第二章 美少年、美少女、そして事件

事件翌日

 翌日──登校早々、六人は例によって例の如く、いつもの部室に集合した。話題の中心はもちろん、昨日遭遇した事件についてである。


 結局、あの後アリスたちはすぐに警察に連絡をした。発見者である六人に対しての警察の事情聴取は、コウの父親が間に入ってくれたおかげで、簡単な話を聞かれただけで済んだ。


 一方、駆けつけて来た救急隊員の手によって白包院病院に運ばれた美佐の容態はといえば、のどかの父親の診断によると、のどかが想像した通り、催眠術による昏睡状態にあり、そのまま白包院病院に入院する運びとなった。


「──ということは、鈴原さんから話を聞くことは当然無理ということよね?」


 のどかからの報告を聞いたアリスは確認の質問をした。


「そうね、鈴原さんに掛けられている催眠術が解けない限りは、話を聞くのはまず無理な状態よ」


 のどかが冷静に返答をする。


「でも、喉を噛まれたわけじゃないし、いくら催眠術といっても、そんなに効果がずっと持続するものなの?」


 櫻子は訝しげな表情を浮かべている。


「催眠術を施したのが普通の人間ならば、催眠術の効果は一日ももたないと思うわ。でも、鈴原さんに催眠術を掛けたのは、おそらく本物の吸血鬼なのよ。鈴原さんに掛けられている催眠術も、私たちが想像している以上のものだと考えた方がいいわ」


「それじゃ事実上、鈴原さんに掛けられている催眠術を解くことは出来ないということね」


 最後の結論部分をアリスが引き取った。


「ええ、そういうことよ。ただし、まったく策がないというわけでもないけど──」


 なぜかのどかは視線をさきに振り向けた。


「鈴原さんに催眠術をかけた吸血鬼よりも、さらに力のある者が催眠術を掛け直せば、あるいは鈴原さんの意識が戻る可能性も考えられなくもないけど──」


「さらに力のある者か……」


 アリスはのどかの視線を追って、さきに目をやった。『朝に弱い』さきはいつもと同じく、半分眠気顔でイスに座っている。


「まあ、この状態じゃ、どう考えても無理ね」


 アリスは早々に結論を下した。


「『今のさき』には確かに無理ね。ただし、『もうひとりのサキ』なら、もしかしたら──」


 のどかが意味有りげなつぶやきを発した途端──。


「じょ、じょ、冗談でしょ! なんで『アイツ』に頼まないとならないのよ! あたしが世界で一番『アイツ』のことを嫌いなのは知っているでしょ!」


 アリスは嫌悪感丸出しの大きな声で抗議した。


「アリスがそこまで拒否するならば仕方ないわね。あと残された方法はただひとつね。鈴原さんに催眠術を掛けた吸血鬼を見付け出して倒すしかないわ。そうすれば鈴原さんに掛けられている催眠術もきっと解けるはずだから」


 のどかが落ち着き払った口調で淡々と話を進めていく。


「でも、それって結局、今回の事件について地道に調査するしかないってことでしょ?」


 アリスは話を本線に戻した。


「そういうことになるかしら」


「つまり一からの出直しってことね……」


 アリスはがっくりと両肩を落とした。


「アリス、そうがっかりするなよ。上手い具合に事件の目撃者と接触出来たこと事態が、ラッキーだったんだからさ」


 今まで黙って話の推移を見守っていた京也が慰めの言葉を掛けてくれる。過ぎたことなど気にしないのが京也の長所である。


「それでいったいこれからどうするんだよ?」


 京也と同じく今まで沈黙していたコウが初めて口を開いた。行動あるのみが信条のコウは、こういった作戦会議が苦手なのである。


「とりあえず朝の議論はここまでにして、教室に向かった方が良いと思うけどなあ。そろそろ一時間目が始まるからね」


 まことに的確な意見を発した主は、眠そうに目をこすりながら壁に掛かっている時計を指差した。


「そうね。続きはまた昼休みにでも──」


 イスから立ち上がろうとしたのどかが、そこで不意に鋭い視線を部室のドアに飛ばした。


「どうしたの、のどか?」


 アリスの質問には答えずに、のどかは静かにドアに向かって歩いていく。


「──誰なの?」


 のどかが部室のドアを一気に開け放った。


「あっ!」

「えっ?」

「お前、なんで?」

「どういうことだ?」


 口々にあがる驚きの声を前にしても、その人物は一切動じる様子を見せることはなかった。


「今日こちらの学校に転校してきました、アルカード・優希ゆうきと言います。以後、お見知りおきを──」


 にっこりと人の良さそうな笑顔を浮かべて自己紹介をしたのは、昨日美佐の家の前で出会った、あの美少年に他ならなかった。

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