彼女が居たから、今の自分が居る



 指輪を受け取った日の夜のこと。つまり、青葉くんとの最後の夜。

 結局、彼はうちに来なかった。でも、その代わり……。


「青葉は座ってろ!」

「そうだぞ、主役!」

「う、うん……」

「青葉くん、どれ欲しい? 取るよ」

「えっと……」

「五月ー、もっと食えよ。そんなほっそい身体じゃあ、あっちで餓死すんぞ」


 青葉くんの家は、たくさんの人で溢れかえっていた。

 奏くんに眞田くん、東雲くん、マリにふみかに詩織、由利ちゃん、それに牧原先輩と理花まで。まだまだ居るわ。うちの家族全員に、青葉くんのご両親、それに美香さんも。

 全員、青葉くんのことを聞きつけて見送りにきたんだって。でも、マリたちはそれどころじゃないみたい。生千影さんに生美香さん……私も四月一日さんに影響されてるわ。とにかく、その2人の登場に、大いに興奮していたから。


 にしても、青葉くん嬉しそう。

 あの笑顔、今のうちに目に焼き付けておかないと。


「アメリカって、日本人男性が好かれるんだろ?」

「何それ」

「あー、聞いたことある。アメリカの人から見たら、可愛く見えるらしい」

「でも、俺は靡かないよ」


 そうそう。

 青葉くんにプロポーズされたこともみんな気づいたみたい。私たちの指輪を見て。

 牧原先輩は、「今からでも遅くないから、僕と」なんて言っていたけどごめんなさい。もう、私には青葉くんしか見えないの。


 パパは、「まだ早い」って言ってショック受けたような顔していたけど。お母さんはとても喜んでくれたわ。千影さんと四月一日さんも、「待ち受けにしたかいがあった」って言ってたけど……。それって、関係あるの?


「違う違う。女じゃねえよ、男からだよ」

「ぶっ!?」

「確かに、五月掘られそう」

「感想聞かせてね」

「や、やめてよ!」

「にいちゃん、ほられるって何?」

「子供に変なこと教えるな!!」


 なんか、男子たちで盛り上がってるわ。楽しそうだな。

 そこに、マリたちと双子も加わって笑ってるし。私も混ざろうかな。


「梓」

「理花、どうしたの?」


 青葉くんの方へ行こうと身体を向けると、後ろから理花が話しかけてきた。その手には、グラスが2つ。片方を私に差し出しながら、ニコニコと笑っている。


「おめでとう、梓」

「……まだ早いよ」

「でも、青葉くんからもらったんでしょう? 良いなあ」

「……」

「気まずいなんて思わないでね。嫌味言うつもりなら、こんなところ来てないし」

「……理花、ありがとう」


 そのグラスを受け取ると、すぐに縁に向かって乾杯してきた。ガラスの良い響きが、思った以上に部屋に反響する。けど、誰もこっちを見てないってことはそれほどでもないのかも。


 理花が飲んだのを見てから、私もグラスに口をつけた。


「あーあ。私がもっと早く五月くんに目を付けてれば良かった」

「私も、もっと早く梓ちゃんに目を付けてれば良かった!」

「!? み、美香さん」


 あっぶない! もう少しで吹き出すところだった!


 私たちが話していると、横から美香さんが入ってきた。しかも、勢いよく私に抱きついてくるの。今日も、とても良い香りがするわ。


「梓ちゃん、今日のメイクも可愛い!」

「ありがとうございます。美香さんも全身可愛いです。髪も、いつもより艶がありますね」

「わかる!? 昨日からトリートメント変えてみたの。やっぱり、梓ちゃんは私のことよくわかってるわ!」

「……はは」


 美香さんも、とても変わったな。以前よりも笑うようになった。

 奏くんに聞いたら、こっちがいつもの彼女だって言ってたけど。どうして、あんな塞ぎ込んだような性格になっちゃったんだろう? 私は、こっちの美香さんの方が好き。


 そんなはしゃぐ美香さんをみながら、理花が笑い声をあげる。


 パパは四月一日さんと、お母さんは千影さんと話してるし、青葉くんは相変わらずクラスメイトのみんなと牧原先輩、双子に囲まれて楽しそうだし。


 次は2年後ね。

 大丈夫。私は、あなたのこといつまでも待てるから。

 だから、楽しんできてね。




***




「五月、良かったね」

「うん」


 みんなが帰った後のこと。

 俺は、ベランダに出て星を眺めていた。すると、後ろから父さんがやってくる。


「学校に友達が居ないって言ってたのに、あんなたくさん来てくれたじゃないか」

「……うん。鈴木さんと話すようになって、いつの間にかみんな居たんだ。俺が壁作って今まで話してなかっただけで」

「そっか。梓ちゃんは、五月に良いものを運んできてくれるね」

「うん」

「絶対に悲しませるようなことするなよ」

「わかってる」


 まさか、みんな集まってくれるとは思っていなかった。

 奏が企画して、眞田くんがみんなに声をかけたんだって。鈴木さんも知らなかったらしく、驚いてたよ。


 あの空間は、鈴木さんがくれたものだ。

 俺は、それを一生かけて返せるかな。


「父さん、あっちでビシバシ鍛えてね」

「はいよ。現場のみんなも楽しみにしてるって」


 大丈夫。

 俺は、鈴木さんと一緒に居る未来を掴むために行く。

 帰ってきたらたくさん恩返しするからね。



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