第五章

キッドの苛立ち

 キッドは、苛立っていた。

 フロレンティアは来ない。ニスロクが再度呼び出しても連絡が付かない。

 オウガを倒されるとは思っていなかったのだろう。ニスロクとレイヴィニアが人間に懐柔されたと知り、不用意な接触を避けているようだ。

 キッドは、イライラしながら城下町を歩いていた。


「……ッち」


 舌打ちが止まらない。

 酒でも飲もうと手ごろなバーに入り、カウンターに座って酒を頼む。

 バーのマスターはグラスを磨いていた。


「スコッチ。つまみも適当に」

「はいよ」


 丸い氷が入ったグラスに、琥珀色の液体が並々と注がれる。

 つまみはチーズにナッツ。甘い物が欲しかったがそこまで言わない。

 キッドは、ロックグラスを掴みちびりと飲む。


「…………」

「お客さん……何かあったのかい?」

「あぁ?……フン、まぁな」


 バーのマスターはグラスを磨きながらキッドに言う。

 ここでマスターに当たったところで仕方ない。キッドはスコッチを飲み干し、お代わりを要求した。


「お客さん、いい飲みっぷりだね」

「そりゃどーも」


 マスターがお代わりのスコッチを注ぎ、出す。

 キッドは酒で酔うことはあまりない。寄生型となったキッドは身体が頑丈になっただけではなく、怪我や病気にも強くなり、アルコールでもあまり酔えなくなってしまった。

 だから、強い酒を飲み、ほんの少しだけ酔う。その感覚がキッドは好きだった。

 マスターは話題を提供しようと話をする。


「そういや聞いたかい? アースガルズ召喚学園のS級の話」

「あぁ……知ってる」

「すごいよなぁ。若干十五歳のアルベロ・ラッシュアウトが、二十一人の召喚士をも超える偉業を達成したんだとよ。『憤怒』の魔人討伐の功績を称え、勲章と称号が授与されたんだと」

「…………」

「二十一人の召喚士、それを超える称号……『愚者フール』のアルベロ・ラッシュアウト! いやぁ~……子供ながらすごいねぇ」

「ガキじゃねーよ。あいつは」

「え?」

「あいつは強い。ッち……今のオレでも勝てるかどうか。クソ、あいつの言った通りになっちまったな。次はオレがあいつを超える番、か」

「お、お客さん? アルベロ・ラッシュアウトを知ってんのかい?」

「ああ、まぁな……」


 キッドは金貨を一枚カウンターに置く。

 大金だが、お釣りをもらうつもりはないのか、そのまま立ち上がる。


「お、お客さん、お釣り!」

「いらね。いい話を聞かせてくれた礼だ」

「い、いい話?……ん、あんた、どこかで…………あ、ああっ!!」

「じゃ、ごちそうさん。また来るぜ」

「あ、アンタ! S級の……」


 マスターが何かを言う前に、キッドはバーを立ち去った。


 ◇◇◇◇◇◇


 件のアルベロ・ラッシュアウトは、一人寮の自室で本を読んでいた。


「はぁ……」


 オウガ襲来から、すでに一月以上経過していた。

 アルベロ・ラッシュアウトは有名になりすぎた。

 国王から勲章と報奨金、そして『愚者』なんて称号までもらった。

 そして、国が少し落ち着き始めると、取材が殺到したのである。前回は学園の門で押さえられていたが、今回は敷地内に記者が侵入する事態になった。

 そこで、学園は記者会見の場を設けると言った。それまで待ってくれと。


「記者会見って、何を話せばいいんだ……」


 記者会見の会場は、アースガルズ王国にある最大規模の新聞社『ユグドラシル社』だ。

 そこで、魔人討伐の話やアルベロ・ラッシュアウトに関する質問を受けなくてはならない。あまりにもかったるく怠い仕事だった。


「おい! おいいるか!」

「ん……なんだよ、レイヴィニア」

「飯の時間だぞ! はやくはやく!」

「わかったわかった」


 『嫉妬』の魔人レイヴィニアが、ノックもせずに部屋に入ってきた。

 この寮で保護することになったレイヴィニアは、容姿が変わっている。

 白い髪は黒色に、褐色の肌は白い。ツノはなくなり、着ている服も可愛らしい服だった。


 ニスロクも同様で、人間に見せるために変装らしい。

 これは、二十一人の召喚士の一人『恋人ラヴァーズ』エンプーサという、アースガルズ王国ナンバーワンのメイクアップアーティストの『能力』で造った外見だ。エンプーサを手配したガーネットには感謝しかない。ちなみに、レイヴィニアの変装コンセプトは『アルベロ・ラッシュアウトの妹』らしい。ニスロクもまた同様だった。

 食堂には、キッドを含めた全員が揃っていた。


「おそい! もう、冷めちゃうでしょ」

「悪いアーシェ、じゃ、食うか」

「アルベロ、私も野菜の皮むき手伝ったんですよ?」

「は、オジョーサマの芋の皮むきは悲惨だったぜ?」

「あはは。アタシも手伝ったけど……」

「ニスロク、起きろ!」

「ふんぎゃ!? うぅ~……ちび姉、もっと優しく起こしてよぉ」


 アーシェがプンプン怒り、ラピスが胸を張り、キッドが小馬鹿にし、リデルが苦笑する。

 レイヴィニアは、ソファで寝ているニスロクを蹴り起こしていた。


「ふふ。たのしいわね」

「だなぁ……ここもにぎやかになったもんだ」


 ヨルハは、当たり前のようにいた。

 アルベロはヨルハの隣に座る。


「では、いただきます」


 アルベロがそう言うと、全員が食べ始めた。

 騒がしくも楽しい食事。かつてのF級クラスを思い出し、アルベロは笑った。

 今だけ、この後に控えている記者会見を忘れ、楽しむことができたアルベロだった。

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