06

その怒りの真相は?

取り返しのつかないことが起こりそうで




「マリー」


 お姉ちゃんの声がする。

 けど、私は返事をする気になれなかった。


 自室のベッドで横になりながら、頭の中ではあのイケメン店員さんのことでいっぱいだったから。


 だって、せっかくカッコ良い人見つけたのに。しかも、うちの高校の生徒だって言うのに。

 子どもがいたなんて、そんなことある?

 ここ2週間近く、ずっと考えちゃってるんだよね。


 私、目が悪いから見間違いしてくれてれば良いのに。

 でも、ふみかも由利ちゃんも一緒に見たしなあ。見間違いはありえない。……にしてもどっちもどこかで見たことがあるんだよなあ。なんで思い出せないんだろう。


「……」

「マリー、起きてんでしょうー」

「……うるさいなあ」


 こっちは、真剣に悩んでるのに能天気な声出して!

 ちょっとは、私の気持ちを考えてよ!


「起きてるじゃん」

「……何」


 お姉ちゃんは、無断でドアを開けてきた。

 プライバシーも何もない。勘弁してよ、もう。


「スーパーで買い物してきてって、お母さんが」

「えー、お姉ちゃん行けば良いじゃん」

「私、これからサークルで大学行かないといけないの」

「お兄ちゃんは?」

「卓は、大学で講義。暇なのは、あんただけ」

「……わかったよぉ」


 なら、仕方ないよね。


 私は、お姉ちゃんから買い物メモとお金を受け取り外に行く準備をする。……暑いから、本当は出たくないんだけど。

 ここにいても、あの店員さんのこと考えちゃいそうだからちょうど良いか。


「頼んだからね。私も出かけるから」

「はあい」


 私も早く大学生になって「サークル」とか「講義」とか言ってみたい!なんか、響きがカッコ良いじゃない?

 ……もちろん、受験勉強は嫌だけどね。



***



 これで何回目だろう。


「楽しかったね、ふみかちゃん」

「……うん」


 スポーツ科の人が使う更衣室。10個の部屋に分かれていて、それぞれに鍵がかかるようになってるの。中には、シャワー室もついていて結構本格的。恵まれた環境だよね。

 ここは、土日でも大会とかの練習をする人がいるから開放されているんだって。


 でも、先生とかはいない。

 早朝に事務員さんが来て開けて、17時ごろに閉めに来るだけ。


 だから、もできちゃうんだ。


「次はいつ会えるの?」


 私は、内鍵のかかった更衣室1でブラウスのボタンを閉めながら、スポーツ科の3年生と会話していた。名前、なんだっけ。思い出せない。


 この人が話しかけてきたのって、いつだったかな。

 いつの間にか、こんな関係になっていた。別に、告白されたわけじゃない。

 好きでもなんでもないのに、簡単にこういうことできちゃうのもどうなの?って思うけど。仕方ないじゃない。そうなっちゃったんだから。


 他の人もよくやってるんだから、珍しいことじゃない。

 別に、お金貰ってるわけじゃないし援交でもないし。


「……いつでも」

「そう。じゃあ、今週水曜は?」

「……良いよ」

「その日、友達も一緒で良い?」

「え……」


 最初は、「憧れ」だった気がする。

 初めての経験に、心が震えた。これが、大人になることなんだって感動した。


 でも、今はただ、この時間が過ぎ去ってくれることを願うだけになってしまった。

 男の人は怖い。私の力なんかじゃ、敵わない。だから、先輩が卒業するのを待つんだ。


 こんなところ、梓やマリたちには見せられないな。テニス部でスポーツマンシップを大事にしている、詩織なんかもってのほか。


「……えっと」

「そうそう、ふみかちゃんのお友達も呼ぼうか。あの、茶髪のギャルちゃんなら喜んで来るっしょ」

「あ、……その」

「あれは相当遊んでるね。俺らの中でも、話題になるよ」

「……あ、梓はそんなことは」

「へえ、アズサちゃんって言うんだ。友達にも話しておくね」

「……」

「じゃあ、また水曜に。俺が誘っておくから」


 え?

 どういうこと?


 ブラウスの一番下のボタンをはめる手が止まる。

 けど、先輩はサッと部屋を出て行ってしまった。


 梓がここに来るの?

 なんで?やめてよ。梓は関係ないじゃん。


「……どうしよう」


 日曜の昼下がり。

 私は、スポーツ科の更衣室の中で立ち尽くす。


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