第39話:喧嘩をしてるのかと思ったら、じゃれ合ってた二人

らんさん、今日はホントにありがとうございました。このお礼は必ずしますから」


 俺は蘭さんに真剣な顔でそう言った。

 すると、なぜかすぐに反応したのは横に座る凜さんだった。


「お礼かぁ……そぉねぇ……」


 りんさんはあごに手を当てて、視線を宙に彷徨わせている。

 顔はなにか、ワクワクしたような感じ。


「ちょっと待ってよ凜。平林さんは私に向かって言ってくれたのに、なぜあなたが悩んでるの?」

「だって今日は、私と話をするのがメインだったでしょ? 私が考えたっていいじゃない」

「そうじゃなくて凜。平林さんからお礼なんていただかなくてもいいでしょ? もう既にプリンをいただいたんだから……」


 うわ、ヤバい。

 二人が喧嘩を始めちゃったよ。


「ちょっと待ってください。もちろん今日のお礼は、お二人ともにしますから、喧嘩しないでください」


 俺が両手を前に出して、二人を抑えるような仕草をすると、突然蘭さんと凜さんはきょとんとしてお互いの顔を見合わせた。


 そしてプッと笑って、俺の方を向いた。

 二人とも笑顔だ。

 クールな感じの美人さんの笑顔が、二つ並んでいる。


「「まったく喧嘩なんかしてませんよ平林さん。これはいつもどおり、二人でじゃれ合ってるみたいなものです」」


 ──あ。また二人仲良くハモってる。


 確かに本気で喧嘩をしているのではないようだ。

 さらにお二人はこう続けた。


「「じゃあちょうどお昼どきだし、今から一緒に食事でもしませんか? それがお礼代わりということでどうでしょう?」」


 二人とも息ぴったりに、打ち合わせることもなくまったく同じ提案を口にした。

 すげぇ。恐るべし双子。

 以心伝心というヤツか。


 でもまあ、難攻不落かと思えた加賀谷製作所に切り込むチャンスを、このお二人のおかげで得られたんだ。昼食を奢るくらいでお礼になるならお安い御用だ。


「えっ? あ、はい。そうしましょう」

「平林さん、奢ってくださいという意味じゃないですよ。食事をご一緒いただくだけでいいです」


 え? 一緒に飯を食うだけ?

 蘭さんはそう言ったけど……


「いや、そんなんじゃあ、お礼にもなんにもならないですよ……」


 俺が戸惑っていると、姉の凜さんが微笑んでこう言った。


「大丈夫ですよ。一緒に食事してくれるだけでも、充分お礼になりますから」

「えっ……? そんなことはないでしょ?」

「いえいえ。一緒にお食事って、充分お礼になるよねぇ。ねえ、そうでしょ蘭?」


 凜さんが急に、念押しをするような口調で蘭さんに笑いかけた。

 蘭さんは突然のことで、焦った感じになった。


「そそ、そうね。充分、お礼にななな、なりますよ、平林さん。おほほ」


 蘭さんは手を口に当てて、また大げさな笑い方をしている。


 そっか。

 そうやって、たかが食事を共にすることを、お礼になるって言ってくれるなんて。

 俺に気を遣わせないための、お二人の心遣いなんだな。ホントに親切で良い人達だ。


 この親切心をいつまでも拒否したらかえって失礼になる。お言葉に甘えるとするか。


「わかりました。ありがとうございます。ではそうさせてください」


 こうして俺たちは3人で、ショッピングモールのレストランフロアにあるイタ飯屋に行くことになった。



*****


 このショッピングモールに入っているイタリアンレストランは、カジュアルでリーズナブルだけど、とても美味しいと評判なのだと氷川さん姉妹が教えてくれた。


 ピザを3人で1枚注文し、あとはそれぞれパスタやドリアなどを頼んだ。


「ところで平林さん。蘭から聞きましたけど、彼女はいらっしゃらないんですって?」

「えっ……?」


 席に着いて注文を終えたあと、姉の凜さんがいきなりそんなことを訊いてきた。

 凜さんの横に座る蘭さんは、驚いた顔を凜さんに向けてアワアワしている。


「ちょ、ちょっと凜。いきなりなんてことを言い出すのよ……」

「まあいいじゃない蘭。世間話よ」


 前に蘭さんに会った時に訊かれて、彼女はいないと正直に答えたことを思いだした。

 きっと蘭さんは、俺がモテない男だってことを凜さんに伝えたんだろうなぁ。

 まあ事実だから、いいカッコしても仕方ない。


「はい、いません」

「なぜですか?」


 凜さんは割と真面目な顔で訊いている。

 でも、なぜかと言われても……


 ──俺がモテないから?

 その答えしか見つからない。


「もしかして平林さんって、女嫌い?」

「あ、いえ別に。普通……だと思います」


 女好きではないけれど、女嫌いではない。

 女性と接するのは特に苦手ってことでもないけど、得意ってわけでもない。

 だからなんと答えたらいいのかわからない。


「そっかぁ。じゃあ今は彼女がいないだけで、女性と付き合いたくないってわけではないんですね」


 それはそうだな……

 彼女がどうしても欲しいってほどじゃないけど、かと言って欲しくないわけではない。

 だけど、どうしたら彼女ができるのかは、正直に言ってわからない。


 今まで、俺を好きだと言ってくれた女性はいないから、モテないことは確かなのだろう。

 まあ学生時代も社会人になってからも、身近に女子が少なかったから、なぜモテないのかという明確な理由はわからないけれど。


 たぶん面白いギャグを言ったり、気の利いたことを言ったりできないからじゃないかな……と自分では思っている。


「はい。そうですね」


 俺の答えを聞いて、凜さんは満足そうに微笑んだ。

 そして蘭さんの方を向いて、ニマっと笑いながらなぜかウィンクをした。

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