三番目の兄フギル
一番目の姉エステリーゼが召喚学園に行って一年後、二番目の兄ラシルドも学園へ。
そしてさらに一年後。三番目の兄フギルが学園へ入学する。
今夜は、フギルの出発式を兼ねた食事会。
食事会と言っても、家族で食事をするだけだ。
食材は高級な物をふんだんに使い、王都から呼び寄せて雇ったコックが腕を振るう。
最近では、姉エステリーゼが王都で活躍していることもあり、ラッシュアウト家と懇意にしようと貴族たちが揃って近づいてきた。おかげで、ラッシュアウト家の領地は潤っていた。
家族そろっての食事会には、アルベロもいた。
もちろん家族だからいて当たり前なのだが……エステリーゼが家を出て二年経っても、アルベロの召喚獣モグはF級のままだ。
エステリーゼはA級のトップクラス、ラシルドはB級。フギルも最近C級認定を受けた。
十代半ばでB級認定を受けるというのは、召喚士の歴史が始まってもあまりない。ラッシュアウト家の存在は王都でも有名で、エステリーゼの婚約者として王子が名乗りを上げたという話もあった。
さらに爵位昇格の話もあり、父アルバンは毎日嬉しそうにしている。
食事会が終わり、デザートの時間。
ケーキと紅茶を楽しみながら、アルバンはフギルに言う。
「フギル。エステリーゼを見習い頑張りなさい。まずはラシルドの下で学び、己と召喚獣を鍛えるのだ」
「はい、父上」
「フギル。お手紙ちょうだいね? 鍛えるのもいいけど、いい友人をたくさん作りなさい。学園生活を楽しむことも忘れずにね」
「はい、母上」
「…………」
アルベロは、自分が両親に相手をされていないことになれていた。
露骨に無視されたり、いらない子扱いされるわけでもない。完全な空気だ。
アルベロは紅茶を啜り、無言で立ち上がる。
「…………」
「…………」
父と母は、アルベロが立ったことすら気付いていないようだが、フギルは違う。
アルベロをチラッと見て鼻を鳴らしたのである。
壁際に控えている使用人や執事たちも気付いた。
また、フギルによる「アルベロ苛め」が始まる、と。
◇◇◇◇◇◇
自室に戻ったアルベロはベッドにダイブし、召喚獣モグを呼び出した。
召喚獣を呼ぶのに、魔法陣だの呪文だの儀式だのは必要ない。召喚者の意思だけで自在に呼び出しができる。
アルベロは、手のひらに乗るくらい小さなモグラを撫でながらつぶやいた。
「明日から、俺一人かぁ……」
『もぐ……』
「あはは。大丈夫だって。俺にはモグがいるからな」
そういって、モグを抱っこする。
モグはアルベロの胸で甘えていた───すると、部屋のドアが乱暴にノックされる。
アルベロは立ち上がり、ドアを開けた。
「はい……」
「よぉ、アルベロ」
「フギル兄さん……」
フギルは部屋にずかずかと上がり、乱暴にソファに腰かけた。
アルベロはモグを抱いたまま立っている。
「よかったなぁ? 厄介な兄が消えて、明日からお前は独りぼっちだ」
「……はい」
「ふん! いいか、これだけは言っておく。ラッシュアウト家の名前に泥を塗るな。お前は学園に入学しても『Fクラス』行きなのは違いない。だったら、この家の名前に傷を付けぬよう目立つな。どうせお前は卒業したらこの家を追い出される。ま、せいぜい……農民として生きていくんだな」
「……はい」
「言い返すこともできないのか……腰抜けめ」
言うだけ言って、フギルは部屋を出ようとした。
アルベロは、フギルの背中に向かって言う。
「フギル兄さん。学園生活を楽しんでください。そして、どうかお気を付けて」
「ふん! お前に言われずとも楽しんでやるさ」
フギルはドアを開け、乱暴に閉めて出ていった。
アルベロはため息を吐き、ソファに座る。
これで、一年はフギルに会うこともないだろう。
『もぐ~……!』
「ん? ははっ……フギル兄さんに怒っているのか?」
『もぐ!』
モグが、アルベロの胸でじたばた暴れる。
でも、アルベロは怒っていない。悲しむことも、嘆くこともなかった。
それどころか……少しだけ、嬉しかった。
「モグ。フギル兄さんだけなんだよ……俺を見てしっかり何かを伝えてくるの。面汚しとか恥晒しとか罵っても、俺をラッシュアウト家の一員だって認めてくれてるの」
父や母、兄や姉はアルベロに無関心だった。
だが、フギルだけは……記憶に残る限り、フギルだけはアルベロに何かを言っていた。
それに、フギルはアルベロのことを貶す言葉こそ吐くが、アルベロの身体を傷つけたことは一度もない。真に疎むのなら、きっと暴力も振うはずだ。
「さっきの言葉だってさ、召喚士じゃなくて農民として生きていけって激励してくれたのかも。家を出る前にしっかり勉強しとけって……はは、都合のいいように解釈しすぎかな」
だが、これだけは言える。
アルベロはフギルを嫌っていない。むしろ、兄として好きだった。
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