僕をいじめていた幼馴染が取り返しがつかなくなり絶望して、ただ泣きじゃくるだけのお話

くろねこどらごん

僕をいじめていた幼馴染が取り返しがつかなくなり絶望して、ただ泣きじゃくるだけのお話

 ―――死ね、グズ、ノロマ






 ―――だからアンタはダメなのよ、もっと私に感謝して、誠心誠意尽くしなさい






 ―――そんなんだから、ロクに友達もいないんだ。ほんと、生きてる価値もないわよね。私がいなきゃ、まったくどうしようもないんだから






 ―――なに他の女のことを見てるの?気持ち悪い。そんな目で見るから、あの子怖がってたじゃない。もうアンタには近づかないよう、私から行っておくわ…身の程を知りなさいよ








 ―――アンタみたいなダメなやつ、いっそ生まれ変わったほうが、楽になれるんじゃないの―――








 そんなことを言われ続けて、生きてきた








 櫛原水希くしはらみずき。それが僕を縛る枷。幼馴染という、僕を絡め取り続ける蜘蛛の名前。




 最初に卑下することを言われ始めた頃のことは覚えていない。


 そんな記憶を覆い隠すほど、僕はこれまでの人生において、常に彼女から暴言と嫌がらせを受け続けていた。


 誰かと仲良くしようものなら割り込んできて文句を言われ、そのくせ自分は平気な顔で友人達と笑い合う。


 おかげで友達もろくにおらず、自信も持てないままここまできてしまった。




 これからもずっと彼女に罵声を浴びせられるであろうことは、息を吸うより容易に想像できる未来であり、それは吐き気がするほどの醜悪さに満ちた絶望のレールだった。


 高校生だというのに、既に先のことを考える気力などまるでない。僕は幼馴染のサンドバッグ兼操り人形として、ただ学校と家を行き来しながら蔑まれて、これからも生きていくのだろう。






