第25話 気持ち
丁度二日後ドライフルーツが完成した。明日はサージェとお茶をする日である。間に合ってよかった。
薄くカットされていたため、よく乾燥し触れるとカサカサとした。紅茶と混ぜればきっと美味しいに違いない。ジャマールと協力し、同じ種類が偏らないように分けていく。ドライフルーツの小山がいくつも出来上がった。茶葉に混ぜ合わせていくと、日本でよく見るフルーツティーと見た目は同じだ。
「試飲してみよう」
テスト用としてアブダッドも呼び全員で試飲をする。
程よくフルーツの香りが移り、華やかな紅茶に仕上がっているようだ。
「美味い、これなら商品になる!」
アブダッドがにやりと笑い、一袋私に手渡す。
「ありがとうございます」
1ペイを払い、袋を手に微笑む。ただの麻袋では味気ないため、可愛らしくリボンを結ぶ。
この為に昨日の朝、パルマが働く工房でリボンを購入したのだ。彼の瞳と同じ紫色のリボン。
そこまで考え顔がほんのり熱くなっている事に気づく。これではまるで恋をしているようではないか。
違う、これは恩人に奢って貰ったお礼なのだ。キリッとした表情を無理やり作る。
一人で百人相しているのをアブダッドに見られ恥ずかしくなる。
「店長、他の商品用にも、リボン使いますか?」
だいぶ余ったので尋ねてみる。残りの袋に結ぶくらいの長さは残っているように見えた。
「いや、俺の考えている色は深緑色でな…」
「なるほど、パルマさんの、もがっ!」
パルマの瞳の色ですね、と言おうとしたら凄みのある笑顔で口を押えられた。
そんなコントのような様子を見ていたジャマールは何を思ったのか私の手から優しくリボンを取り上げる。
「いい事思いついたんだよね、最近女の子の間で流行っているみたいだから」
ちょっと失礼と一言断り、私の背後に回ったジャマールは低い位置で一つ結びにした髪の根元にリボンを結んだ。
「孫が付けていたんだよね」
ニコニコ嬉しそうに笑うジャマールには悪いが、似合っているのだろうか。
そして彼の言葉に瞬きをする。
「お孫さんが、いらっしゃるんですか?」
はじめて聞くジャマールの情報。そういえば私は一緒に働く仲間の事をよく知らない。
三人とも知っているのは名前と年齢くらいだろう。
「可愛い子でね、絵を持ち歩いているんだ」
見せてくれた絵には5歳くらいの女の子が描かれていた。
「可愛らしいですね」
「そうでしょう?目に入れても痛くないとはよく言ったもんだよね」
微笑むその顔は幸せなお爺ちゃんの顔であった。とても和む。
「さて、開店準備始めるぞ!」
アブダッドが切り替えるように手を叩き、全員が一気に動きだした。
また一日頑張ろう、パチンと両頬を軽く叩き歩き出した。
本日はサージェは来ないようである。残念な気持ちと寂しさを感じる。いや待て佐藤律、あなたはそんな事を思っていないのだ。シャヌの言葉に惑わされるな。
昨日も会っているのにそう毎日顔を合わせなくても問題ない間柄ではないか。
勘違いしかけた自分の頭を切り替え、仕事をこなす。
今日も大盛況である。
在庫が心配になるほどアイスクリームがどんどん売れていく。
暑さは和らぐことを知らず、太陽は毎日じりじりと地面を焼いている。一応他国では四季が存在するものの、アグダンは暑い時期が四分の三ほどで、過ごしやすいのは冬だけらしい。
西に位置するグラヴェニア国も似たような気候かと思いきや違うらしい。グラヴェニア国では魔法により、国全体の気温を調整できるという。魔力を持つ人間が遠くから見ると国全体をベールが覆っている様に見えるそうだ。中からは青空は見えないのだろうかと、しょうもない事を考えた。
客に呼ばれ注文を取りに行く。若い女性の三人グループである。
「アイスクリーム三つお願いね。そういえばいつも窓際にいる綺麗な男の人、今日はいないのね」
残念そうにため息を吐く若い女性。少し胸の奥が軋んだ気がした。
「三つですね。常連さんは今日は、来ないようですね」
