ショータイム その2

 アリスがカミラとこうして睨み合うのは、今夜、三度目であった。アリスは今度こそここでカミラを必ず止めるつもりだった。


「手加減せずに本気で掛かるからね」


 アリスはそう宣言して、体に気合を入れようとしたのだが、そこで再び、場に闖入者が現れた。


「その勝負、ちょっと待った!」


 大声とともに松林の間から姿を見せたのは、怪物探偵倶楽部のトラブルメーカーであるコウと櫻子だった。


「えっ? 二人ともどうしてここに?」


 驚くアリスをよそに、二人は走ってアリスのもとにやってきた。


「向こうの病院でもいろいろと面倒が起きちまって、それでオレたち二人はのどかに言われて、そいつを追いかけてきたのさ」


 コウが優希のことを指差しながら、かなり省略された説明をする。


「それじゃ、二人とも優希くんが犯人じゃないってことは、もう分かっているわよね?」


 アリスは確認の質問を二人に投げ掛けた。


「ああ、もちろんさ」


「大丈夫よ、アリス。アタシたちも病院で彼からしっかり説明を聞いたから」


 コウと櫻子が揃って頷いた。


「まさか、こんなにキレイな女子高生が真犯人だったとはな」


「キレイなんて言う必要はないでしょうが!」


 コウの感想にすかさず櫻子がいつもごとくツッコミを入れた。


「とにかく、この場は二人に任せるわよ。あたしはきららさんを守らないといけないから」


 最前まで自分でカミラに向かって行くと決めていたアリスだが、心強い援軍が到着したからには、ここはすべて任せることにした。


「オッケー! 任せておけって!」


「ようやくアタシたちの出番みたいね。ここで監視の失敗の穴埋めをしないと、今夜はアタシたちの活躍が皆無になっちゃうからね」


 コウと櫻子がアリスたちを守るように移動する。そして、カミラと対峙し合う。


「なあ、彼らに任せてもいいのかい?」

 