 16年という歳月をともに過ごしてきた、生まれてからずっと一緒だった幼馴染という関係。部屋も窓を隔てたすぐ隣。手を伸ばせば届く距離に、常に水希はいた。




 普通なら幼馴染というのは、きっと仲良く遊んだり、楽しかった記憶がすぐに思い出せるような絆を結んでいる間柄であるんだと思う。


 漫画やアニメの中の幼馴染はそういうものだし、実際に幼馴染がいない人にとってはそんな幻想を抱くのも、きっと無理もないことなんだろう。






 だけど、僕は違う。そんな夢を見ることはもうできない。


 僕にとって、彼女の存在は悪魔そのものだ。二次元に存在するような女神のような性格だったり癒してくれる幼馴染とは、まるで別物だったのだ。






 水希に会うのが憂鬱だった






 顔を見るだけで吐き気がする






 声を聞くだけで身体が自然と震えてしまう






 そんなどうしようもなく僕にとっての恐怖の対象である幼馴染は、今日も僕をなじるのだろう。


 登下校時は無理やり連れ回され、クラスも同じであることから逃げ場もない。


 昼休みも勝手に向こうからやってくるくせに、ご飯を食べながら見下した目を向けてくるのだから心休まるときがまるでなかった。




 クラスメイトも親も、苦しんでいる僕には気付いてくれない。常に水希の味方だ。


 外面が良く、実際に非常に整った容姿をした水希に対し、皆は昔から甘かった。




 水希は小さい頃からワガママ放題だったというのに、彼女はその恵まれた容姿から周囲の人間から常に可愛がられており、誰も注意することをしなかったのだ。


 人に好かれるにはどうすればいいかを、きっと水希は生まれながらにわかっていたんだと思う。




 彼女の立ち回り方は周到で、狡猾だった。


 困ったときは僕に泣きついてくるくせに、不都合なことが起きると責任を僕に擦り付けるのだ。


 大きな声を張り上げて泣く水希をみれば、大抵の人間は騙され、彼女を叱責する気をなくしていく。


 そうなると、代わりに矛先を向けられるのが僕だった。




 なんでこんなことになったんだ、お前がついていながらどうしてだと、頭ごなしに言われ続けた。


 違うんだ、悪いのは水希のほうだと主張しても、誰も僕の話なんて聞いてやくれない。


 説得力というものは話す人間によってまるで違う。信用がない人間が話す言葉は、他人の心に響かないのだ。


 幼かった僕がそれを理解するまで、そう時間はかからなかった。




 ああ、僕がなにをいったところで無駄なんだなと気付いた瞬間、僕は全てを諦めた。そうしたほうが楽だったからだ。


 うな垂れて打ちのめされた視線の先に、意地悪そうにニヤニヤと笑う水希がいることに気付いて、僕は何もかもが嫌になった。




 それでも生きていくしかなくて、僕は今もこうしてここにいる。










 だけど、それも今日までのことだった。


 いつも通りの朝を迎えて、だけどいつもとは違った朝。


 ほんの少しだけ歯車の狂った朝が、僕の全てを終わらせることになる。










 その日の目覚めは良くなかった。


 というよりも、良かったことなんてここ最近まるでない。


 夢の中でもうなされて、気だるい倦怠感ととも目が覚めるのがいつものことだからだ。


 おそらくストレスが溜まっているのだろう。日頃から誰にも相談できないでいる僕の心は、きっと相当な負荷がかかっているに違いない。




 胸が張り裂けそうだとか、明確な痛みがあるわけではなかった。


 せいぜいなにをしても楽しくないとか、なにを食べても味がしないとか、その程度だ。僕にとってこの状態が当たり前のことでしかない。


 心が鈍くなり、なにをしてもやる気がしない呪いの箱に閉じ込められているのが、長谷川祥真はせがわしょうまという存在だった。




 だけどそんな僕に気付くことなく、愛も変わらず叱責してくる幼馴染がすぐ隣にいるものだから、ただただ沈んでいくばかり。いつものことだ。


 本当に、ただそれだけのことだった。








「死にたい…」








 ポツリと、そんな言葉を無意識のうちに呟いていた。


 これもまた、いつものことだった。ふとした時にこぼれ出る口癖だ。


 あまりにも当たり前に頭に思い浮かぶものだから、常に脳内に存在している選択肢のようなものなのだろう。




 とはいえ、それを実行できる勇気も僕にはなかった。


 死にたいと頻繁に口ずさむのは、橋の上を渡るとき、今ここから飛び降りたら楽になれるのかなとか、車道に飛び出したらこの息苦しさから逃げられるんじゃないかと思うときがあるように、ただ現実から逃避したいがための一種の自慰行為に過ぎない。


 せめて背中を押すようななにかがあれば別なのかもしれないけれど、そんなものには心当たりもなかった。普通に生きるつもりならそんなものはないほうが、きっといいのだろう。




 僕は諦めたように大きくため息をつくと、立ち上がって制服へと着替え始めた。


 なるべくゆっくりと、時間をかけるようにしてシャツへと袖を通していく。


 親は既に仕事に出ているだろうけど、着替え終えてリビングで朝食をとっているときに、どうせ水希がくるはずだ。




 どんな形であろうとマウントを取るのが大好きな彼女は、常に早く玄関のチャイムを鳴らしてくるからだ。


 急かす彼女に押される形でドアを開ければ、不機嫌な顔を隠さず水希はこう言うはずである。






 遅いわよ、アンタ本当にグズよね、と―――






 そして一通り罵声を浴びせ最後に一言、死んだほうがいいんじゃないと、そう僕に告げるはずだった。




「うぷ…」




 想像しただけで、吐き気がこみ上げてきた。


 心が鈍くなったといっても、痛みを感じないわけではないのだ。


 明確な悪意を向けられて、外面ではヘラヘラと笑って取り繕うことはできても、内面が傷つかずにいれるほど、僕は強い人間じゃない。


 これがずっと続くのかと思うと尚更だ。ひたすら耐えろっていうのか。こんな地獄を。


 神様という存在がこの世にいるなら、僕はそいつを呪うだろう。


 本当に、僕はなんでこんな世界に―――




「…………あ?」




 そんな、悔しくて血が出るほど、唇を噛み締めていたときのことだった。


 不意に視界の端に、違和感を感じたのだ。なにかが動いたような、いつもと違う小さな違和感。


 それを感じた先へと視線を向けると、そこには―――




「みず、き…」




 僕と同じように制服へと着替えている、幼馴染の水希の姿があった。


 普段閉められているカーテンが、何故か今日に限って開いていたのだ。あんなに部屋にいるときに僕の顔を見るなど嫌だと主張して嫌がっていた彼女の部屋が、今は視界に大きく広がっている。