痛みを無視し、にこやかに対応する。
厨房に向かいながら胸を軽く抑える。体調が悪いのだろうか、胸が少し傷んだ。
動悸に効く日本で有名なあの生薬が必要だろうか。
しかし痛みはほどなく収まり、首を傾げた。
気のせいだったのだろう。
夕方近くになり、珍しくイデアが一人でやってきた。
金髪が艶やかに輝き、エメラルドグリーンの瞳は涼やかだ。女性客の視線を一気に集めた。
「いらっしゃいませ、ご利用は初めてですね」
「あの人を迎えにくるばかりで、ここの名物食べた事なかったからな」
「是非食べて行って下さいませ。ご案内いたします」
サージェがいつも利用している窓際が空いていたのでそこへ案内する。
この人にも客寄せパンダになってもらおうと思う。
外を通った若い女性二人組が興味津々でイデアを見ている。座っているだけで客を呼ぶ男その2。
だんだん思考回路がアブダッドのようになっている気がする。
「ご注文が、お決まりになりましたら、お声かけ下さいませ」
丁寧に頭を下げ、立ち去る。
アブダッドがにやにや笑いながら顎を撫でる。
「リツは色男ばっかり引っかけてくるよな」
「人聞きの悪い言い方、しないで下さいよ」
決して引っかけているのではない。
シャヌ、サージェ、イデアとまた再会できたのは全て縁だと思っている。もちろんパルマやアラム、店の人たちも大事な縁だ。凡人が唯一持つ幸運はこの繋がりであったのだ。
こればかりは何があっても手放すまいと心に決めている。
イデアと目が合い、手を小さく挙げたので向かう。
「この肉の包み焼と食後にアイスクリームを」
「かしこまりました」
ふとイデアを見ると、私の肩を通り過ぎ後ろを見ているようだった。
何か気になる物でもあるのかと思い、視線を向ける。ジーンが女性客と会話を楽しんでいる光景が目に飛び込んだ。夕方のせいもあるが、楽しそうな声がすこし普段よりも大きい気もする。イデアに視線を戻すと、未だに険しい視線を彼へ送っている。
「うちの従業員の、態度ですね?後で注意しておきます」
「いや、すまない問題ない」
イデアは目元を緩め微笑む。良いのだろうか。
「お困りの際は何なりと、仰せ付けくださいませ」
「ああ」
頭を下げ厨房へ引き返す。二度目があったらジーンに注意しようと決めた。
ジーンも会話を切り上げたようで厨房の方へ向かっている。
イデアは閉店ギリギリまでいた。よほど気に入ってくれたのだろう。常連客GETに違いない。
今日も問題なく仕事が終わり帰宅した。
就寝の時間になり、ベッドの上でぐるぐると考える。明日は何色を着て行こうか。
今までは鳥籠にいた時の紅色の被服とパルマに貰った菫色、もう一着は古着屋で購入した青いものを着まわしていた。実はリボンと一緒に新しい被服を2着買ってしまったのだ。これもパルマの工房で作られたもので、家族割引をしてもらい通常よりも安く手に入れられた。工房長の"2着買うなら更に3割引き"という魔法の言葉に乗せられ思わず購入。私は割引きに弱いのである。珍しく淡い色合いがあったという理由もある。ミントグリーン色と淡い空色。それぞれ銀糸で細かな刺繍が施されており美しい出来であった。パルマが両方とも似合うと瞳を輝かせていたのを思い出し口元が緩む。だんだんと瞼が重くなってくる。そのままゆっくりと微睡みに身を任せた。
翌日、普段よりも早く目が覚めた。そわそわと落ち着かず、顔を洗いに行く。
新しい被服を二着並べて見つめる。
「空色にしようかな」
背中の真ん中まで伸びた髪を丁寧に一つに結び、ジャマールの言葉を思い出し上から紫色のリボンを結ぶ。薄く化粧をし、仕上げに口紅をうっすらと引いたところで、ぴたりと固まった。
自分は何故こんなにも気合を入れているのだろうか。
薄暗い部屋に一人、恥ずかしさに悶えた。
どのくらいの時間が経ったであろう、パルマが起きてきた。
「おはようございます」
「おはよう、早いわね。ふふ、今日は逢瀬ですものね」
パルマが慈愛に満ちた眼差しで頷く。つられて頷きそうになって慌てる。
