正体 その6
「フンッ。誰が現れたかと思えば、とんだ茶番もいいところだな。あのくだらない倶楽部の部員がまたひとり増えたところで、ワタシが勝つという事実は変わらないさ!」
更なる闖入者に対してもカミラは少しも動じることなく、却って暴力的な炎を燃やし始めたように見えた。
「随分と言ってくれるじゃねえかよ。狼男と猫娘は敵わなかったみたいだが、俺はそう簡単にはやられないぜ!」
サキが売り言葉に買い言葉で返す。
「そのキサマのその思い上がった自信を根こそぎ刈り取ってやるまでのこと!」
カミラが上空を見上げた。夜空にはまだ無数のコウモリたちが飛び交っている。
「お前たち、あの身の程知らずの男に、目に物見せてあげな!」
カミラの命令一下、コウモリたちが一斉に急降下を始めて、サキ目掛けて殺到していく。
迎え撃つサキはその場から動くことなく、ただ泰然と構えているだけである。夜空から舞い降りたコウモリの群れが、たちまちサキの体に取り付いていく。
「口だけの輩の典型ね。ものの数秒でけりが付いたわ。呆気ないのもいいとこね」
カミラが冷ややかに言い捨てて、視線をアリスに向けようとしたとき──。
「オイオイ、早合点もいいところじゃねえのか。まだ俺の攻撃の番が終わってないだろうが!」
コウモリに取り付かれた中からくぐもっているが、たしかに自信に満ち満ちたサキの声が上がった。
「──その状態でまだやる気なのか? それとも単なる負け惜しみかしら?」
「生憎とこの状態でもいろいろと出来るんだよ。──せっかくあんたから貰ったコウモリだけどな、持ち主のあんたに全部返してやるよ!」
コウモリの集合体の中心から、サキが声を張り上げた。
次の瞬間──サキの全身に取り付いていた無数のコウモリたちが、激しい羽音を上げながら空へと飛んでいく。コウモリの群れが向かった先は──。
「くそっ、お前たち、どうしたというんだ?」
カミラが驚きの声を上げた。一瞬前までサキのことを攻撃していたコウモリの群れが、今度は一転、カミラに向かって殺到し始めたのだ。
カミラの体に次から次にコウモリが取り付いていく。
「お、お、お前たち……吸血鬼であるワタシの命令が……き、き、聞けないのか!」
コウモリによって顔を半分覆われたカミラが、信じられないという風に美しい顔を歪めた。
「ほら、そっちに取り付いているコウモリたちも、あの女のもとに飛んでいきな」
サキが優希をはじめ、コウや櫻子の全身に取り付いていたコウモリに向かって声を発した。すると、そちらにいたコウモリまでもが、サキの声に従ってカミラに向かって飛んでいく。
コウモリの襲撃からようやく解放された三人。反対に、無数のコウモリの攻撃に晒されて、防戦一方のカミラ。
「そ、そ、そんな……バ、バ、バカな……。ワタシ以外の……命令を聞くなんて……ありえない……!」
さきほどのアリスたちがそうであったように、カミラもまたコウモリたちの攻撃を食い止めることが出来ずにいた。
「俺の攻撃はどうだ? 感想を聞かせてもらえるか? いや、その状態じゃ、声も出せないか」
圧倒的な風格すら漂わせて、余裕極まりない口調で言葉を発するサキの瞳は
「キ、キ、キサマ……も、も、もしや……」
秀麗な顔に何匹もコウモリを張り付かせたままのカミラが、ハッとしたように声を搾り出した。
「オイオイ、今ごろ気が付いたのかよ。遅すぎるんじゃねえのか? ああ、そうさ。俺はあんたと『同族』なんだよ。つまり、あんたと同じ吸血鬼なのさ!」
サキが隠すことなく、高らかにその正体を明かした。
コウと櫻子がそうであるように、京也とのどかがそうであるように、サキもまたその体内に怪物の血を宿しているのだった。
人間と
それこそがサキの真の正体なのであった!
