魔法使いの分光器

丸山弌

魔法使いの分光器

☆星の光を分析する星紋観測士が経験した、少し不思議な物語

Lux.1 星紋観測士

〔※分光器とは、星の光を分析する装置。機器に埋め込まれた三角形のガラス体〈プリズム〉を通過した光は、虹色の〝スペクトル〟に分解される。スペクトルには、その星の構成物質や温度、大きさ、動き方や距離を示す情報が詰まっている。その虹色の光の分布は星ごとに異なり、独自の星紋せいもんを描き出している――〕



 彼女は、殺人的な日光が照りつける真昼間のショッピングモールを歩いていた。両手に大きなスーパーの袋をさげている。その白い買い物袋を風船のように膨らませているのは、二リットルの麦茶や、層を成す精肉のトレイ、突き出したネギやその他たくさんの野菜たちだ。これらは、これから彼女の一週間分の食料となる。


(昼間という時間は、どうも、私の体質に適していない……)


 ジリジリ肌を焼こうとするG型主系列星――つまり太陽を睨みつけながら、彼女はそう思った。


 彼女の生活が夜行性に転じたのは中学生の頃からだ。学校に行くことが妙にくだらないことのように思えて、寝る時間が増え、気付けば昼夜が逆転して睡眠障害となり、昼間に活動することができなくなっていた。


 しかし幸いにして勉強をする楽しさは知っていたので、高校も大学も、さらにはその先の大学院にも在籍し、卒業と就職もすることができていた。


 なにより彼女にとって幸運だったのは、大学受験の少し前に〈星〉と出会っていたことだ。




 彼女は星紋観測士だった。


 星の観測は夜にしか行うことができないが、それが夜行性の彼女ぴったりだった。恒星。惑星。わい星。変光星。すい星。星雲。銀河。銀河団――夜空は様々な星で満ちており、それらすべてがそれぞれ固有の光を放っている。彼女はその多様性に魅了されていた。

 重いスーパーの買い物袋がじわじわと彼女の筋肉をむしばみはじめていた頃、太陽は夕刻のあかを空に描き出していた。


 彼女は、街の中心地から離れた高台へ向かう坂道を歩いていた。昼夜逆転の弊害へいがいで免許を取れず、タクシーを使えるほど金銭的なゆとりもない。昔は路線バスが走っていたそうだが、へんな場所のせいか、とっくの昔に廃線になっている。ちょうど、自然に溶けかけた錆びたバス停を通り過ぎた。うっそうと木々が茂る斜面に面した山奥へと向かうアスファルトの車道を、彼女は歩き続ける。


 そろそろ一番星が輝きはじめる頃だろう――そう思い、狙いすまして空を見上げると、予測通りの場所で金星が輝いていた。またしばらく歩き続けると、車道から山奥へと繋がる登山道のような未舗装の道が斜面側に現れる。天文台への近道だ。


 木々の隙間を縫うようにして作られたそこへ足を踏み入れると、一気に世界が切り替わる。街から届くうなり声のような人工の雑音が消え、虫や鳥たちの声が響いて、空気は涼しくなり、森がささやきかけてくる。まるで異世界にでも繋がっていそうな道だったが、だからこそ、彼女は敢えてこの道を選んでいた。アスファルトで作られた車道をあのまま歩き続けても天文台へは辿りつくし、そちらの方が坂も緩やかで足元も安定していて歩きやすい。


(しかし、それではダメなのだ)


 道を登りきる――途端に視界が開け、砲台のような天文台施設が姿を現した。それは、異世界への道を抜けた先にある、とてもとても特別な場所だった。

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