終末世界のお嬢ネキ

高城 拓

鉄薔薇公女イングリッド

 目には青葉、山ホトトギス、初鰹。

 いつの時代の歌であったか、はたまたどの世界の詩であったか。

 初夏の爽やかな暑気を感じさせるセンリューであるが、残念ながらこの世界にそのようなものは永遠になくなってしまった。


「汚物は消毒! ですわッッッ!!!」


 炎天下。

 赤焼けた大地に若い女の声が響き渡る。

 ゴウと炎がほとばしり、分厚い土塁の下に群がる生きた屍体の群れを焼き払う。

 炎は女の背負った二本の大きな金属の筒につながった管から放たれていた。

 土塁──いやよく見れば傾斜をもたせて土を盛った分厚い石造りの城壁──の上部には、同様のものを背負った男女が等間隔に並び、同様の作業に従事していた。

 男女たちの衣服は一見して麻か木綿と知れ、板金鎧や鎖帷子を身にまとうものも少なくない。

 一方で燃やされる生きた屍体──ゾンビたちは色とりどりの見たこともない生地の衣服を身に着けていた。中には頭髪を刈り上げ一本の畝のように残し、革やわけのわからない廃材で作られた鎧のようなものを着こんでいるものの姿も見受けられる。

 それからわかるものは、文明度の違い、とでも言うべきか。


 ゾンビたちはバチバチと音を立て、蠢きながら燃えていく。

 女はそれをつまらなさそうに眺めている。


 女の名はエストレイア公爵公女イングリッド。

 イングリッドは、鋼でできた薔薇のごとき娘である。

 背は高く八尺を超え、オークの血を引くその身は幅も厚みもまた密度も、右に出るものこれになし。つまりおっぱい腹筋おしりふとももふくらはぎ。

 剣を取らば飛ぶ羽虫を切り落とし、槍を持たさば馬二頭を貫き、弓鉄砲の上手としても諸国に遠く名を馳せた。

 鎧櫃を担いで日に十里歩くことなど当たり前、十人の騎士を相手に乱取り稽古を汗一つかかずに行い、馬で遠出したかと思わば夕刻に大角鹿を担いで帰ってくるなど日常茶飯事であった。


 しからばと詩吟をもって挑んだ者もいたが、公女の朗々と吟じるいささか強い野趣の詩、その中の繊細な描写に心を打たれ、筆を折って帰る有様。

 計数、錬金、魔術にも長け、長笛、鉄弦琴、戦太鼓を持たせれば兵や若武者の血潮を熱くたぎらせる。

 民を思い国を思い、領内の治政と所領との関係に心を砕く。

 思慮深く物静かではあっても、言うべき時は鋭く強い。


 これで美醜にいささか難があるなら溜飲を下げるものもあろうが、前髪で隠したかんばせも、慎み深い服装で隠していた肢体の曲線も、いささかの文句のつけようもない。マジ尊かった。シコいとか言うなバカたれ。張り倒すぞ、くそが。

 静かな笑みを持って庭に佇むその姿は薔薇のごとき気高さを、宵闇に明かりを灯し窓辺で所を嗜む所作は水鳥のごとき優雅さを見るものに感じさせた。

 魔王退治と息巻いてやってきた勇者を名乗る冒険者の一団などは、イングリッドに饗されるうちに何をしに来たのか忘れてしまう有様であった。


 そのようないかなる意味でも古今無双の鉄薔薇公女、まこと残念ながらその美貌を持って語られることは後にも先にもなかったが、これにはいささか込み入った理由がある。


 盟約暦198X年。

 世界は核の炎と生ける屍に、ア、包まれた~~!!(甲高い声)


