第30話:相原さんを綺麗な人だと言うルカと、そぉかなぁ……と言うほのか

「かんぷぁーい!」

「はい、乾杯です」


 ほのかとルカは、駅近くの居酒屋に入ってグラスをカチンと合わせた。

 ほのかはいつものように最初から注文したワインを、いきなりグイっと飲む。


 ハイボールに口を付けたルカは、そんなほのかを驚いた顔で眺めた。


「ほのか先輩。いきなりそんなハイペースで大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫! あたしはお酒に強いんだから」

「まあ、そうですけどね」


 ルカは目を細めてクスリと笑ったあと、言葉を続ける。


「それにしても、凛太先輩は平松部長にもの凄く信頼されてるんですねぇ」

「そうみたいだね、ひらひらコンビなんて言ってたもんねぇ。うぷぷ」


 ほのかはダンディな平松部長が真顔で言った冗談を思い出したようで、笑いを漏らした。


「それにしても、あの相原さん。ホントにお綺麗な人でしたね」


 ルカはよっぽど感心したようで、また相原の容姿を褒める発言をした。それを聞いて、眉をひそめるほのか。


「そぉかなぁ……ルカたんの方がよっぽど美人だって!」

「ありがとうございます。……で、ほのか先輩の方が美人ですよ……って返して欲しいんですよね?」

「そうそう。わかってるじゃんルカたん。つまりあの女よりも、あたし達の方が美人ってことで」


 ほのかはルカの顔に向けて、サムズアップした拳をグイッと突き出す。

 なぜか相原さんが『あの女』扱いになっている。



「はいはい、わかりましたよ。じゃあ、そういうことで」

「ふむ」


 ほのかは得心したようで、お通しの惣菜を箸でつまんで、ぱくりと口に放り込んだ。


 ルカもつまみを口に運びながら、何かに想いを馳せるような表情をしている。そしておもむろに口を開いた。


「ところで相原さん。背が高くてスタイルいいですね。所長と同じくらいの身長だから165センチはありますね」


 ルカは、よっぽど相原のことが気になるのだろうか。また話を振り返した。


「ふぅーん……あ、あたしだって155センチはあるけど」

「それは嘘です。ほのか先輩は149センチだって知ってますよ」

「あ……そうだった。ルカたんにはバレてるんだった」

「なんでそんな微妙な虚勢を張るのですか? ホントに155センチだとしても165センチには程遠いし……」

「ん……べっ、別に虚勢なんて張ってないし」

「そもそもなんで身長で張り合ってるんですか? 凛太先輩が相原さんと親しそうだから?」


 ルカは意地悪そうにニヤリと笑った。


「なななななななにを言ってるのかね、ルカたんわぁっ!? ひらりんのことなんて、これっぽっちも関係ななないしっ!」


 あまりにキョドるほのかを見て、ルカはクスッと笑う。そして人差しを立てて、ほのかの前に出した。


「はい、ここで問題です。今ほのか先輩は、何度『な』と言ったでしょうか?」

「へっ……?」

「いえ、冗談ですけど。噛みすぎですよ、ほのか先輩」

「ルカたんが変なことを言うからだって!」

「そうですね。ごめんなさい」


 ルカは意外と素直に謝った。


 ほのかをからかい過ぎたと反省したのか。

 それともあんまり凛太のことを話題にすると、自分に返ってきては困ると気づいたのか。


 いずれにしてもルカは素直に謝って、そして話題を変えた。


 最近流行りのドラマの話──


 それからはグルメやファッションなど、女子会らしい話題に花が咲いて、ほのかとルカのお酒も進んだ。





 しばらく取りとめもない話で盛り上がっているうちに酔いが回ったようで、二人とも顔が真っ赤になって、呂律も若干怪しくなっている。


 ほのかは普段から酔いが回ると明らかに酔っている態度になるが、いつもは冷静なルカも、この日はなぜか少し酔いが進んでいる様子だ。


 そんな中でふと思い出したように、突然ルカが凛太の話題を出した。



「そう言えばほのか先輩」

「なに?」

「相原さんのこともそうですけど、こっちに異動してくる前の凛太先輩のことって、私たちなんにも知りませんよねぇ……」

「まあ、そだね」

「凛太先輩って、彼女はいらっしゃるんでしょうかね?」

「ん……? いないっしょ」


 ほのかは揚げ出し豆腐を突つこうとしていた箸を止めて、さも当然のような顔で答えた。


「なんでわかるんですか?」

「あ、いや……イケメンじゃないから……」


 その答えに、ルカはちょっと口を尖らせて、むっとした顔をした。

 普段のルカならクールな表情を崩さないはずだが、酔いが回ってるからなのか、それとも今日は飲みたい気分だと言っていたことがなにか関係しているのか……?


「ほのか先輩は、まだそんなことを言ってるんですか? 凛太先輩がここに来て数日経って、どんな人なのかだいぶんわかってきて……それでもまだ、彼女はいないって断言できます?」

「えっと……」


 ほのかは返す言葉がない。

 ほのかも本当はわかっている。

 凛太に彼女がいないと決めつけるように言ってはみたものの、その根拠には何の自信もないことを。


「なに、ルカたん。ひらりんに彼女がいるかどうか、興味あるの?」

「えっ……そ、そうですねぇ。それは、あれですよ。同じ営業所の先輩のことだから、色々知っとくべきだからですよ。ほのか先輩は気にならないですか?」

「あ……あたしっ? きょ、興味ないしっ!」

「へぇ……そうなんですね」

「そ、そうだよ。当たり前じゃん」


 ルカは酔って赤らんだ真顔で、ほのかをじっと見つめる。

 見つめられたほのかは、ちょっとおろおろした感じで、揚げ出し豆腐に箸を伸ばした。


「この揚げ出し豆腐、美味しそう~!」


 そして豆腐を口に運んでから、ルカを向いて言った。


「そんなに気になるんだったら、ひらりんに直接訊いてみたら?」

「そうですね。そんなことを訊くのは勇気がいりますし、すぐには無理かもしれませんが……機会を見つけて訊いてみます」

「そ、そだね。それがいいと思う。うん」


 ほのかがルカを見る目が、なぜかゆらゆらと左右に揺れている。


「あ、ほのか先輩」

「な、なに?」

「凛太先輩に彼女がいるか訊けたとしても、ほのか先輩には教えませんからね」

「ええーっっっ!? な、なんでぇーっっっ!?」


 ほのかはぽかんと口を開けて、絶叫した。

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