第29話:平松部長は弊社のひらり……←ほのかの言い間違い
平松部長が、俺にホントに世話になったとか、背中がくすぐったいくらい褒めてくれるものだから、横で見ていたほのかが、「あのぉ……」と口を挟んだ。
「平松部長は弊社のひらり……いえ、平林をかなり高くご評価いただいてるみたいですが……」
「そうだね、小酒井さん。以前ウチがなかなか人材採用がうまくいかなくて、すごく困ったことがあったんだ。その時にね、平林君は何度も熱心にウチに来て、多くの社員にウチの会社の良いところをインタビューをしてくれたんだ。そしてそれをうまくまとめて、転職希望者にきちんとアピールしてくれたおかげで、無事に採用をすることができた」
「そうなんですね……」
ほのかは、『ははぁーん……』というような表情で、チラッと俺を横目で見た。
ほのかと俺で今やろうとしている営業戦略は、これが元ネタだってばれちゃったな、あはは。
「あそこまで熱心にやってくれる人材紹介会社なんて他にはないし、そのおかげで我々も気づいてなかった自社の良さに気づくことができた。おかげで今はそのわが社の良いところを、社員教育でも使わせてもらってる。ホント、平林様様だよ。なあ、平林君!」
「いや、平松部長。褒めすぎですって。部長こそ、いつも私を良いふうに言っていただいて、感謝してます。おかげで仕事に対するモチベーションが上がって、私こそ部長に感謝してるんですよ」
「いやいや平林君。私はおべっかなんて言う人間じゃないよ。それにこの相原君だって、君がわが社の社員に取材するのにずっと付き合ってて、ホントに良い人だって何度も言ってたからね」
「えっ……?」
俺は思わず相原さんの顔を見た。
すると相原さんは表情を崩して、ニコリと笑ってくれた。
相原さんってまるでハーフのように彫りが深くて整った美人なのだが、時々こうして見せる屈託のない笑顔はとても可愛く見える。
「はい、平林さん。それは本当のことですよ」
相原さんは、俺のことを平松部長にそんなふうに言ってくれてたんだ。
平松部長が俺を買ってくれてるのは、相原さんのおかげなんだな。今まで知らなかったけど、ホント相原さんには感謝しかない。
ウエブアド社に何度も訪問した時も、すべて段取りをして助けてくれたのも相原さんだし。
「ありがとうございます相原さん!」
「いえ、平林さん。私は本当に思ったことを言っただけですから」
「あ、ありがとう……ご、ございます……」
相原さんの照れたような笑顔があまりにまぶしくて、俺は思わずつぶやくように返事をした。
「コホコホっ!」
隣で急にほのかの咳払いが聞こえた。
風邪か?
──あ、違うな。取引先の人相手に、まごまごした態度を取るなんて、営業マンとしてはダメだ。
きっとほのかは、それを俺に注意してくれたんだ。
さすがほのかは、俺のベストパートナーだ。
ありがたいことだ。
「それでは失礼いたします」
お茶を出し終えたルカが丁寧にお辞儀をして、応接室から出て行ったのを見送った後、平松部長は思いついたように口を開いた。
「そうだ、平林君。今夜は私たちはこの志水駅前のホテルに泊まるんだよ。この後、どうだ? 一緒に食事に付き合ってくれんか?」
「えっ……? あ、私も久しぶりにゆっくり平松部長とお話をしたいですね」
「そうかそうか。ぜひ行こう!」
平松部長はそう言った後、ほのかの方を向いた。
「小酒井さん、すまんね。積もる話もあるから、ちょっと平林君を借りるよ」
「えっ? ああ、はい。どうぞ」
ほのかは苦笑いを平松部長に返した。
もしかしたらほのかも部長と懇親を深めるために、一緒に行きたかったのだろうか?
それとも偉いさん相手で気を遣うから、自分が同席しなくてホッとしたのだろうか?
