大失態
「そろそろ約束の時間になるけど、彼は本当にやって来るのかな?」
さきが玄関前で佇んでいるカミラときららを見つめながら口を開いた。
「絶対に来るわよ。ていうか、来てもらわなくちゃ困るんだから」
アリスは身を隠している木の影から顔を少しだけ出して、さきと同じように二人の様子を注意深く見守っていた。
カミラときららがいる玄関までは、約十メートルといった距離である。アリスたちの『常人離れした脚力』があれば、なにか起きたとしても最悪な事態に陥る前に着くことが出来る距離だった。
あとは彼が来るのを待つだけなんだけど……。
アリスは手持ち無沙汰を紛らわせる為、腕時計に目をやった。時刻は七時五十分過ぎ。時間的に見て、もうそろそろ姿を見せてもいい頃だった。
コウと櫻子の二人がヘマをしていなければいいんだけど……。
若干の不安が胸中を過ぎる。何せ顔を合わせれば、決まって口ゲンカを始める二人である。
そんなアリスとは正反対に、アリスの隣で待機しているさきはいつもの眠そうな顔が信じられないほど、どこかはしゃいでいる様にも、あるいは浮ついている様にも見えた。
「ちょっと、さき。いくら夜が更けてきたからって、そんなに楽しそうな顔をしてないで、真剣に二人の見張りをして!」
相手がさきだと、つい強く出てしまうアリスだった。
「だってアリス、ぼくらの種族は『夜が訪れる』と、自然と楽しい気分になっちゃうんだからしょうがないだろう」
さきがのん気丸出しの声で答えた。それが緊張状態にあったアリスの癇に障った。
「あんたね、今がどういう状況なのか分かって物言ってんの! いい、今度くだらないことを言ったら承知しないからね!」
本来ならば静かにカミラたちのことを見張っていなければならないのに、アリスはそのことをすっかり忘れて大声で怒鳴った。
コウと櫻子の二人と同様に、この二人もまた不安な要素を持っていたのである。もっとも、本人たちにその自覚は一切なかったが……。
────────────────
問題山積の2チームに対して、のどかと京也の二人だけは至って冷静沈着な姿勢で与えられた任務に従事していた。
「うん? 今、アリスの怒鳴り声が聞こえたような気がしたんだけど、おれの気のせいかな?」
京也が耳を澄ますポーズをした。
「京也の気のせいじゃないの? アリスだって部長として、今夜の作戦がどれだけ危険なのか十二分に理解しているはずでしょうから」
京也の傍らにいるのどかが部長思いの返答をした。
「そうか。それならいいんだけどさ……」
京也がつぶやいた瞬間、アリスの怒鳴り声が今度ははっきりと聞こえてきた。さらに、必死に謝るさきの声が続く。
「なあ、のどか。今の声は絶対にアリ──」
「私は何も聞いていないわよ。何もね。こんな大事な作戦を実行しているときに、まさか部長が怒鳴るなんてありえないでしょ?」
のどかがひどく落ち着き払った平坦な声で言った。のどかがキレることはまずない。しかし、冷酷なまでに冷静になるときがある。言うまでもなく、それがまさに今だった。
のどかの性格を熟知している京也はそれ以上アリスたちのことを話題にあげるのはやめて、黙って自分の任務に戻るのだった。
こうして3チームがそれぞれに問題を抱えたまま、時間だけがいたずらに過ぎていった。
────────────────
相変わらず、作戦中だというのにも関わらずアリスがさきに説教の声を張り上げていると、スマホの着信音が鳴り響いた。
「あっ、櫻子、どうしたの? もしかして、とうとう彼が動き出し──」
急いで確認しようとしたアリスの声を制して、櫻子がしゃべりだした。
「アリス、そのことなんだけどね……。その……なんて言ったらいいか……。どう説明すべきなのか……」
「どうしたの? やけに歯切れが悪いんだけど? いつもの櫻子らしくないじゃん」
「だからね……つまりね……はっきり言うと──」
「ああ、もういいや。オレが代わりに話すよ」
話し相手が櫻子からコウに代わった。
「アリスか。あのさ、あの野郎なんだけど、オレと櫻子が話している間に行っちゃったみたいなんだよな……」
コウが非常に簡潔に述べた。
「えっ? 行っちゃったって、どういうことよ? 詳しく説明してもらわないと、なんのことなのかさっぱり分からないでしょ!」
コウの話は大切な部分が省かれていて、内容がよく分からなかった。
「だから──いつ出たのか分からないけど、あの野郎はもうとっくに部屋を出ちまったんだよ」
今度こそコウがはっきりと言った。
「えええええええええええええーーーーーーーーーーーーーっ!」
絶叫で応じるアリス。
「それじゃ、もうこっちに向かって来ているっていうことなの?」
アリスは慌てて訊き返した。
「まあ……たぶん……おそらくは……」
「おそらくじゃないわよ! 二人して何してたの!」
「そう怒鳴るなって。とにかく、オレと櫻子もすぐにそっちに向かうからさ」
言いたいことだけ言うと、コウはさっさと通話を切ってしまった。
「コウ! まだ話の途中でしょうが!」
アリスの心の底から発せられた叫び声が、誰もいない夜の校庭に響き渡っていった。どうやら、アリスの不安は物の見事に適中してしまったみたいだ。
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