ヒルクライム、ユウグレナ

 王族のA級召喚士であるヒルクライム、そしてその姉ユウグレナ。

 かつてアースガルズ王国の王候補でありながら、B級召喚士であるゼノベクトにその地位を奪われ(本人は奪ったつもりがない。先代がゼノベクトを後継者に指名した)、現在二人は辺境の地で領主をしていた。

 だが、二人はアースガルズ王国近郊の町にいた。

 高級宿を丸々一つ貸し切りにし、ラウンジでお茶を楽しんでいたのである。


「さて、そろそろか……」


 ヒルクライムは紅茶のカップを置く。

 現在四十歳。召喚士としての実力はもちろん、指導力もある。頭脳明晰でスタイルもよく、四十歳というのに若々しい容姿は二十代後半といっても信じるだろう。

 だが、ヒルクライムは等級至上主義者。自分より低い等級の者をヒトとして扱わず、差別することになんの迷いもなかった。

 ヒルクライムは対面に座る女性……ユウグレナに言う。


「姉上。例のS級召喚士の件、うまく処理できそうです。少し無理がありましたが、S級召喚士を犯罪者に仕立て上げ、その責任を取る形で等級を廃止。S級を認めたゼノベクトにも責任を取ってもらう……ははは。力だけが本当の強さではないということを証明できそうだ」

「そうね……オズワルドの件はなかなか利用できた。あの子にもお礼しなきゃね?」


 ユウグレナはにっこり笑う。

 紫を基調とした派手なドレスを着た四十半ばの女性だ。だが、その姿は二十代後半にしか見えない。若々しい姉弟である。

 二人が話している内容は、S級召喚士の件であった。


「まったく。メテオール様が余計なことを……S級という等級を作り上げたせいで、余計な苦労ばかりしている。特A級は象徴であり、A級が最高の存在であることが当たり前だというのに」

「そうねぇ。それに、ゼノベクトも無能よねぇ……魔人を討伐したから? 未知の寄生型だから? そんなことで、召喚士の歴史にないS級などという等級を創設するなんて、あってはならないことよ」

「その通り。ゼノベクトめ、この責任はとってもらうぞ……」


 全ては、この二人の仕組んだことだった。

 新聞社への圧力、オズワルドが裁判所へ訴えるための支援、エステリーゼたち生徒会への支援など、このヒルクライムとユウグレナがこっそり支援をしていたからこそ、S級を落としA級を再び持ち上げることができたのだ。

 アースガルズ王国の情勢は、当然ながらこの二人の耳に入っている。


「あとは……」

「ああ。ゼノベクトだけ……」

「その前に、決めないとね」

「そうだな。姉上……」


 二人の間に、A級召喚士の強大な圧同士がぶつかる。

 二人の計画。それは、S級を廃止しゼノベクトを王座から蹴落とすこと。

 そして、二人のどちらかが王としてアースガルズ王国を治めること。

 険悪な二人だが、まずは共通の目的のために手を組んでいた。

 すると、遣いの兵士がラウンジへ。


「失礼いたします。ヒルクライム様、ユウグレナ様。お手紙を預かってまいりました」

「手紙……ふふ、吉報かしら?」

「姉上。この話はまた」


 ヒルクライムは手紙を受け取り、王族専用の刻印が入った羊皮紙を取り出す。

 そして───目をカッと開いた。


「───なっ」

「なに? 内容は?」

「…………まずいぞ、姉上」

「はぁ?」


 手紙を受け取ったユウグレナ。そこには、短い一文が。


 『仮面舞踏会を楽しみなさい───この意味を知られたくなければ、S級から手を引きなさい。ヨルハ』


 ユウグレナの顔色が変わった。

 なぜ、ヨルハがこのことを知っている。

 ヒルクライムは冷や汗を流し爪を噛んだ。


「ヨルハ。ゼノベクトの娘。そして……あの女の娘・・・・・か。なぜこのことを知っている!?」

「…………」

「姉上。まずいぞ……『仮面舞踏会』のことを知っているのは」

「…………引くしかない」

「え」

「S級から一時的に手を引くわ。オズワルドの件、そしてA級召喚士のたちの支援も一時中断。まずいわね……待って、支援は継続。窓口をいくつか経由して行うことにしましょう。ヒルクライム、手紙の用意を」

「あ、ああ……くそ、なぜヨルハが。ええい、あの小娘……!!」


 ユウグレナはラウンジのドアを開け、待機していたメイドに手紙の準備をさせた。

 オズワルドの訴えは撤回され、アルベロの罪も消えた。

 全てが元に戻ったわけではない。だが、ヨルハが動いたことでヒルクライムとユウグレナは警戒を強めることになる。

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