生粋のトラブルメーカー



「鈴木さんと現場で喋ってたら、他のモデルさんどう思う?」

「……あ」


 五月の気まずそうな顔で、言いたいことが理解できた。


 美香さんは確実に来る。

 他にも、五月のセフレが何人か来るに違いない。大きなドラマだから、顔を売りたいモデルは必ず来るんだ。


 ここ最近、「スマホ壊れた」って言ってセフレと連絡取ってないらしいし。美香さんとかカリンさんが、仕事の時しか話せないって愚痴ってたし。

 そんな中、五月と梓が喋ってたら大変だよな。隠れて話せるような場所もないし、結局学校と同じ状況じゃんか。

 それに、事情を知らない梓は絶対話しかけてくる。一層のこと、事情話して……いやいや。また五月の印象が悪くさせちまう。


 実際、セフレみたいな関係が成立しちゃえば、五月自身にどんな事情があろうとも「悪くない」なんてことはない。ヤったっていう事実は変わんねぇからな。

 ただ、こいつが「断れない」って噂を聞きつけた女たちがこぞって声をかけてくるあの様子は、五月だけが悪いと言い切れるもんではないんだよ。……世間的には、男が悪いってなりがちだけど。


 ……てか、こいつ今は完全に遊んでないんか?


「お前、今も遊んでたり?」

「GW以降は全く」

「誘いは……」

「そっちのスマホ、電源入れてない。見なければ、断ることないし……ごめ、ん、頭……痛い」

「……あ、悪りぃ」


 五月は、頭を抱えてうずくまってしまった。

 腕の間から見える顔色は、すぐに真っ青になっていく。更に、身体が強張り、肩の上下幅が大きくなる。


 過呼吸前のサインだ。

 オレは、すぐさま五月の背中をさすりに近づく。


「ゆっくり息吐いて」

「っ、っ、っ……」

「吐くことだけに集中しろ」

「はっ、は……っ、ぅ」


 目の前で浅い呼吸を続ける五月は、大きく見開いた瞳から涙を溢し始める。


 これは、オレがさせちまった。

 目先のことばっか考える、オレの悪い癖だ。


「あ、あ、……」

「喋んな。息を吐け」


 五月は、そのままオレの肩にしがみついて呼吸を戻そうとする。でも、難しいらしい。苦しいよな。オレも、1回だけなったことあるからわかんだ。


 それに、こいつがよくなるから対処法だけは完璧に覚えちまった。袋を使って息をさせるのって、二酸化炭素を多く吸い込むからあんまよくねえんだよ。だから、こうやって息を整えてやる方が負担ないんだ。


「そうそう。ゆっくり長く」


 ……もう、役は決定しちゃったよな。

 オレの都合で変えることはできない。やっぱ、梓に全部話す?

 いや、とりあえずこいつのこと優先して進めないと。あー、五月に相談してからやればよかった。


「……俺、過去のこと、向き合うから都合良かっ」

「ん?」

「向き合って、から……鈴木さんに伝…………っ、っ」

「落ち着いてから話せ。それか、紙に書くか?」


 まだ、完全に落ち着いていないみたいだ。

 五月は、震える手でシャーペンを握りしめると、『鈴木さんに一緒に居たいって言われそうになった』こと、『それを俺が遮った』ことを書き出してきた。


「なんで? 聞いてやればよかったのに」

「……無責任になりたく、ない。鈴木さん、そういうの、嫌う」

「……真面目だなあ。いいじゃん、遊びだったんだろ?」

「でも、少なくっと、も美香さんは本気、だった……。わかっ………………」

「っ、五月!」


 あっぶね。間に合った!


 五月は、そのまま涙をこぼしながら気絶してしまった。オレが急いで腕を入れてなかったら、デコ辺りにタンコブ作ったかも。


 ゴールデンウィーク以降発作起きてねえから、治ったのかと思ってたわ。……そんな、すぐ治るようなもんじゃねえよな。


「……ごめんな、五月」


 発端は、オレだ。

 後ろめたい気持ちになりながら、オレは机に倒れ込んだ五月を抱え、後ろのソファベッドへと運ぶ。


「ごめんな」


 無理に起こさない方がいいよな。とりあえず、起きるまでテストの復習しておこう。

 そうだ、起きたら糖分も取らせた方がいいな。確か、オレの鞄に飴ちゃんが入ってたはず。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る