掌編小説・『サツマイモ』
夢美瑠瑠
掌編小説・『サツマイモ』
掌編小説・『サツマイモ』
一人で、家をではずれた、ひこばえだらけの穭田(ひつじだ)で、古い雑誌だのを燃やしていた。
隣家の生け垣に山茶花が咲いていて、「たき火」という唱歌を連想した。
<♪さざんか さざんか 咲いた道 たき火だ たき火だ 落ち葉焚き・・・♪>
・・・僕はもう、この山深い故郷の村に暮らして、通算50年を超える。
色々と病気をしたりしたので、未だに妻もなく、仕事もとおにやめてしまっている。
老いた母は足腰が弱ってきて半ば寝たきりになってしまった。
些少な年金だけの暮らしで、貯えもない。日々無為徒食で、焚火の灰の如くに、無駄にした人生の時間の空しい記憶が澱のように積み重なっていくだけだ。
・・・だんだんに火勢が強くなり、少し顔がひりひりする。
焚火をするのは久しぶりで、この機会に、溜まっている段ボールの空き箱とかも、
まとめて処分するつもりだった。
どんどん燃料を足していくと、燃え熾(さか)る火焔は、其処だけが別世界のように凄艶な様相を呈してきて、何だか人類に共通の原初の記憶?みたいなものが刺激されるような気がした。
「プロメテウス」などと言う言葉も連想した。
・・・偶然、サツマイモが三つ台所にあったので、焼き芋にしようと思って焚火にくべていた。
小学生くらいの時に、この辺の田んぼで、近所に住んでいた従兄の夫婦とかと、ちょうどこんな風に焚火をして、焼き芋を焼いていた時の記憶が蘇ってきた。従兄夫婦は三軒並んだ同じ姓の父の兄弟のうちの、「本家」に街から帰ってきて、ぶらぶらしていた。毎日のようにその従兄たちに姉と僕は遊んでもらっていて、その日はたまたま焼き芋をしようということになった。
段ボールとかをたくさん火にくべて、たくさんの焼き芋を焼いた。
焚火、火を燃やす、という特別な、何だか興奮を呼ぶ出来事のお祝いめいた空間を存分に楽しんで、オマケにこんなご褒美までついている、そういう感じに焼きあがった黄金色のサツマイモの、皮をむいて、ほくほく食べた。
夕方からだんだん青い宵になっていく感じが、何だか懐かしい。
その頃はただ無心にそういう日常生活を楽しんでいたなあ・・・
「栗よりうまい十三里」とか言うが、本当に美味しかったなあ・・・
そういう感慨がしみじみと訪れる。
「田舎に住んでいる」というような、劣等感みたいな意識は特になくて、普段から自然が豊かな故郷、一種の桃源郷?の懐に抱かれているというような趣で、どこまでも際限のないような、充実した遊惰な時間をひたすらに満喫していたのだと思う。
ある時は、皆で枯れた渓をどこまでもさかのぼっていったり、またある時は栗拾いに行ったり、レンゲを摘んだり、庭にあった苺やグミを摘んで食べたり、そういう風に遊び呆けて?いたものだ。
寒くなるとこたつに入って、トランプをしたりした。
「ナポレオン」というゲームが特に面白くて、夜遅くまで熱中していたりした。
従兄の幹人さんは顔が立派で?押し出しもいいので、なんとなくナポレオン・ポナパルトその人を連想させた。
幹人さん夫婦には赤ん坊の娘さんがいて、新生児の頃に幹人さんが病院にいつ見に行っても、グーグー寝ていたというので、「グーちゃん」という愛称だった。
僕はグーちゃんの「最初の友達」で、グーちゃんが、赤ん坊の頃から、普通に走り回ったり喋って笑い合ったりできるようになるまで、毎日のように巫山戯あっていたものだ。
その筈なのだが、だいたいそのことに限らず、僕はどうも幼児記憶みたいなものが弱いので、なんにせよ、あまり細かいことは覚えていない。
従兄の妹の夫は、従兄の友達で、「雷太郎」という名前だったので、この人の愛称は「ゴローちゃん」だった。この人は僕が虫取りが好きだというので、「ファーブル昆虫記」というのを買い与えてくれて、少年時代の愛読書になった。
「フンコロガシの生活」という章が普通白眉とされているみたいだが、確かに面白くて印象的で、今でも何となく覚えている。
フンコロガシはスカラベと言って、エジプトでは、生命の再生の象徴とされて、エンブレムとかに描かれている、というようなことは後年に知った。馬の糞の玉から生まれてくるという、独特の習性からそういう連想が生じたらしいです。
「昆虫記」の中で、ファーブルが繰り返し強調しているのは、“「本能」の力”、ということで、これも昔はよく意味が分からなかったが、今思うと、こういう豆粒くらいの脳みそしかない虫けら?たちが、なぜこんなに理に適った賢い行動をするのだろうか?と観察者のファーブルはしばしば驚嘆して、それで「自然から昆虫たちが賜った不思議な智慧」というような意味で、「本能」という言葉を使っていたのかと思うのです。
人間は直立歩行したせいで両手が自由になって、脳が極端に大きくなったけれど、それで本当に幸福になったかというと一概に肯定できず、環境をさんざんに破壊して、その報いを自分たちで受けているというような一種悲惨な?ことになっている。
特異な進化の鬼子みたいになって、「万物の霊長」とか称しているが、その実は
地球の邪魔物である。どんどん技術革新が進んでいくと、全て問題が解決できる、今は過渡期なのだ・・・そう僕も思いたいが、どうもそれは無理な高望みみたいである。
戦争も温暖化も一向に解決せず、事態の悪化を助長する、くだらない金儲け主義だけが、相変わらず金科玉条みたいに信奉されているのが現実ですね?
・・・ ・・・
燃えさしが全て白くなって、焚火が潰えて、三個の焼き芋だけが残った。
黒く焦げている皮から香ばしい匂いが立ち昇る。
故郷の匂い、というのはこういう匂いだろうか・・・
燃え残った灰のところどころには、小さく息づいているオレンジ色の火の残骸があって、その明滅している感じが飛行機から見える都市の夜景を連想させた。
僕は結局この山間(やまあい)の寂れた村で生涯を終えるのだろうか・・・
光陰矢の如し、この焚火の消長のように、あっという間に過ぎてきた時間だった。
いくらも残っていない時間を、どうやったら有意義に過ごせるだろうか?
とにかく今は健康になることだ、そう思うだけだった。
・・・芋は熱いので、しばらくしないと手に取ることも皮をむくこともできない。
いずれは冷める・・・エントロピーというのはそういう意味か?などと思った。
そうして、ここに僕がこうしていることにも大した意味はなくて、所詮人生とか生命のエントロピー、そういう熱力学の法則が、この現実の全て・・・そういう気もするのだった。
<終>
掌編小説・『サツマイモ』 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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