元姉、元兄

 やってきたのは、A級召喚士専用のラウンジだった。

 この学園には、エステリーゼ以外のA級が何人か在籍している。だが、ラウンジには誰もいない。

 S級の食堂より広く、設備も立派な物だ。

 どこからか静かな音楽が流れ、丸椅子、丸テーブルの上には小さな花が飾られている。

 フギルが窓際の六人掛け席に座ったので、アルベロはその対面に座った。

 エステリーゼとラシルドもフギル側に座る。


「……何か飲むか?」

「じゃあ、オレンジジュースで」


 フギルがおずおずと聞くので、アルベロは迷わず答えた。

 そっと手を挙げると、ウエイターが注文を取りに来る。

 フギルはラシルドとエステリーゼをチラッと見ると、二人は何も言わず小さく頷いた。


「コーヒー三つ、それとオレンジジュース一つで」

「かしこまりました」


 ウエイターは一礼し、飲み物を運んできた。

 その間、アルベロたちは無言だった。

 アルベロはというと、ラウンジから見える外の景色を眺めている。

 ここは、本校舎の最上階。学園だけでなく、城下町もよく見えた。

 アルベロは、運ばれてきたオレンジジュースを飲む。


「で、兄さん。俺に何か話があるんですよね?」

「そうだ」

「それで、どんな要件です? その、そろそろ夕飯で……あはは、実は、寄生型になってからお腹がよく空くんですよ」

「おい……貴様」

「兄さん、よかったらこの後、飯でもどうです?」

「おい貴様!! オレを無視するな!!」


 最初の「そうだ」は、ラシルドだった。

 だがアルベロは無視する。かつて自分がされたことを、ラシルドにやっていた。

 激高するラシルドすら無視。フギルは苦し気に言う。


「アルベロ……これだけは言わせてくれ。オレは、お前が思うような兄じゃない。お前を馬鹿にし、卑下したのは間違いなくオレの意志だ。頼む、オレに優しくするな。オレは……出来損ないのお前を馬鹿にして悦に入ってた最低の兄なんだよ」

「…………」

「最低だろう? なぁ?」

「それでも、兄さんだけなんですよ。俺のことを見てくれたの」

「……なに?」

「兄さん、俺のこと見てたなら知ってますよね? 父も母も俺のこといない者みたいに扱ってたし、腰抜け・・・雑魚・・は俺のこと徹底的に無視してた。使用人だって俺とは最低限の話しかしないし……兄さん、話しかけられない孤独っていうのは、かなりキツイんですよ」

「…………」

「でも、兄さんは違った。俺の名前を呼んで、俺を叱責してくれた。俺がラッシュアウト家の面汚しだって叱ってくれた。俺のことを弟だって言ってくれた。相手にされない、怒られもしない、馬鹿にもされない……そんな扱いより、よっぽど嬉しかったんです」


 アルベロはオレンジジュースを飲み、喉を潤す。

 フギルはただ聞いていた。そんなつもり、欠片もなかったのだ。


「俺はもう、ラッシュアウト家の人間じゃありません。でも、フギル兄さんは俺の兄さんです」

「…………っく」

「ところで、用事って何です?」


 アルベロは、ここまで一度もエステリーゼとラシルドを見ていない。

 かつてのエステリーゼとラシルドと同じ。全く興味を持っていなかった。

 フギルは、何とも言えないような表情で言う。


「……用があるのはオレじゃない……姉上だ」

「じゃあ帰ります。兄さん、よかったら今度飯でも食いましょう」


 そう言って、アルベロは立ち上がる。

 すると───ここでようやくエステリーゼとが口を開いた。


「待て……話がある」

「聞く価値ない。腰抜けの話なんてゴミ以下の汚物だ」

「なに……?」

「貴様ァ!!」


 エステリーゼが睨み、ラシルドが青筋を浮かべる。

 だが……アルベロの殺気が、二人を射抜いた。

 アルベロの右目。白目部分が赤く、瞳が黄金に輝いていた。


「あのさぁ……お前ら、F級を見殺しにしたこと、俺が許したとでも思ってんのか?」

「「───ッ」」

「ヒュブリスを倒したから何となくわかる。たぶん……アベル程度なら、あそこにいたB級生徒と生徒会長のあんたらだけでも十分倒せた。様子見なんてしないで、すぐにでも戦闘に介入してたなら、F級生徒は助かったはずだ。それにお前ら、俺のことを完全に見殺しにしただろ? そんなクソ共の話を俺が聞くとでも思ってんのか? 正直に言う……俺、魔人よりお前らのが嫌いだわ」


 アルベロの本心だった。

 魔人アベル程度なら、エステリーゼとラシルド、そしてB級生徒だけでも倒せた。

 その事実が……F級を救えたかもしれない可能性が、アルベロにとっては許せなかった。


「王族主催の茶会に呼ばれた。ラッシュアウト家の末弟のお前にも参加してもらいたい」


 エステリーゼは、釈明もせずに本題を切り出した。

 アルベロはつまらなそうにエステリーゼを見る。


「俺はもうラッシュアウト家じゃない」

「……それは撤回された。父上が撤回書を王国に送り、正式に受理された」

「……んだと?」

「それと……ラッシュアウト家の爵位が上がった。お前の魔人討伐の功績により、男爵から伯爵へ二段階昇格。領地拡大と辺境都市の統治を任された。父上と母上はお前に感謝───」


 次の瞬間、アルベロの右手がエステリーゼに向けられた。

 禍々しい殺気を孕んだ拳は、今にもエステリーゼを『硬化』し、その命を『硬め』ようとしている。


「───ふざけるな」

「事実だ。お前にも手紙が届いたはずだ」

「…………」

「恐らくだが、近くお前たちS級も国王陛下に呼び出されるだろう。魔人討伐の功績を称えられ、勲章が授与されるはずだ。……その前に、魔人討伐の筆頭召喚士のお前に、国王陛下は会って話をしてみたいそうだ。父上と母上も呼び出されている。貴族も大勢集まる茶会だぞ」

「…………」

「逃げるなよ。逃げたら、ガーネット様やダモクレス様に迷惑がかかると思え」

「…………」

「話は終わりだ。手紙が届いているはずだからちゃんと探して読め。それと、公爵令嬢に茶会のマナーでも教わるんだな……行くぞ」


 エステリーゼは立ち上がり、ラシルドとフギルも後に続いた。

 そして、立ち止まり……エステリーゼは言う。


「ここまできたなら認めてやる。S級召喚士……だが、ただ力あるだけのお前たちでは、この国を、世界を、真に救うことはできないだろう」

「……だからなんだってんだ」

「私の下に来い。お前の力を、真に役立ててやる」

「…………」


 そう言って、エステリーゼは歩きだす。

 その後ろ姿を見ながら、アルベロは言った。


「お前さぁ……魔人以上の『傲慢』さだな。吐き気がする」


 エステリーゼは答えず、ラウンジを後にした。

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