 そのことに水希自身は気付いていないのだろう。


 僕に見られていることなど露知らず、均整のとれたスタイルと白い下着を惜しげもなく披露しながら、今はチェックのスカートへ足を通しているところだった。


 その顔はいかにも上機嫌といった様子で、いまにも鼻歌を歌いだしそうなほど、無防備で無垢なものだった。




「……なんだよ、それ」




 その光景を見て、何故だか無性に腹が立った。


 幼馴染の下着姿を見たことに関しては、まるで興奮を抱くことはない。


 僕の中で、水希は既にそういったことの対象外なのだろう。


 そのことには少し安心したが、だからといって胸に湧き上がったこの感情を妨げる防波堤には成り得ない。








 僕はこんなに苦しいのに。唇から血が出るほど苦しんでるのに。


 その顔はなんなんだ。なんでそんな楽しそうな顔が出来るんだ。






 良心の呵責というものはないのか?こいつは、罪悪感というものを抱かないのだろうか。


 僕は笑い方も忘れてしまったというのに、なんでお前は…!


 そんなドス黒い負の感情が、グルグルと胸の中を彷徨い始める。




 なんでも良かった。一度だけでいいから、水希に逆らいたい、困らせてやりたいという気持ちが、次第に膨れ上がっていく。


 だけど、どうすればいいのだろう。彼女が困るようなことなんて、どうにも思いつかない。


 学校でも人気者で、成績も運動神経もいいあの幼馴染が困るようなことなんて、なにも―――






「…………いや、あったじゃないか。僕にもできることが、ひとつだけ」






 それに思い至った瞬間、僕の胸には歓喜の渦が押し寄せていた。


 ああ、そうだ。それがいい。これをすれば、きっといくらあいつでも困るはずだ。


 あんなに楽しそうな顔を浮かべられるのは、きっと常日頃からそのストレスを発散できる対象がいるからに違いなかった。






 なら、それを奪えばいいのだ。そうすればきっと、いくらあのワガママで最悪の幼馴染でも、慌てふためくことだろう―――






 それに気付いたら、もう迷いはなかった。止めるべき枷は、いつの間にか外れていた。


 思えば僕は、とっくの昔に壊れていたのだろう。これまではただ踏み切るだけのきっかけがなかったか、あるいは今ほどに限界を迎えていなかっただけだった。


 ギリギリの崖っぷちで留まっていた理性だけど、たったひとつの気付きを持って、僕は背中を押されたのだ。


  こんなに気分が良くなるなら、もっと早くに気付けば良かった。




 足は自然と窓へと向かって進んでいく。今まで感じたことのない軽さだ。


 まるで羽が生えたかのように思う。きっと今の僕は喜びから、笑みを浮かべているはずだ。




「く、ふふ、ふふふ」




 笑い声が口に出た。やはり嬉しいんだ。笑ったのなんていつ以来だろう。


 多分数年は、こんな自然に笑うことなんて出来てなかったはずだ。








『…………!』




 僕の笑い声で、ようやく水希も気付いたのか、こちらに視線を向けた。


 驚きからか、大きく目を見開いていたけど、次第に細まり、顔色も赤に染まっていくのが見て取れる。


 大方、笑っている僕を見て、下着姿を見られたとでも思っているんだろう。


 僕はお前の裸になんて微塵も興味はないというのに、なんとも自意識過剰なことだ。


 幸せな世界の中心に、この女はいるらしい。羨ましいよ、本当に。




「祥真!このクズ!なにニヤついてんのよ!変態!」




 窓へと一歩づつ近づいてくる僕を見て、水希は身体を隠すように手で覆いながら大声を張り上げた。羞恥からか、いつもよりその声は大きかったように思う。


 長年の間で培われた、幼馴染に関する嬉しくない洞察力だった。きっとそれだけ、彼女の顔色を伺ってきたということだろう。




 思わず僕は苦笑して、それを見た水希はますます顔を赤らめた。これまた経験でわかるけど、あれは本気で怒っているに違いない。既に見慣れた顔だった。


 だけど、それももう見納めだ。いつもなら萎縮するところだけど、今日だけはしっかりと、幼馴染へと目を向けた。




「……っつ!なによ、その目は!なんか文句あるわけ!」




