私の手に残ったのは、ドリンク1杯と一枚のレシート



「……こんにちは、鈴木さん」

「…………こ、こんにちは……?」


 聞いたことがある声だなと思って顔をあげると、そこにはあのド派手な見た目の青葉くんがいた。お店の可愛らしいエプロンを着て、こちらに向かって微笑んでいる。


「あ!にいちゃん!」

「おにいちゃんだ!こんにちは!」

「こんにちは、要くん、瑞季ちゃん」


 その展開についていけない私は、後ろに人が並んでいることを忘れて立ち尽くす。


 え、ここでバイトしてたの?

 みんな注目してた店員さんって、青葉くんのことなの!?


「他にご注文はありますか?」

「……あ、えっと」

「ねえちゃん、ミルクティとチーズフォームだって!」


 慌てる私に代わって、要が背伸びをして注文をしてくれた。その隣の瑞季も、嬉しそうに背伸びをして青葉くんを見ている。

 気まずくなった私は、どんな表情をすれば良いのかわからず、ただただ青葉くんの嬉しそうな表情を見ていることしかできない。

 彼、要が喜んでる時の顔とそっくり。


「かしこまりました。氷や甘さ、サイズも選べますよ」

「あ……。マンゴーミルクティが氷少なめで、イチゴミルクが甘さ4、他は全部普通で……」

「おねえちゃんのは甘さ最高でしょ?」

「えっと、その」

「甘いもの、好きなんですか?」

「……好き、です」

「一緒だ、俺も好き。ミルクティは、甘さ5で作りますね。……お会計、税込み1,800円です。少々お待ちください」


 ……あれ、青葉くん痩せた?


 私は、他の店員さんと一緒に注文した商品を作る彼の後ろ姿をボーッと見ながら、さらに細くなった気がする足を見ていた。スキニーはいてるからかも。

 でも、顔色も少し悪かった気がする。夏バテかな。彼、相変わらず学校ではセーター姿だし。


「にいちゃん、最近うち来ないと思ったらここにいたんだね」

「またおにいちゃんと、ご飯食べたい!」

「……そうね」


 ご飯、食べられてないのかな。

 確かに、暑いのにセーターは身体壊すよね。一昨日も、マリが見てて「暑苦しい!」って文句言ってた。


 にしても、手際いいなあ。慣れてるのかな。

 マンゴーって、ああやって切るんだ。種が入ってるなんて、知らなかった。


「ねえちゃん、お金」

「……あぁ!そうね、忘れてた」


 無意識に青葉くんの姿を追っていた私は、要の言葉でハッとしてトレイの上にお金を2,000円置く。危ない、危ない。

 すると、すぐに青葉くんが戻ってきた。


「お待たせしました。3点、どうぞ」

「ありがとうございます……」

「わーい!」

「ちょうだい!」

「おつり、200円です」


 飲み物とお金を受け取ると、青葉くんが続けてレシートを手渡してくれた。

 子どもたちは、各々飲み物を持ってはしゃいでいるわ。

 

「ありがとう」

「ここの、甘くて美味しいですよ。楽しんで」

「は、はい……」


 レシートも受け取った私は、青葉くんの笑い顔を見て胸が苦しくなった。やっぱり、彼、痩せた。すごく、痩せた。


「……あ、あの」

「なにか」


 ダメ。

 言っちゃダメ。


 「忠告」されたでしょう?傷つくって。

 あの時のこと、忘れたの?


「あの、余計なお世話かもしれないですけど……。その、ご飯」


 思考と口から出てくる言葉が一致しない。

 自分でも、なにを言ってるのかわかってない。

 でも、放っておけなかった。


「ご飯?」

「ご飯、食べられてないのかなって思って」

「……」

「あの、今日アサリ入れたシチューなので、よかったらその」

「ねえちゃん!早く行こう!」

「おねえちゃん、後ろならんでるから!」

「あ……。なんでもないです」


 私は、既に列から離れている要たちの言葉で我にかえり、喉元まで出た言葉を飲み込んだ。


「これ、いただきます。バイト、お疲れ様です」


 確かに、まだまだ並んでる。

 周り考えないで、なにしてんだろう。


 なんだか申し訳ない気持ちになりながら、自分のドリンクを手に取り子どもたちの方へ行こうとした。


「……鈴木さん」


 その時、青葉くんの言葉が私を引き止めてくる。


「鈴木さん、今日バイト17時までなので……」

「……」

「行きたいです、夕飯。買い物は行けないけど、一緒に作ります」

「……」

「レシートの裏見て、良かったら連絡ください。返します」

「……」


 レシートの裏?


 予想外の言葉に固まった私は、返事ができなかった。青葉くんは、軽く会釈するとそのまま、次の接客へと向かって行く。


「……これって」


 言われた通りレシートの裏を見ると、なにかのIDと名前が書かれていた。


 これって、青葉くんの連絡先……?



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