してやる。ふふふ楽しみ。


 いつにも増して綺麗な自分に、凛太もさぞかし見とれるだろう。そんなことを思いながら、ほのかは凛太に声をかけた。


「ひらりんお待たせぇ〜」

「あ、ほのか来たか。じゃあ早速行こうか。予定通り、まずは飯食ってからボウリング場な」

「へっ……?」


 ──なんなの、この何気ないリアクションは?


 イチコロ?

 秒で瞬殺?


 ──いやいやいや。あんだけ気合いを入れたメイクも、迷いに迷って選んだ服装も、ノーリアクションですかぁ!?

 他の人はあんなにあたしを絶賛してくれてるのに、肝心のひらりんはそんな感じなの?


「どうした、ほのか? お腹でも痛いのか?」

「なにが?」

「だって、なんか苦しそうな顔してるからさ」


 ──それ、あなたのせいなんですけどっ!

 なに、この鈍感男……

 ああ……心が折れそう。

 いや、ダメだ。最初から諦めてどうすんのあたし。がんばれあたし!


 ほのかはそうやって自分を鼓舞しながら、気持ちを切り替える。絶対に凛太の方から自分に惚れさせてやるのだと、改めて心に誓った。


 そして凛太が自分に惚れた暁には、さっきのノーリアクションを土下座して謝らせてやると決めた。


「だ、大丈夫よ。じゃあ行こっか」

「ああ、行こう」


 凛太がグルメサイトで見つけた美味しいと評判のイタリアンカジュアルレストランは、駅前から歩いて5分ほどの場所にある。ボウリング場もそこから歩いてすぐだ。

 二人はイタリアンレストランに向かって、並んで駅前商店街を歩き始めた。

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