 ああ、やっぱり怒ってる。ゴメン、僕なんかが君の身体を見てしまって。


 だけど、僕に見られたことなんて気にしなくてもいいんだ、水希。


 僕はできる限りの笑顔を作って水希を見る。窓際にはもう、たどり着いていた。




「ちょっと、言いたいことあるなら言いなさいよ!アンタのそういうとこ、ほんとに嫌いなんだけど!」




 安心させようとしたつもりだったけど、結局彼女の怒りを買っただけだったらしい。


 当然といえば当然か。自分でも上手く笑えた気がしないのだ。


 他人からしたら、馬鹿にされたと思うのも無理はないんだと思う。


 なんとなく残念な気持ちになりながら、窓を開ける。吹いてきた風は、少し生ぬるかった。




「人の話聞いてんの!ああ、もうイライラする!アンタなんかもう―――!」




 水希が次に言うだろう言葉が僕には分かった。


 長い付き合いだから、こういう時になにを口にするかはもう大体理解している。


 今まで彼女の望みを叶えてあげるなんてできなかったから、今日は素直に従おう。




 僕の部屋は二階だけど、頭から落ちれば下はコンクリートだから、きっとそのまま楽に逝けるはずだから。
















「死んじゃえばいいのに―――!」










 そうすれば、きっと水希は困るだろうと、そう信じて










「分かったよ。さよなら、水希」










 僕は窓から飛び降りた。




 多分迷いは、全くなかったと思う。










「ぇ―――」






 誰かの漏らした小さな声が聞こえたけど、それを意識する間もなくあっという間に地面が近づいてくる。






 ああ、だけどしまったな。これじゃ最後に見る光景が味気ない。


 せめて仰向けに落ちて、空を見上げて落ちていれば―――












 ゴンッ












 水希がどんな顔をしているのか、見られたのに






































 ……








 …………








 ………………………








「う、えええ…うええええ…」






 雨が降っていると思った。


 ポツリポツリと頬を叩く感触が、僕にそう思わせたのだ。




 ゆっくり眠っていたかったのに、天気も空気を読んでくれよと思いながら、目を開けようとするのだが…なんでだろう、ひどく瞼が重かった。




「祥真ぁ、しょうまぁ…なんで、なんであんなことしたのよぉ…う、うううう」




 まだ眠りが浅かったのだろうか…そう思ってた僕の耳に、飛び込んでくる声がある。


 誰かに名前を呼ばれているようだ。あれ、でもこの名前は…いったい、誰のものだったのだろう。




「わ、私。嫌だよぅ。祥真がいなくなるなんて、絶対に嫌…お願いだから、死なないでよ…いなくならないでよぉ…」




 上手く頭が働かない。記憶を探ろうにも、どうにも全てがあやふやだ。


 それでも聞こえてくる声だけには、何故かハッキリとした嫌悪感を抱いていた。




「謝るから。今までの全部謝って、反省する…これから絶対素直になって、優しくするから…だからお願いします、神様…」




 それに引っ張られるように、少しづつだけど意識が戻っていくのを感じる。


 多分これは、女の子の声だ。綺麗な声だったけど、この心地よいまどろみの中では、聞きたくなかった声だった。






「私に祥真を、大切な人を返してください…!」






 だって、その全てが不快だったから。




 意味の分からない言葉を震えわせながら口にしているその子の声が、どうしようもなくムカついたのだ。吐きそうになるほどの拒絶感が、僕の全身を駆け巡っていた。




「ぅ…あ…」




 だから文句のひとつでも言ってやろうと思ったのだが、上手く喋ることもできなかった。それがまた、僕の苛立ちを加速させる。




「……!祥真!」




 女の嬉しそうな声もそうだ。


 さっきまでぐしゅぐしゅと、鼻水混じりの声でなにやら祈ってたくせに、急に喜んだような声を上げている。




 そんなに僕が上手く話せなかったことが嬉しかったのか?ひどく馬鹿にされたような気分だった。