「違います、恩人なので…きちんとしなければと…」
顔に熱が集まる。
パルマは私の両手を取って微笑む。
「自分の気持ちに正直になりなさいな」
微笑みの中に真剣さが垣間見え背筋を正した。
「自分の気持ちを偽ると、後悔ばかりよ。リツは以前よりも真っすぐに前を向いて歩いているわ。自信を持って信じるままに進めばいいの」
真剣さがふっと消え、茶目っ気のある表情に変わる。
「私は自分の信じるままに駆け落ちして、アラムという宝を授かったわ」
「リツという新しい娘にも出会えた」
いつか消えるかもしれない私がこの世界で進んでも良いのだろうか。
パルマの瞳を見つめる。
「いいの…?」
じわりと視界が歪む。涙で視界が覆われて前が見えない。
パルマに優しく抱きしめられ、体が軽くなったように感じる。
「真っすぐに、どこまでも走り抜けるのよ」
「はい」
気付かぬ内に臆病な私は自分と世界の間に線を引き、足を止めていた。
来た時と同じように、急に消えてしまうかもしれない。
アラムも日本から戻った際に、義父に別れを言えなかったと聞いている。
いいのだろうか、人を好きになっても。好きな気持ちだけなら持っていても良いのだろうか。
いつか居なくなるとしても、自分の気持ちに嘘を付かずに進もうと気持ちが固まってくる。
母親というものは強く優しいものである。実の母よりも若いはずなのにパルマはとても大きく感じた。
この世界での母と思っても良いのですか、そう聞くとパルマはもちろんと満面の笑みを浮かべる。
アラムが起きてくるまで二人で抱きしめ合ったままでいた。
パルマに勧められ腫れた目を冷やし化粧を直す。
鏡を見て頷く。大丈夫だ、進もう。
賑やかな広場、大勢の男女が待ち合わせをしている。目の前にある宮殿が太陽の光を浴び白く輝き眩しく感じた。玉ねぎ型のドームの上から一斉に鳥が飛び立つ様子が見える。青空を背景に白い鳥たちが舞う姿は実に美しい。
サージェとの待ち合わせ時間は正午。太陽の位置が分かりやすい為、約束の定番の時間である。心臓がいつもよりも早く脈打っているようだ。紅茶の袋をぎゅっと抱きしめ、彼の姿を探す。
ルフの彫刻の影に彼は立っていた。踝丈の長いワンピースのような紫紺色の被服を纏っており、その上に同じ丈の杜若色の、袖口の広い上着を着ていた。どちらにも繊細な金糸の刺繍が施されてあり、厚みのあるしっかりとした生地は高級な物であろう。腰に巻かれた藤色の布には剣が差してある。
彫刻に寄りかかる姿は女性たちの視線を多く集めている。誰も声を掛けないでいるのは、彼が本を読んでいる為であろう。
一歩ずつ彼の元へ進む。あの女性たちの視線の中に入るのが怖い。
ふとサージェが本を閉じ顔を上げた。その視線は真っすぐに自分の方へ向いている。
口角がゆっくりと上がり優しげに瞳が細められる。
彫刻の影から出た彼は私の方へと歩み寄ってきた。女性の視線が突き刺さる。
明らかに身分の高そうな男と、方や平凡な女。周りの人間の囁き声が聞こえ、内容までは分からないがあまり気分の良いものではない。
サージェはそんな声も気にならない様子で私の前に立った。
待たせてしまった。
「お待たせしてしまって、すみません」
「いや、私も今来たところだ」
広場からゆっくりと歩き出す。
「すまない、もう少しくだけた格好にすれば良かった」
目立ってしまったな、と申し訳なさそうに眉を下げる。
良く街中で見かける膨らんだパンツは、貴族はあまり好んで着ないそうだ。
普段は人に紛れる為に履いていたが、今日はうっかり忘れたらしい。
道行く人がチラチラと私たちを見ているのが分かる。以前一緒に歩いたときよりも視線は多い。
サージェと上手く視線を合わせられず視線を落とす。いつ茶葉を渡そう、そわそわと落ち着かない。
気が付くと、以前一緒に行ったカフワの前に着いていた。
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