第9話 行く途中で友達と出会った

 瑠希はドランとドレミを連れて外に出た。小高い山の中腹にある神社から階段を降りてふもとの道を歩いていく。

 この集まりはなんだろうか。子供を引率するお姉さんか旅行のガイドさんだろうか。

 どう見ても許嫁同士のデートという雰囲気では無い気がする。ドレミも緊張して黙ってしまっているし、ドランは自分の事しか見えてない。

 さあて、どこに行こうかな。とりあえず意見を聞いてみる事にした。


「ドランはどこか行きたいところある?」

「そうだな。瑠希の行きたいところならどこでもいいぞ」

「ドレミさんは?」

「ドラン様のお望みの場所ならどこでも構いませんわ」


 つまりわたしの行きたい場所か……家に帰って休むのが一番なんだけど、そういうわけにもいかないので瑠希は意見を出す事にした。


「じゃあ、図書館に行ってみる? 本がいっぱいあるし涼しいよ」

「おお、本を読むのか。オレは好きだぞ。よし、行ってみようではないか」

「わたくしも賛成ですわ」


 二人とも乗り気になってくれたのは良かった。ドランが本を読むのが好きとは意外だった。

 どちらかというと騒ぎそうなイメージがあったが朝から真面目にテレビを見ていたし、興味がある事には前向きな性格なのかもしれない。

 図書館に向かって三人並んで歩き始める。あそこなら自分も休めるだろう。スマホを見てても怒られない。

 ドランはずっと上機嫌だ。


「瑠希と出かけるのは初めてだから嬉しいぞ」

「あれ? 前に一緒に動物園に行かなかったっけ?」

「違うぞ。あれはお前の恋人とのデートで向こうで会っただけだ」

「…………ああ」


 瑠希は思いだした。ドランを追い払うつもりで拓哉に恋人の役をしてもらったのだ。ドレミが責めるような目を向けてくる。


「瑠希さん、恋人がいますの?」

「いないいない、たっくんはわたしの恋人じゃないよ」

「そうだぞ。今はこの俺がいるからな」


 それも違うと言いたい気分だったが、話がこじれそうなのでもう余計な事は言わないようにした。

 君子は引き際を弁えるものだ。今は図書館の事だけを考えて歩いていくことにしよう。

 しばらく歩くと交差点が見えてきた。そこでばったりと知っている人と出会った。


「あ」

「あ」

「おはよう、るっきー」

「おはよう、萌ちゃん」


 友達でクラスメイトの若草萌だ。彼女は朝からお洒落で明るい服装をしていた。 まさか友達と会うとは思わなくて瑠希は驚いてしまった。萌は不思議そうな顔をする。


「どうしたの? るっきー。なんか驚いた顔してるけど」

「あ、うん。ちょっとね。まさか知り合いと会うとは思わなくて」

「ん~、もしかして……、ドラン君とデート中だった? ごめん邪魔しちゃったみたいで」

「ちがうちがう、そんなんじゃないって」


 瑠希は慌てて否定したが萌の疑いの目は消えていない。だが、ドランは気にしていないようで、逆に萌に興味津々といった感じで近づいてきた。


「ほう、お前は学校で会った瑠希の友達ではないか。不思議な恰好をしているな」

「普通のお洒落だと思うけど。あと名前は若草萌ね。よろしく」


 萌は笑顔で挨拶をした。その態度を見て瑠希は彼女がドランに対して好意を持っているのだろうかと思った。

 彼女はてっきりいきなり許嫁だと宣言した迷惑なドランと自分の仲を上手く離そうとしてくれているのだと思っていたのだけれど。


「そうか、俺は竜島ドランだ。瑠希がいつも世話になっているな」

「こっちこそるっきーにはよくしてもらってます」


 二人は笑顔で握手を交わしていた。どうやら萌は考えを変えたらしい。きっかけは分からないが、ドランを受け入れる方針にしたようだ。

 まあ、自分もあの頃よりはドランの事を好意的に見ているので萌の気持ちも分からないではない。

 それでも許嫁と言われて平気かと言われれば話は別問題なのだが。

 その時、ドランの後ろで萌に対して人見知りをしたように縮こまっていたドレミが動いた。


「あの、瑠希さん。わたくしにもお友達を紹介していただけませんか?」

「あ、そうだよね。ごめん、忘れてたわけじゃないんだけど」


 いきなりの事態で気配りを発動するのは瑠希には重たい行為だ。だが、ここで紹介に動けるのは自分しかいないと頑張る。


「この子はドレミさん。ドランの知り合いで訊ねてきたの。ドレミさん、この子はわたしの友達で若草萌っていうんだ」

「初めまして、ドレミですわ。ドラン様の婚約者でございます」

「こちらこそ初めまして。あたしは……あ?」


 その時の萌の表情をどう表現したらいいだろう。まるで予期せぬ虫と出会ったような。萌はすぐにその表情を引っ込めると、瑠希を連れて交差点の陰に移動して壁ドンしてきた。


「どういうことなの、るっきー。婚約者だって言ってるんだけど」

「わたしもよく分からないんだけど、ドレミさんはドランの婚約者みたいだね」

「いやいやいや、納得している場合じゃないって。ドラン君は瑠希が許嫁だって言ってたじゃない」

「それは言ってたけど、わたしはドランがドレミさんを選ぶならそれもいいかなって思ってるよ」

「るっきーはそれで納得しちゃうの? 嫌じゃないの?」

「それは……少しは複雑だけど。でもドレミさんの事、嫌いじゃないし。それにドランとドレミさんはきっとわたしよりも似合ってると思う」

「……」


 萌は瑠希の言葉を聞いて黙ってしまった。何かを考え込んでいるようだった。やがて思考がまとまったのか彼女は口を開いた。


「あたしは嫌だね。敵前逃亡なんて」

「え?」

「断るのは構わない。でも、何もせずに負けるなんて許せない。だってるっきーが魅力無いって竜神に思われるってことだもの」

「わたしは別に構わないんだけど」

「駄目駄目。るっきーはもっと自分の魅力を考えた方がいいよ。あたしもるっきーのデートに付き合うよ。そこで白黒はっきり付けようじゃない」

「ええ!?」


 なんだか萌の闘争心に火を付けてしまったみたいだ。

 瑠希は適当に出かけて時間を潰せればいいと思っていたのだが、どうやら思ったよりも面倒なお出かけになりそうだった。

 やっぱり家で寝て過ごしておいた方がよかったんじゃないかと思ったが、後の祭りであった。

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