第41話:ルカの盛大なる勘違い

 店を出た後、蘭さんを待つために立ち止まって、凜さんと向かい合って話していたら、突然横から「あっ……り、凛太先輩!」という短い叫び声が聞こえた。


 振り向くと、そこには……なんとルカが呆然とした表情で立っていた。


 前にルカが言ってたように、プライベートの今はメガネを外している。だから綺麗な二重の目がばっちり見えて、その綺麗な目が俺を見つめている。


 服装も仕事の時よりもカジュアルで、可愛いデザインのカラーTシャツに花柄のフレアミニスカートという可愛い系のファッション。


 とにかく今日のルカは、美少女オーラ満載だ。


 ルカはたぶん、物販店エリアの方を歩いていて、俺を見かけて立ち止まったのだろう。

 そして俺の顔と凜さんの顔を、何度もキョトキョトと往復して見比べている。

 まるでテニスのラリーを見る観客のようだ。


「平林さん……どなた?」


 挙動不審なルカを目にして、凜さんが不思議そうな顔で尋ねてきた。


「あ、同じ会社の後輩で、愛堂ルカさんです」

「ああ、なるほど」


 凜さんはそう言ったあと、ルカに向かって「はじめまして」と挨拶をした。

 するとルカは青い顔をして、ペコリと頭を下げた。


「おおお、お邪魔をしして、ごごご、ごめんなさいっ!」


 なんでルカは謝ってるんだ?

 お邪魔ってなに?

 それにえらくキョドってる。


 俺が疑問に思っていると、ルカは突然ギクシャクした動きでくるっとUターンをした。

 そして逃げ出すように、ギクシャクとした動きのまま歩き出そうとした……その時。

 後ろから蘭さんの声が聞こえた。


「お待たせしました平林さん」


 蘭さんの声に、背中を見せているルカの動きがピタリと止まる。

 そしてゆーっくりと、恐る恐る上半身を回して振り返った。


 まるで、とんでなく恐ろしいものを、恐いもの見たさに見ようとするような感じ。


 ルカは蘭さんの姿を視界に入れて、ぎょっとした顔になった。

 そして両手の指で、両目をゴシゴシとこすっている。

 それからまたルカは、凜さんと蘭さんの顔を交互に、キョロキョロと見る。


 ──ああ、なるほど。


 凜さんと蘭さんが同じ顔をしているから、何か幻でも見ている気になっているんだな。


「凛太先輩……二人も……彼女がいらっしゃるんですか?」


 ルカは魂を抜き取られたかのような呆然とした表情で、わけのわからないことを口走った。


「二人も彼女がいる? 俺に……? いや、違うよルカ」


 おーいルカ。それは盛大な勘違いだ。二人どころか、俺には一人さえも彼女なんかできていない。


「へっ……?」


 ルカはきょとんとした目を俺に向けた。




***


 俺が氷川姉妹のことや、今日お二人に会っていた主旨を説明すると、ルカは恐縮しきって謝った。


「ホントにすみません、凛太先輩。最初見かけた時から、てっきり彼女さんかと勘違いしました」

「そしたらさらにもう一人、女性が現れたってわけか?」

「はい……」

「あはは。俺に彼女が二人もいると勘違いするなんてな」

「はい。見てはいけないものを見てしまったと焦りました」


 ルカは顔を真っ赤にして、上目遣いで俺と氷川姉妹を見回している。勘違いがよっぽど恥ずかしかったのだろう。


 凜さんと蘭さんはオタオタするルカを微笑ましそうに見ていたが、しばらくして二人でぼそぼそと「どうする?」と話をし始めた。


 イタ飯屋を出てすぐに帰るつもりが、ルカの登場で、帰るタイミングを逃してしまった感じだ。

 しかしさっき店内で話していたように、やっぱり今日はこのまま帰るようで、俺の方に向いてまた綺麗にハモった。


「「では平林さん。私たちはこれで失礼しますね」」

「あ、はい。今日はホントにありがとうございました」


 凜さんと蘭さんが二人仲良く立ち去って行ったその背中を見届けてから、ルカがポツンと話しかけてきた。


「でも勘違いで良かったです。ホッとしました」


 ──ん


 良かった?

 ホッとした?

 なにが?


 ──あっ、そっか。


 もしも俺が二人の女性と同時に付き合うようなヤツなら、しかもまだこちらに赴任してきたばかりなのに、そりゃルカも引くよな。そんなんじゃなくて良かったってことだな。


「ああ、そうだね。大丈夫だ。俺に二人の彼女ができるなんてあり得ないからな。あはは」

「……ということは、一人なら彼女がいるってことですか?」

「えっ……? いないよ、彼女なんて」

「そう……なんですね」


 ルカは少し気が抜けたような感じでそう言ったあと、何か呟いた。


『ジョー・ホーゲット』って聞こえたような気がするが、ホーゲットって誰だ?

 なんだろ? アメリカの俳優かな?

 俺の知らない人だな。まあいいか。


「それにしても凛太先輩、凄いですね。とうとう加賀谷製作所の社長さんに会えそうですね」

「まあまだわからないけどね。会えるといいなぁ。でも俺が凄いって言うか、運が良かったよ。氷川さんのお姉さんが加賀谷製作所の社長秘書だったなんて」

「でもそれは凛太先輩が諦めないで、あちこち連絡を取るという努力をしたからですよ」

「そっか……ルカにそう言ってもらえると嬉しいな。でも妹さんの方の氷川さんが協力的で、親切な人だったってこともラッキーだったしな」

「いえ、それも、凛太先輩の人柄を、氷川さんが評価してくださったからじゃないですか?」

「あ、そ……そうかな?」


 俺はとにかく目の前のことを、一生懸命誠実にやってきただけだ。

 けれども確かに、蘭さんはそれを評価して、俺を信頼してくれている気はする。


 それは本当にありがたいことだ。


「やっぱり凛太先輩は凄いです」

「そ、そうかな……ありがと」

「尊敬します、凛太先輩っ♡」


 あっ……

 なんか語尾が跳ねるような、可愛らしい話し方。

 そしてうるうるしたような瞳。

 綺麗な二重の目と、通った鼻筋。やっぱりルカって美少女だなと、改めて思った。

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