どちらなのかはわからないが、平松部長の誘い方だと俺一人みたいだから、いずれにしてもほのかに一緒に行こうとは言いにくい。
「平松部長。ちょっと待っていただけますか? 所長が外出中なので、電話して許可を取ります」
俺はそう言って、神宮寺所長に電話を入れた。
所長は、そんな話ならぜひ行ってきなさいと言った。
得意先の人事部長との会食なので、接待費を使ってもいいとまで言ってくれた。
ありがたい話だ。
所長の許可が出たことを平松部長に伝えると、「じゃあ早速行こうか」となって、俺は平松部長、そして相原さんと一緒にオフィスを出た。
◆◇◆◇◆
〈女子side〉
ウエブアド社との打ち合わせを終え、ほのかが一人でオフィスに戻ってきた。
それを見て、ルカは首を傾げる。
「あれ? 凛太先輩はどうされたんですか?」
「えっと……ひらりんは平松部長に誘われて、食事に行っちゃったよ」
「そうなんですね……」
ルカはちょっと驚いた表情を見せたが、それを隠すようにすぐにいつものクールな表情に戻った。
「3人で……ですか?」
「うん。まあ、あたしは誘われなかったし……っていうか、誘われなくて良かったけどねぇ。取引先の人事部長の接待なんて、息苦しくてやだもん」
「まあ、そうですよね。ところでウエブアドの人事部の人、お綺麗でしたよね」
「ああ、相原さんね。綺麗……かな?」
ほのかは眉をしかめている。
相原さんが誰が見ても凄く美人なのは明白なのだが、どうやらそれを認めたくない気分らしい。
「相原さんっておっしゃるんですね、あの人」
「うん、相原芽依さんだって。でもまあ、そんなことどうでもいいじゃん、ルカたん。仕事しよ」
「あっ……そ、そうですね。仕事しましょう」
そうして二人はパソコンに向かい、仕事を始めた。
しばらくすると神宮寺所長も帰社してきて、その日の事務業務は静かな雰囲気の中で粛々と行われた。
そして業務を終え、ほのかとルカが退社する準備を整える。
「あたしはそろそろ帰るけど、麗華所長は?」
「ああ、私はもうちょっと処理をしてから帰るわ。ほのちゃんはもう終わり?」
「うん。ルカたんももう帰るって」
「じゃあ二人とも、先に帰っていいわよ。気をつけてね」
「ふわーい。お先でぇーす」
「では所長、お先に失礼します」
挨拶をしてオフィスを出た二人は、駅の方に向かって少し歩き出した。
ルカの家はそこから別の道を通って歩いて帰るのだが、ほのかがルカに声をかける。
「ねぇルカたん。ちょっとだけ飲んで帰らない?」
「どうしたんですか? 金曜日でもないのに、飲んで帰ろうなんて珍しいですね」
「えっ……? あ、あたしだって、週末以外でもたまには飲みたいときもあるわさぁ」
「ふぅーん……」
ルカがちょっと意地悪そうな笑顔を浮かべて、ほのかの顔を見つめた。
ほのかはなんだかモヤモヤしたものを抱えているみたいで、飲みに行きたそうな顔をしている。
「あっ、べっ、別に無理にとは言わないけどさっ。ルカたんが帰るってなら、それでいいよ」
「いえ、行きましょう」
「へっ……?」
「私もなんか、今日はちょっと飲みたい気分ですから」
ルカもモヤモヤを抱えてるかのように、少し眉尻を下げてそう返した。
「そ……そうでしょー? 飲みたい気分ってこともあるでしょ?」
「はい」
「じゃあ、行こーっ! 出発しんこぉー!」
ほのかが電車の運転手の指差し呼称のように、飲み屋街の方を指差した。
ルカは手で口を押えて、くすくすと笑いながらほのかの後をついて行く。
こうしてほのかとルカの、女子二人のちょっとした飲み会が始まるのであった。
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