「ついでにあんたにもうひとつ、とっておきのことを教えてやるよ。──いいか、俺のオヤジの名前はヴラド・ツェペシュっていうのさ!」
「ヴ、ヴ、ヴラド……ツェ、ツェ、ツェペシュ……。そ、そ、そんな……まさか……」
カミラが極限まで両目を見開いて、驚愕に顔を大きく歪めた。
「それじゃ、キ、キ、キサマは……あの伝説のお方……ド、ド、ドラキュラ伯爵の……息子というのか……?」
「まあ、そういうことになるかな。これで分かっただろう。コウモリたちがあんたの命令よりも、俺の命令を優先させた理由がな。俺の体には吸血鬼の始祖の血が流れているんだ。あんたの吸血鬼の血なんかよりも、何百倍も濃い血がな!」
「──フッ……よりにもよって、ドラキュラ伯爵の息子を敵に回していたとはな……」
カミラが自嘲気味に口元を歪めてみせた。
「だが、ドラキュラ伯爵もその昔は人間を襲って、その生き血を吸っていたはず……。ならば、なぜキサマは人間如きの味方をする?」
「簡単な話さ。ドラキュラも愛する人には勝てなかったのさ」
「愛する人……?」
「俺の母親だよ。俺の母親は人間でな、当然、吸血行為なんてしない。それで母親と一緒に暮らすようになったオヤジは、それから人間を襲うことはしなくなったのさ。当然、俺もそうなるよな。まあ、俺だって吸血鬼の血が流れているから、吸血行為自体を否定するつもりはないけどな。でも、それはあくまでも相手の同意があって、はじめて成立するものだと思っている。あんたみたいに誰彼構わず人間を襲って、その生き血を吸っていたら、いずれその報いが自分自身に返ってくるんだよ。まさに今のあんたのようにな!」
サキが語気を強めて、カミラの行いを糾弾した。吸血鬼であるサキだからこそ、同じ吸血鬼であるカミラに対して言える重い言葉だった。
「そんな……戯言など……くだらない!」
しかし、カミラはサキの言葉を言下に切り捨てた。
「ワタシは吸血鬼なんだ! 吸血鬼という種族は、人間よりも上位の種族なんだ! それがどうして人間如きの顔色をいちいち気にしながら噛み付く必要があるというんだ! 吸血鬼だったら、誇り高く生きていくべきだ! キサマのように情けない考えしか出来ない者は、吸血鬼について語る資格などない!」
「──俺はそれでも一向に構わないけどな」
サキはカミラの怒号に対して、だからどうしたと言わんばかりの物言いで答えた。
「なに? キサマ、吸血鬼としての誇りがないというのか?」
「悪いがそんなものは、はじめからこれっぽっちも持っちゃいないぜ」
「なんだと! キサマ、吸血鬼の誇りを侮辱するつもりか?」
「いいか、あんたに教えてやるよ。俺が持っている誇りはただひとつだけだ! 俺に対しての誇りだけだ!」
「…………」
「あんたの方こそ、いつまでそんな吸血鬼の誇りなどという古臭い価値観にしがみついているんだ? 自分だけの誇りある生き方を見付けたらどうなんだ? それとも吸血鬼の誇りとやらがないと、怖くて生けていけないのか?」
「──キ、キ、キサマ……」
カミラが暗い目でサキのことをねめつけてきた。
「その目の輝き──どうやら図星みたいだな。吸血鬼云々言う前に、自分の足元をしっかり見つめる目を養うことの方が先みたいだな」
「…………」
黙りこむカミラ。
「さあ、決着はもう済んだことだし、あんたはさっさとトランシルヴァニアの山奥にでも帰りな。そして、そこでしばらく自分の生き方について見つめなおすんだな」
サキがこれで終わりだという風に話を締めた。
「──キサマ、ワタシをそこまで愚弄したことを後悔させてやる……」
しかし、カミラの暗い情念のこもった目は、まだ光を失っていなかった。
「後悔だって? オイオイ、どう考えても後悔するのはそっちだろうが。生きたコウモリのコートを着た状態で、どうやって俺に後悔を見せてくれるんだ?」
カミラの全身には依然として無数のコウモリが張り付いたままである。
「いいか、今こそ本物の吸血鬼の誇りをキサマに見せてやる! まがい物の吸血鬼はその場で愚かに頭を垂れるがいい!」
カミラの真っ赤な瞳が、ひと際色濃く輝いた。全身にコウモリを纏わり付かせたままの状態で、サキに向かって飛び掛かっていく。
カミラは最後の大勝負に打って出たのだ!
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