「良かった!生きてた…!本当に、本当に良かった…!大丈夫!救急車はもう呼んでるから、絶対助かるよ!私もずっと側にいてあげるから、だから…!」




 ああ、本当に腹が立つ。


 僕が聞きたかったのは、お前のそんな声じゃない。


 なにを喜んでいるんだ。お前のそんな声が聞きたくて、僕は最期の時間をもらったわけじゃないというのに。




「ぉ…ま…」




「!祥真、無理しないで!喋っちゃダメ!本当に死んじゃうよぉ!そんなの絶対ダメなんだから!!!」




 五月蝿い。心配した振りなんかするなよ、気色悪い。


 見て分からないのか?僕はとっくに手遅れだ。


 もう力なんて入らないし、それこそまた意識が闇の中に引きずり込まれるまで、そう時間はかからないことだろう。




「ぉ…ま…ぇ…」




「やめて!もういいから!大人しくしてよ祥真ぁっ!」




 ああ、そうだ。思い当たることがある。


 これは言ってみれば、今際の際というやつだ。


 なにひとついいことのなかった僕の人生。その最期の最期に与えられた奇跡の時間。


 だけど奇跡というやつは、有り得ないから奇跡という。代償もなしに引き起こされる奇跡なんて、あるわけがないのだ。


 そして僕の場合、対価はもう支払い済みだった。それを差し引いても、僕に残された時間はもう残り少ないことだろう。








 だから―――








「おま、ぇの、せい、だ…」








 最期に、これだけは言っておこうと思った。


 16年分の仕返しなんて無理だけど。


 恨み言のひとつくらい吐くだけでも、こいつからすればグズな僕としては、充分上出来な終わりだろうから。




「…………え」




「ぜん、ぶ…ぜんぶぉまえが…ぁぁ…ぉ、おまぇがぃなければ、おまえが…」




 本当に。こいつさえいなければ。最初から出会わなければ。


 僕はもっと、僕はきっと……こんなことにならなくて。違った人生があったはずなのに。




「わた…え、私…?私、私が…?」




 女は喜びから一転して、困惑の声を上げていた。


 なにを言われたのかわかってないのか。




 ああ、それはつまり




 やっぱり僕はこいつにとって、その程度の存在だったということか。




「ぁぁぁぁ…」




 僕の人生は、一体なんだったんだろう。


 本当に、どこまでも意味がなかったんだ。




「祥真…?っ!祥真ぁっ!」




 なんだか、疲れた。


 ひどく眠い。きっと無理に起きてしまったからだろう。


 今意識が落ちてしまえば、久しぶりによく眠れそうな気がした。




「だめぇっ!行かないで!私を置いていかないでぇっ!!!」




 それは、少し気分がよくなったのもあるだろう。


 言いたかったことを少しだけでも口にできたから、きっと満足できたのだ。




「ごめんなさいごめんなさい!私が悪かったの!ほ、本当はあんなひどいこと言うつもりなんてなかった!ずっと、ずっと好きだったの!でも上手く言えなかったから、誰にも祥真を渡したくなかったからぁっ!だから、ねぇ起きてよぉっ!」




 そいつがなにを言っているのか、もう聞こえなかった。


 僕はもう、あの女の子とは関わりのない場所に行く。


 もうなんの未練もありはしない。すうっと、なにかが少しづつ消えていく。




「好きなの!本当に、昔からずっと大好きだったのっ!今度こそ素直になるから、だからねぇ、目を開けてよ!また私のことを見てよぉっ!」




 消える。消える。消えていく。


 きっと僕が消えていく。だけど、それがとても心地よくて。






「嫌だぁぁぁぁぁ!!ダメだよぉっ!神様ぁっ!お願い!連れてかないで!私の大切な人なの!側にいさせてよぉっ!ダメ!絶対認めないぃぃぃ!あああ、祥真ぁっ!」






 今さらいくらなにかを叫んでいようとも、もう全てがどうでも良かった。








「いやぁぁぁぁぁぁ……なんで、なんでぇぇぇッッッ!!!」








 ずっと一緒にいたというのに




 それがわからないから、こうなっただけなのだから

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