キッド、そして左腕

 キッドと名乗った少年は、人差し指が銃身となり親指を立てて照準を付けていた。

 狙いはアルベロ。アルベロは、右腕を巨大化させ盾のように構える。

 そして───衝撃がきた。


「っぐぅ───嘘だろ、なんで……!?」

「それはこっちのセリフだ。テメェ、なんだその腕……オレの弾丸を弾くだと?」


 驚きは、キッドもだ。

 アルベロの能力『硬化』は、魔人の炎だろうと銃弾だろうとびくともしないはず。それなのに、キッドの撃った翡翠の弾丸は違った。

 アルベロの『硬化』が揺らいだのである。


「まぁ、撃ちまくればいい」

「くっ……」


 キッドは左手を構え、人差し指から翡翠の弾丸を撃ちまくる。

 アルベロは防戦一方で近づけなかった……が、アルベロは一人じゃない。


「マルコシアス、『フリーズ』!!」

『ウォウ!!』

「チッ……仲間か」


 マルコシアスの足元が凍り、キッドに向かって地面が一直線に凍り付く。

 キッドは砲撃を中断し、跳躍した。

 そして、民家の屋根の上から左手を向ける。


「『狙撃銃スナイパー』」


 キッドの左腕が、砲身が細長く伸びた。

 アルベロの腕と同じ形状変化。アルベロは、近くの木陰に飛び込んだ。

 そして、隠れた木の真上。銃弾が貫通した。


「じょ、冗談だろ!?」


 遠距離攻撃。

 さすがのアルベロも反撃手段がない。

 隠れた木を硬化させ、キッドのスナイプからなんとか隠れていた。

 そこに、マルコシアスに乗ったラピスが屋根に飛び移る。


「マルコシアス、『ハウリング』!!」

『ウォォーーーーーンッ!!』

「っく……うぜぇ!!」


 マルコシアスの雄たけびを間近で聞いたキッドは耳を押さえ、銃身をラピスに向けた。

 だが、マルコシアスは一瞬で離脱───そこに。


「『召喚獣捕獲バンダースナッチ』!!」

「チッ……」


 木陰から飛び出したアルベロが腕を伸ばし、キッドの左腕の銃身を掴んだのだ。

 距離は二十メートルほど。アルベロは踏ん張り、掴んだ腕を思い切り握りしめた。


「せぇぇ、のぉぉぉぉりゃぁぁぁぁっ!!」

「なにっ!?」


 パワーは、アルベロが上だ。

 伊達にタイタンをぶん投げていない。キッドは屋根から引きずり降ろされるが、空中で身体を捻り着地。だが、アルベロに腕は掴まれたままだ。

 さらに、背後からマルコシアスに乗ったラピスがいる。氷の剣をいくつも生み出し、全ての切っ先をキッドに向けていた。


「やるじゃねぇか……学園なんぞに通ってる世間知らずのガキのくせに。でも、この程度でオレが負けるとでも?」

「はい。あなたの負けです……周りを見て何も思わないのですか?」

「あぁ?……ッち、そういうことか」


 周り。

 そう、ここは公園だ。キッドが暴走した瞬間はもちろん、アルベロとラピスが襲われる瞬間も目撃されていた。住人が通報したのか、鎧を着た兵士や召喚士たちが集まってきた。

 そして、見知った顔が一人。


「全員動くな!! がっはっは!! 動いたらワシの拳骨……おお? なんじゃお前たちか」

「ダモクレス先生!!」

「アルベロ、ラピス。公園で召喚獣が暴れていると聞いてきたんじゃが……ふむ」

「あの、ダモクレス先生。こちらの方が」

「ふむ」


 ダモクレスたちの登場で、アルベロはようやくキッドの左腕を解放した。

 キッドも、暴れるのはやめたのか左腕が元に戻る。


「どうやら、三人に話を聞く必要がありそうじゃのぉ。おいアルノー、部下に指示をして公園の清掃を頼むぞい。お前はワシと来い」

「はっ」


 アルノーと呼ばれた若い騎士は、部下に公園の清掃を命じた。

 そして、手元に一本の剣……『装備型』の召喚獣を呼び出し、キッドに向ける。


「妙な真似をしたら斬る……」

「ふん、好きにしな」

「それと、貴様ら二人もだ。ダモクレス殿の知り合いかどうか知らんが、召喚獣を使っての暴徒鎮圧はB級以上の召喚士しか許されていない」

「それなら心配ないわい。こいつらはS級じゃからの!」

「……S級。そうか、お前たちが……」


 アルノーの視線は厳しくなり、剣を収めた。

 ダモクレスは苦笑し、アルベロに言う。


「とりあえず、S級寮で話すかの。メテオールも話があると言っておったしのぅ」


 ◇◇◇◇◇◇


 キッドは大人しかった。

 ダモクレスとアルノーが目を光らせていたせいかもしれない。だが、空気が重かった。

 寮に着くと、キッドは談話室のソファに座る。


「…………」

「おいお前、なんでこんなことしたんだよ。俺に話を聞きたいんだろ?」

「…………そうだな」


 やけに落ち着いていた。

