五月の母親



『鈴木です。タピオカ甘くて美味しかったです。チーズも甘くて好きでした。また行きたいです』



「……読書感想文じゃん」


 家に帰った私は、自室でスマホの画面と戦っていた。

 やっと、友達登録してホッと一息ついてたんだけど、肝心の送る内容に困ってね。さっきから、書いては消してを繰り返してるの。


 タイムセールが16時30分からだから、家を15分に出れば間に合う。ということは、私はあと1時間の間にメッセージを送ればいいんだ。


「……思い浮かばない」


 瑞季と要は、リビングで宿題をやっている。私も現国と物理やらないと。

 ……これ、送ってからね。いつも、マリたちにどうやってメッセージ送ってたかな。思い出せない。


『こんにちは。さっきはありがとうございました』


 ありきたり過ぎ?


『こんにちは、鈴木です。バイト、頑張ってるね』


 上から目線だなあ。ボツ。


『鈴木です。もし、シチューが苦手だったら16:30までに教えてください』


 ……初めてのやりとりが、ただの連絡事項!?

 そんなんじゃダメ!しっかりして、私!!!



***




 やっと……やっっっっと、休憩に入った。

 時計を見ると、進行スケジュールより1時間45分オーバー。本当、勘弁してほしい。


「お疲れ様ー」

「お疲れ様です」

「水分補給しろよー」


 今日は、ドラマの撮影。

 生放送じゃないから撮り直しできるんだけど、それに甘えた準主役のやつが、まさかの台本トチリまくり!しかも、悪びれもせず。

 スタッフさんもゲッソリする中、本人は「頑張ろう、みんな!」みたいな空気でいるから余計イラついたわ。

 オレ、仕事ちゃんとしないやつは大っ嫌い。


「ご苦労様」

「……お疲れ様です」

「ふふ。奏くん、イラつきが顔に出てるよ」

「す、すみません」


 今日は、五月の母親……青葉千影さんも同じ現場なんだ。

 千影さん、どんな現場でもにこやかなんだよな。だから、スタッフさんにも好かれてる。「現場のムードメーカー」って言われるくらい。


「まあ、今回のは私も流石にイラッとしたけどねー」

「とか言って、そんなこと思ってないですよね」

「いやいや〜。顔に出ないだけ、ね?」

「……」


 オレの表情を見た千影さんは、そうやって励ましてくれる。こういうところは、五月そっくり。

 共感するところはしてくれて、間違ってるところは教えてくれる。本当、人間が出来た人なんだよな。


「それより、五月のことなんだけど……」


 でも、彼女は忙しすぎる。

 それはきっと、家族にとっては「良くない」ものとして蓄積されていくんだろうな。


 青葉家を見てると、たまにそう思う。


「なにか?」

「あの子、最近なんだか様子がおかしくて。何か知ってる?」

「……痩せましたよね」

「そうそう。また学校で何かあったのかなって。話したいんだけど、時間が合わなくてね」


 とはいえ、仲は良い。

 お互いにすれ違った時間を過ごしてるから、本音を話す暇がないって感じ。冷え切ってるわけではない。


 親が芸能界入ってると、色々大変だよな。自分の都合でスケジュールをズラすわけにはいかねぇし。


「パパも海外だから、テレビ電話くらいしか交流できないんだけど……。それも、最近拒否してるみたいなの」

「何があったかはわかんないですけど、女遊びはやめたらしいですよ」

「あら、そうなの」


 千影さんも、五月が女を取っ替え引っ替えしてることは承知済み。親なら怒るんだろうけど、そういう感覚を彼女に求めちゃいけない。どっちかっていうと、面白がってるからな。


「好きな子でもできたのかしら?」


 オレは、その言葉にハッとした。


 あいつに?好きな人が……?

 ありえない話ではない。なんで、気づかなかったんだ?


「……さあ。今度聞いてみますよ。千影さんには話さないけど」

「それでいいのよ。子どもからそういうのを聞くのも親の役目。……最近、役作りに没頭しすぎて母親なのを忘れがちだからいい薬だわ」

「……」


 と、前向きだ。でも、それは良い面ではない。


 千影さんの悪いところは、こういう「困難」を役作りの一環と捉えるところ。気持ちは分からなくはないけど、それって子どもにとっては窮屈なんだよ。……言わないけどな。


「セイラさん、次のカットの照明相談良いでしょうか?」

「あら、いいわよ。公園のところよね」


 千影さんは……芸名「セイラ」さんは、照明スタッフに声をかけられるとそのまま、オレに向かって手を振って奥へと行ってしまった。



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