 ここは地の果て、ユーガリア大陸。

 もともとは花咲き乱れゴブリンが跋扈しドラゴンが辺りを焼き尽くし、勇者と名乗る冒険者がそれらを撃ち滅ぼす剣と魔法の世界。

 それが”向こう側”、あるいは”世紀末時空”と呼ばれる、荒野の世界との融合によりこのようになったあるさま。

 何をどう考えてもこうなる前の世界人口より多い生ける屍が群れを成して蠢き、鉄の馬にまたがり進んだ銃器を乱射する蛮族どもが跋扈する世界とあいなった。


 何がどうしてこうなったのかと聞かれた識者がやけっぱちに語るところによれば、「神様さくしゃの都合じゃないっすかねェ~これもうわかんねぇな?」とのことであるが、案外そんなところかもしれない。

 ともあれ世界はむちゃくちゃになり、それから5年が経っていた。


 父母や家臣団、果ては魔王領の同輩を初期の混乱の中で次々に亡くし、鉄薔薇公女イングリッドはそれでも公領の民を救うべく東奔西走。

 北に助けてと泣く少年少女があればこれを助け、南に子供を救ってと助ける声あらば赴いてモヒカンもゾンビもデストロイ。

 まさしく神が地上に使わした天使に違いないと、巷では囁かれていた。

 いやまオークの血を引いてる魔族なんだけどさ。


 さて、背後にはそれぞれ身の丈ほどもある物入れを担いだ、二人の侍従。

 若いと言うにはあまりに幼く、美しいと言うにはあまりに可愛らしい。衣服は埃を浴びていてこそすれ、ほつれ一つかぎ裂き一つ見当たらない

 イングリッド自身の服装はといえば、周りの男女同様薄汚れてはいたが、一見して数段上等な生地と仕立であったであろう鎧下を着こんでいた。

 なぜ過去疑問形かというと、鎧下はかなり大胆に切り詰められ、大きく柔らかくも張り詰めた膨らみや、積み上げられた巨石と見紛うような腹筋や、あれやこれやがあらわになっているからだった。

 つまらなさそうなため息一つこぼしイングリッドが歩くと、あっちこっちがまー揺れる揺れる。

 青少年の健全な育成に悪影響があるといわれたら、否定するのが難しい。

 これでメガネだったら国の一つや二つそれだけで落とせたね。間違いない。


「品がないです姫様」「姫様品がないです」


 といったわけで流石に侍従たちが口々に文句を言う。


「ぽ? いつもこの格好じゃありませんか。それにこれこそ正当な戦装束であると、”向こう側”から来た者も言っていましたわ」


 フフンと鼻を鳴らし気取った態度で答えるイングリッド。

 その拍子にぶるんぶるん。

 侍従たちは呆れながらも当然の疑問を口にする。


「「なんの」」

「世紀末覇王伝説 北斗の」

「それ以上いけない」「いけないそれ以上」

「あるいはマッドマッ」

「「ハイ、この話題は早くも終了ですね」」

「ぽぽぽ……」


 マジでそれ以上はいけない。

 故にその会話はそこで打ち止めになり、イングリッドはシュンとした。

 かわいいかよ。


 しばらくゾンビたちが燃え盛る有様を眺めていたイングリッド、はっと視線を上げて遠くを見透かす。

 その目は青みがかった長く美しい黒髪に遮られ、余人には見ることが出来ない。

 

「リロ、サベージを」

「はい、姫様」


 侍従の一人、リロと呼ばれた少年は大人の身の丈ほどもある物入れから、サベージ・MSR10LRセミオート・スナイパーライフルを取り出した。

 口径は.308win。”この世界”で最も入手しやすい弾丸の一つである。

 イングリッドはMSR10LRのショルダーストックを肩に当て、その上に搭載されたリューポルド・マーク3スナイパースコープを覗き込む。倍率は10倍。

 視界の向こう側、女の立つ城壁へとつながる路上に20人ほどの人影。

 先頭を行く、ボロを纏いロバを引いた影は、見ているうちによろめいて路傍の岩陰に倒れてしまった。

 後続の人影も同じように倒れていく。その幾人かは子供のようだった。

 さらにその後方、はっきりとは見えないが、派手な砂煙を上げて何者かが近づいて来ている。

 