 目の前の状況の変化に戸惑いを隠せない様子の優希が困惑気味に言った。


「いいからいいから。ここは二人に任せておいても平気だから。優希くんはどんと構えていてよ」


 援軍が来て心に余裕が生まれたアリスは、さっきとは打って変わって明るい口調で言うのだった。


「それじゃ、さっそく名誉挽回の為に頑張らないとな!」


 コウがカミラに向かって一歩前に進み出た。


「そうね。いつまでも問題部員のままじゃ、アタシの沽券に関わるからね」


 櫻子も前に進み出る。


「フンッ。どんな援軍が来たかと思えばキサマらごときか!」


 カミラの態度に変化は見られない。


「なんだか見ないうちに、随分とお口が悪くなっちまったみたいだな。オレが教育的指導をしてやろうか?」


「そうやってくだらない軽口を叩けるのも今のうちさ。キサマたちの力ではワタシには絶対に敵わないんだからな!」


 カミラが制服のスカートの裾をなびかせて、宙を飛ぶが如く地面を疾走した。


 正面から突っ込んでくるカミラの攻撃を、しかし、コウと櫻子の二人は闘牛士のようにさらりと華麗にかわしてみせた。


「おい、どうしたんだ? そんな赤ちゃんのハイハイと変わらないスピードじゃ、オレたちの体には掠りもしないぜ!」


 コウが挑発混じりの言葉を発した。


「あら、顔だけはアタシと良い勝負だったけど、運動神経はアタシの方が何倍も上みたいね」


 櫻子はなぜかカミラと美を争っている。


「──ぐぐくく……。キサマら……いったい何者だ……?」


 カミラがその本性を現す毒々しいまでの真っ赤な瞳でもって、二人のことを睨みつける。カミラも一瞬のやりとりで、二人が只者ではないことに気が付いたのだろう。


「オレたちも『あんたと一緒』なんだよ。もっとも、オレは間違っても人間を襲ったりはしないけどな」


 答えるコウの瞳は、非人間的な黄金色ゴールドの輝きを放っていた。


「あのね、自分ひとりが『特別』だなんて思わないことよ!」


 言い含めるように言う櫻子の瞳は、非人間的な緑玉色エメラルドグリーンの光を宿していた。


「──なるほど……。キサマらもワタシと同じような怪物の力を持っているというわけか……」


 二人の正体に気が付いたカミラが、悔しげに深紅の唇を噛み締める。


「さあ、どうするんだ? これでもう終わりなのか? 随分と呆気ない幕切れだな」


 コウがここぞとばかりに挑発する。


「…………」


「どうしたんだ? 驚きの余り声も出ないみたいだな。いつまでそうやってダンマリを決め込むんだ? 早くしないと吸血鬼の大敵である太陽が昇ってきちまうぞ」


「──本当に胸糞悪い連中だな。いいだろう。それならば、ワタシの真の力を見せてやる!」


 カミラが意味深な笑みを浮かべた。


「けっ、勝手に言ってろ! オレの本気がどれだけのものか、こっちこそ見せ付けてやるよっ!」


 コウが野生の狼の如き吠え声を上げた。


「────!」


 不意に、カミラが唇をすぼませて、息を吐き出すような仕草を見せた。さながら口笛を吹くような仕草に見えなくもなかったが、アリスたちの耳には音は一切聞こえてこなかった。


「──くそっ! 危ないぞ! みんな、すぐに逃げるんだ! 『ヤツラ』が襲って来る!」


 何かを察したのか、大きな声を張り上げたのは、カミラと同じく吸血鬼の血を引く優希であった。


「はあ? なんだって言うんだ? よく聞こえないぞ──あ、痛っ!」


 優希の方に振り返ったコウだったが、そこで突然首筋に鋭い痛みを感じて、思わず手を首に伸ばした。たちまちコウの手を真っ赤に染める液体。


「────!」


 顔をしかめたままコウが視線を空中に振り向ける。


 その途端、耳をつんざくような大音量の羽音が夜空から降ってきた。キィキィという金属を擦り合わせたような甲高い鳴き声も混じっている。


「何なのよ、あの黒い塊は……? と、と、鳥……?」


 コウと同じく空を見上げていた櫻子も異変に気が付く。


「鳥じゃない! コウモリだ! カミラがコウモリを呼び寄せたんだ!」


 優希が脇腹を押さえながら、苦しそうに訴えた。


 優希が言う通り、何百匹という途轍もない数のコウモリの集団が、アリスたちの頭上を盛んに飛び回っていた。


「どういうことよ、これ? 何が起きたっていうの?」


 アリスも呆然とコウモリの大群を見詰めるしかなかった。


「カミラはさっき口笛を吹いたんじゃない。人間の耳には聞こえない聴域の声──超音波を発して、吸血鬼の下僕であるコウモリを呼び寄せたんだ!」

 

 優希が早口で説明する。


「クソが。コウモリくらいがなんだっていうんだ! こんなの真夏の蚊と代わらねえよ!」


 コウはそれでも強気な態度を崩さない。


「いつまでそう言っていられるかしら。言ったはずよ。これからが本番だって!」


 カミラが高圧的な物言いで宣言した。


「さあ、あの愚か極まりない連中に身の程を思い知らせてやりな!」


 カミラの命令を合図にして、闇夜を飛び交っていたコウモリの集団が一斉に行動を開始した。



『キキキィィィィィィィーーーーーーーー!!!』



 耳障りな鳴き声を上げながらコウモリたちは急降下してくると、アリスたち目掛けて襲い掛かってきた。


 アリスはきららを守るべく、咄嗟にきららを地面に寝かせると、その上に覆いかぶさった。



『キキキィィィィィィィーーーーーーーー!!!』



 コウモリたちがアリスの体に吸い寄せられるようして纏わり付く。コウと櫻子も同様の状況だった。いくら狼男と猫娘といえども、空中から自由自在に攻めてくる小さなコウモリに対しては、簡単に太刀打ち出来ずにいた。


 カミラと同じ吸血鬼の血を引く優希も、その状況はあまり変わりなかった。コウモリたちは吸血鬼の血を色濃く受け継いでいるカミラの命令しか聞かないのか、優希はコウモリに襲われるがままになっていた。


「フフフ。美味しそうな血がいっぱい流れてきたわね」


 カミラが嬉々と輝く瞳で、地面に横たわる面々を見詰める。


「さあ、誰の血を最初に頂こうかしら」


 まるでレストランでどのメニューを選ぶか悩むような楽しげな口調でさらりと言う。


「そうね。決めたわ。──まずはワタシの大事な顔に傷を付けた、キサマの血を貰うとしようか!」


 カミラが右手をサッと斜めに上げた。それが合図だったのか、アリスに取り付いていた無数のコウモリたちが一斉に飛び去っていく。コウモリが去った後に現れたのは、体中いたる箇所から出血している壮絶な姿のアリスだった。


 吸血の儀式の準備は整った。


 カミラが女王然とした足取りでアリスに近付いていく。

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