新たな脅威、認識
ミドガルズオルムは、大きな欠伸をしながら寝転がる。
「くぁ~あ……んん~、いい天気」
青い空、白い雲。そしてそよ風に乗って鼻孔をくすぐる緑の匂い。そこにミックスされたのは、鉄のような粘っこい匂い。
それは、血の匂い。
ミドガルズオルムは、大量の死体を積み重ね、その上に寝転がっていた。
ここは、集落。ミドガルズオルムは、ベルゼブブに言われた通り、集落の人間を皆殺しにした。
ミドガルズオルムがベッドにしている人間の死体は、老若男女問わずだ。そこに慈悲などなく、単なるモノを壊したような感覚……いや、それすらない。
「…………やっぱ、いいなぁ」
『あちらの世界』と違い、『こちらの世界』は全てが新鮮だ。
セピア色でしかない『あちら』は、ただ退屈だった。匂いもない、風も吹かない、固まった景色があるだけの退屈な世界。
でも、こちらは違う。そよ風が身体を撫でつけ、むせ返るような血の匂いもミドガルズオルムには新鮮だった。
決して、ヒトが好きではない。この世界が好き。
ヒトだって、建物の入口であるドアを愛する者はそういないだろう。ミドガルズオルムにとって人間とは、建物のドアみたいなものだ。
ドアをいくら破壊したところで、決して心は痛まない。
「…………寝ちゃお」
ベルゼブブのところに戻る時間は特に指定されていない。
ミドガルズオルムは再び大きな欠伸をし、そのまま目を閉じた。
◇◇◇◇◇◇
「合格ですな」
拠点に戻ったバハムートとミドガルズオルムは、拍手して出迎えたベルゼブブに労いの言葉をかけられる。だが、二人ともどうでもよさそうにしていた。
すると、ベルゼブブたちのいる部屋のドアがノックされる。間を置き、ゆっくり丁寧なノックだった。
「どうぞ」
「しつれ~い♪」
だが、入ってきたのは、とんでもない恰好の女だった。
水着のような上下に薄いヴェールを纏い、全身に金銀のチェーンを巻き付け、身体の至る所に宝石を身に付けている派手な女。外見は二十台、長い白髪はロングウェーブで、牛のような太く長いツノが二本、側頭部から伸びていた。
ベルゼブブは一礼し、紹介する。
「紹介します。こちらはフロレンティア。人間は『色欲』と呼んでいますね」
「それ、気に入ってるのよん♪ ふふ、色欲……私にピッタリじゃない?」
フロレンティアはなぜか前かがみになり、胸を強調するようなポーズを取る。
当然だが、ベルゼブブもミドガルズオルムにも色香は通じない。人間だったら即落ち間違いない強烈な色香だが。
「さて、主の眷属が四人そろいましたな。本当はあと三人欲しいのですが……今はいいでしょう。主の完全復活前に、余計な力の使用はよろしくない」
「真面目ちゃんねぇ。ま、そんなところも可愛いけど♪」
フロレンティアはクスっと笑う。だが、ベルゼブブは知らん顔だ。
そして、質問する。
「フロレンティア。いくつ滅ぼしたのですか?」
「ん、二十くらい? ああ、イケメンちゃんはちゃ~んと残したわよ? うふふ~……たまんないわね。どんな小さな村や集落にも一人はいるのよ。食べ応えありそうなカッコいい子が。考えてもみてよ? そんな子が私に目の前で家族を殺されて、私はその子を生かすの。そして、その子は強くなって私に復讐したいと思う……そんな時、私が現れる。その子は復讐する。そんな子を私が……はぁぁぁ~たまんない」
「……理解できません。ですが、一つ言いたい。あなたが滅ぼす村は規模が小さすぎる」
「だってぇ~……おっきな町はいっぱい遊べるし、面白いんだもん」
「……やれやれ」
ベルゼブブは疲れたように首を振る。
フロレンティアの趣味は町巡り。美味しい物を食べ、服を買い、アクセサリーを買い……普通の人間が町で遊ぶように、フロレンティアも遊ぶのだ。
決してヒトが好きなわけではない。ヒトの作った物が好きなのだ。
「あ、ベルゼブブ。例の話だけど~」
「あなた専用のアクセサリーや服を作る職人は残せ、という話ですね。何度も言いますがそれは許可できません。ヒトという種は主のみ」
「えぇ~……でもさ、魔帝様に私の艶姿を見せたいしぃ、そのための服職人や彫金師は必要じゃない?」
「今、この世界にある物だけで十分でしょう」
「ぶぅ~」
「おい、ウチらはお前らの馬鹿話にいつまで付き合えばいいの?」
バハムートがウンザリしたように言う。
ベルゼブブは軽く咳払いした。
「こほん。では改めて……当面は、人間の町や村を襲って、主の眷属である魔人が現れたとアピールしてください。そして、主の完全復活を持ち、この世界を滅ぼします。その後、主が『あちらの世界』から全ての同胞を召喚し、この世界を完全に掌握……ということになります」
「つまり、暴れればいいの?」
「ええ。ただしバハムート、用心なさい……ヒトの中にも、恐るべき使い手はいます。知っているでしょう?……ジャバウォックの名を」
「…………うん」
「奴は、ヒトと完全に交わりました」
「はぁ!? あ、アホじゃん!!」
「ええ。なので、どうか気を付けて。それ以外にも、かつて主を封印した二十一人の召喚士がいます。そして、アースガルズ王国。この国の中で戦うのは厳禁です」
「わかった」
「……ミドガルズオルム、聞いていますか?」
「聞いてる。さっさと終わらせてよ……眠いんだ」
「やれやれ」
「ふふ♪ なんだか仲良くなれそう♪」
ベルゼブブ、フロレンティア、バハムート、ミドガルズオルム。
四体の魔人が揃い、のちに『魔人乱舞』と呼ばれる大暴れが始まろうとしていた。
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