 彼女は唸った。

 ゾンビは動く生き物は何でも食う。

 ロバを引いていたということは、ゾンビではない。

 そしてあれほどの砂ぼこりを上げるものは、騎兵集団の突撃でもなければ残るはただ一つしかない

 つまり。


「路上1リーグに難民が居ますわね。その後方には蛮族モヒカンども。難民を助けます」

「姫様。なりません。危険です」


 イングリッドがサベージをリロに返しながらそう言うと、侍従の少女のほうが多少きつい発音で返答した。


「リコ。言わない約束です」

「はっ。しかし我が今は亡き祖父バンキッシュとの約定なれば、諫言言上差し上げるが我が努め。いまや姫様はエストレイア公領ばかりか魔王領、のみならず”この世界”の希望なればこそ、御身大事にいたされたく」


 リコと呼ばれた少女は青い瞳でまっすぐに姫様と自らが呼ぶ女の顔を見据え、臆することなく堂々と、言うべきを伝えた。

 路上の旅人を助けにゆくということは、正面の門を開け、ゾンビの海を渡っていくことでもある。

 しかしゾンビに襲われていない門から出陣しては、難民たちもゾンビどもの餌食になるであろう。

 しかし、しかしだ。


「なればこそ。旅人の一人も助けず何が公爵代行かという話です」


 イングリッドがそう言うと、リコは無遠慮に大きくため息を付いた。

 リロの方を向いてうなずくと、リロもうなずき返した。

 二人は合わせて体に見合わぬ大音声を発する。


「「馬持てぃ! 公爵代行イングリッド様のご出陣である!! 馬廻衆! 集まれい!!」」


 やにわに周囲が慌ただしくなる。


「銃兵隊集まれ! 整列! 整列! 射撃用意! 射撃用意を開始せよ! 急げ!」

「魔法師整列! 詠唱三段用意! 法撃用意! 赤、黄、赤だ! ぬかるなよ!」

「人族義勇兵諸君! 難民救出の先駆けである! 銃兵と魔法師の射撃ののち血路を開く! イングリッド様にその魂を捧げよ! 抜剣! 突撃用意!」

「パイク兵! お前らが最後の線だ! 腐れ共を城内に一体たりとも入れるな!」


 城門の前では戦支度の声が喧しく行き交っている。

 三人はその中をずんずんと突き進む。

 周囲から武具防具が差し出され、イングリッドは手ずからそれを身に着ける。

 戦支度を整えながら、彼女は歩み寄った老練なオーガーの騎士に下知を伝える。


「先頭は私だ。私たちが進発したら、疾く城門を締めよ。難民救出後、赤色信号弾の30秒後に開門せよ。門扉開放時間は1分半。進発後はリコとリロの下知に従え。良いな」

「いつものように、仰せのままに」


 傷つきくたびれてはいても、輝くばかりに磨き上げられた黒金の板金鎧。

 それを身に纏ったエストレイア公爵代行イングリッドは、馬番の用意した愛馬にまたがる。

 愛馬は漆黒のバイコーン。まさに巨大としか言いようがなかった。


「「姫様、ご武運を」」


 イングリッドはリコの差し出す先祖伝来の長柄の戦斧と、リロの差し出したセンチュリー・アームズPW827レバーアクションショットガンを受け取り、愛馬の首を優しく叩く。


「さて、行きますわよ。黒竜号」


 黒竜号と呼ばれたバイコーンは案外にも優しげな瞳で主人を見上げ、ブルルと同意の鼻息を漏らす。

 ふと微笑んだイングリッドは、その体格に見合う以上の大音声を張り上げた。


「門を開けよ! エストレイア公爵代行イングリッド、難民救出のために出陣する! 腐れどもを蹴散らせ!」


 今まさに御言葉は語られ、そのようになった。

 マジかっけぇ……。

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