第2話:明日来る男って……イケメン?

◆◇◆◇◆

〈女子side〉


 平林ひらばやし 凛太りんたが転勤先に赴任する前日。

 彼の転勤先である『株式会社リクアド 志水しみず営業所』のメンバー3人は、勤務終了後に洋風居酒屋で夕食会をしていた。


「ねぇ所長。明日来る男って……イケメン?」


 パスタをパクつきながら、クリっとした小豆色の目を向けたのは、小柄な美少女、小酒井こさかい ほのか。

 小柄な身体と栗色のゆるふわな髪が、彼女の可愛さを倍増させている。まるでアイドルみたいな雰囲気だ。


「知らないわよ。明日、ほのちゃんが自分の眼で確かめたら? だけどもしもイケメンじゃなくても、前みたいにいじめて追い出すのはやめてよ」


 少し切れ長の綺麗な目で、ほのかに冷ややかな視線を向ける営業所長は神宮寺じんぐうじ 麗華れいか。黒髪を襟元でお団子にした髪型と紺のスーツ姿は、デキる大人の女を感じさせる。


「あたしが追い出したって、人聞きが悪いよぉ所長~」

「あはは冗談よ」

「でもほのか先輩が、あの人をぞんざいに扱ってたのは確かですよね」


 そう言ってクールな口調で横から口を出したのは、入社1年目の愛堂あいどう ルカ。ほのかに顔を向けた勢いで、胡桃くるみ色のポニーテールがふわりと揺れる。


 ルカは仕事中はメガネをしているが、アフターファイブの今は外している。鶯色と言うのだろうか。グリーンがかった綺麗な瞳と整った顔があらわになったルカは、仕事中よりも一層美少女オーラを放出している。


 あの人とは凛太りんたの前任者として、先月までこの営業所に在籍していた、唯一の男性社員。

 体調を崩して退職してしまったのだが、それをほのかのせいだと茶化しているのである。


「こらルカたん。ぞんざいに扱ってたなんて事実無根のことを言わないでちょーだい。あの人、あんまり好きくないからテキトーにあしらってただけだから」

「ほのか先輩。そういうのを世間ではぞんざいに扱うって言うのですよ」

「そうだっけ?」

「そうですよ。知ってるくせに」


 ほのかはニヒと笑って、ぺろりと舌を出した。

 そしてまたパスタを口に運ぶ。


「あのね、ほのちゃん。仕事仲間なんだから、イケメンとか関係なしでいいでしょ?」

「はひをひっへるんへすか、ひょひょう」

「こら、ほのちゃん。食べながらしゃべるな。美少女が台無しよ」


 ほのかはもぐもぐとパスタを咀嚼して、ワインでごくりと流し込んだ。


「何を言ってるんですか所長、違いますよ。あ、私が美少女ってのは、違くないけど」

「なにが違うのよ?」

「仕事仲間とかそういうの関係なしに、あたしはイケメン以外は男として認めません」

「あなたは男を顔だけで選ぶの?」

「いいえ。イケメンは最低条件で、あとは金持ちじゃないと男として見れない。それ以外は何か得体の知れない生物」


 あごを少し上げて、胸を張って偉そうに答えるほのか。

 身体は一番小柄だが、Eカップの豊かな胸が白いブラウス越しにぷるんと揺れる。


 得体の知れない生物ってなんなのか。

 麗華は苦笑いを浮かべた。


 そこに横から、ハイボールを手にしたルカが冷静にツッコむ。


「出た、ほのか理論。男の人からうざい女と思われますよ、ほのか先輩」

「大丈夫、大丈夫。だってイケメンで金持ちの男は、さっきのセリフを聞いても腹を立てないから。腹を立てるのはイケメンでも金持ちでもない男だけ」


 所長の麗華は、はぁーっと大きくため息をついて、ほのかを睨む。


「あのね、ほのちゃん。あなた、いい加減ちゃんと男を見る目を養った方がいいよ。顔とお金だけで男を選んだりなんかしたら、絶対に人生ドツボにはまるから」

「でも所長だって、イケメンじゃないと嫌でしょ?」

「そんなことないわよ。例えばスポーツに打ち込んでるとか何かに熱心に打ち込んでるとかでも、カッコ良く見えるでしょ? 何より好きになっちゃえば、カッコ良く見えるってこともあるし」

「そうかなぁ……? それは単なる好みの問題であって、私は豚骨ラーメンが好きだけど、所長は醤油ラーメンが好きってことじゃないの?」

「ら……ラーメン? いや、私は別に醤油ラーメンは好きでもないけど……」


 真面目な麗華は、ほのかの変なたとえ話に、思わず真剣にリアクションをしている。

 服装も髪型も仕事ぶりも、きっちりしている麗華らしい。

 横で眺めていたルカが、麗華に助け舟を出すように口を挟んだ。


「でもほのか先輩が豚骨ラーメンが好きなのはそれでいいですけど、『豚骨ラーメン以外はラーメンじゃない!』なんて言ったら、他のラーメン好きの人は気を悪くしますよ」

「うぅぅ……そうかもしれないけど、私は豚骨ラーメンが……じゃなくて、イケメンが好きなのっ。まあ豚骨ラーメンも大好きだけど」


 ほのかは食いしん坊なのか、ついつい食べ物の方に話が脱線する。


「そうよほのちゃん。ルカちゃんの言うとおりよ。それになにより、性格が大事でしょ。とにかくほのちゃんの言うことは間違ってる」

「えーっ…… 男を見る目が厳しすぎる所長に言われたくないなぁ。今までも山ほど男から言い寄られてるのに、なんだかんだと理由を付けて、ことごとく断ってるじゃん」

「いや、私は……チャラチャラした男とか、女を見た目でしか判断しない男が嫌いなだけよ。別に見る目が厳しすぎるってわけじゃないし」

「そっかなぁ……割と真面目な人や、仕事ができるエリートタイプも断ってた気がするけど。まあ所長は仕事ができ過ぎる出木杉君だからねぇ。なかなか釣り合う男がいないんだよねぇ」


 麗華はモデルのように整った、キリっとした顔つきをしている。背筋もピンと伸びて、確かにちょっとやそっとの男には太刀打ちできないようなオーラを纏っている。


「もう、ほのちゃん。私のことはいいから!」

「ふわーい」

「ちゃんと、『はい』って言いなさい」

「ふわーい」

「もう、あんたはっ!」


 麗華は拳で、ほのかの頭頂をコツンと小突いた。

 ほのかは大げさに両手で頭の上を抑えながら、麗華を睨む。


「いたーい! パワハラで訴えてやるーっ!」

「なに大げさに言ってんのよ。痛くなんかないでしょ」

「ふわーい、痛くないれす。てへへ」

「はい、正直でよろしい。ふふふ」


 ほのかのおちゃらけに、麗華も笑顔になる。


「でもさあ。つまんない男が来るくらいなら、ホント女三人の方がいいのよねぇ。楽しいし。あたし、このメンバー大好きなんだぁ」


 ほのかは他の二人を見回して、しみじみとそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る