 アルベロはキッドの対面に座り、ラピスもアルベロの隣に座る。

 アルノーはキッドの背後、ダモクレスは大きな欠伸をして椅子に座った。

 すると、寮のドアが開き二人の男女が。アルノーがすかさず敬礼をする。


「いやいや、遅れてすまんな」

「会議が長引いてね……おいダモクレス、何度も言ってるけど会議をサボんじゃないよ」


 メテオールとガーネットだ。

 ダモクレスは『がっはっは!!』と笑ってごまかした。

 

「さて、アルベロとラピス嬢に話があったんじゃが……何やら、とんでもないことになったようじゃの」


 メテオールの視線はキッドへ。

 ガーネットは、興味津々といった感じだ。


「報告は受けた。あんた、寄生型召喚獣を持ってるそうだね。くふふ、アルベロが右腕、あんたが左腕……これは偶然かねぇ」

「お偉いさんがこんなに集まるとはな。ちょうどいい……オレの質問に答えろ」


 キッドは、全員を見渡しながら言った。


「この学園に魔人がやってきた。その魔人はどんな奴だった」


 その質問に答えたのはアルベロだ。


「男の、二十歳くらいの魔人だ。暴食の魔人アベルってやつだよ」

「……アベルか。クソ、外れだ」

「はずれ? お前、何を探しているんだ?」

「…………お偉いさん、他の魔人がどこにいるとか、情報はないか?」


 キッドはアルベロを無視。メテオールに質問する。

 メテオールは頬をポリポリ掻き、にっこり笑った。


「もちろんある。だが、タダでは教えられんのぉ」

「そうかい───じゃあ、弾丸でいいか?」


 キッドは左手をメテオールに向けた。

 同時に、アルノーが剣をキッドに突きつけ、アルベロも右手を、ラピスも氷の剣をキッドに向ける。

 ダモクレスは笑顔を浮かべ、ガーネットは目を閉じていた。

 メテオールは、銃口を向けられても笑顔だった。


「きみが何を求めているのか、その理由を聞かせてくれんかね?」

「…………」

「悪いようにはしない。きみの事情にも深入りしない。欲しい情報は提供するし、多少なら支援してやってもかまわん。きみがなぜ魔人を探すのか、その理由を聞かせておくれ」

「…………ッチ。クソが」


 キッドは銃口を下ろし、ソファに座った。

 アルベロたちも武装を解除。キッドは渋々話し出す。


「オレが探している魔人は女だ。名前はフロレンティア……オレの村を滅ぼした魔人だ」

「フロレンティア……『色欲』の魔人の名前だね」


 ガーネットは目を細める。

 キッドを見て納得したようにうなずいた。


「そういうことか……あんた、フロレンティアに『生かされた』んだね?」

「…………知ってんのか?」

「ああ。やつの性癖さね。フロレンティアは町や村を襲う場合、必ず一人だけ残す。しかも……その町や村で一番の男前をね。そいつの前で家族や大事なモンを全部壊し、復讐心を植え付け、自分に復讐しに来た男を嬲り殺しにするのが趣味のゲスさ」

「そうだ。家も家族もみんな失った……オレだけ残された。オレの目の前で父さん、母さん……妹も殺された」


 アルベロとラピスは、何も言えなかった。

 だが、アルベロにはその気持ちがわかった。キッドもまた、失ったのだ。


「オレも、オレの召喚獣ビリーも死にかけて……ビリーがオレを生かしてくれた。その身と引き換えに、この左腕を残してな……」

「あ……」


 アルベロは反射的に右腕を掴む。


「この力があれば、フロレンティアを殺せる。だから教えろ……奴はどこにいる!!」

「……残念ながら、わしらが掴んだ情報はフロレンティアではない。だが……その魔人を狩れば、フロレンティアにたどり着けるやもしれん」

「…………」

「キッドくん、だったな? どうかね、この学園に入学しないか? きみもアルベロと同じ寄生型。それに……境遇もよく似ておる」

「なに?」

「…………」


 アルベロは右腕を押さえて俯き、キッドはアルベロを見て何かに気付いた……不思議と、自分と似たような雰囲気を察したのかもしれない。

 キッドは、考えこむ。


「わしが掴んだ情報は断片的なものじゃ。その魔人を相手にするにはまだ時間が必要……どうじゃ? その間にでも、この学園を拠点にして学ぶというのは?」

「…………いいぜ。乗ってやるよ」

「よし! では今日からきみはS級召喚士じゃ! アルベロ、ラピス嬢、それでいいかな?」

「……私は、構いません」

「…………俺も」

「……ふん」


 こうして、S級召喚士にキッドが加わった。

 大きすぎるしこりを残したまま。

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