第23話 常連客

 サージェと再会してから、彼は客としてカフワへやって来るようになった。

ここは少し庁舎とは離れているだろうに、三日に一度は必ず開店と同時にやって来る。

食事と菓子のセット。毎回たくさん食べて帰っていく。

アブダッドはあんな上客どこで捕まえてきたんだと喜んでいたが、ジーンは女性客の視線が彼に集まることに悔しがっていた。そしてなぜか毎回私が注文を取りに行かされている。

「ここは指名制の、お店ではないのですが…」

アブダッドに苦情を言うも、私が注文を取る時の方が多く頼むからと言われた。

「売り上に貢献してくれるなんて、リツはなんて良い子だろうな!」

高笑いをしながら厨房へ去っていく店長を半眼で睨んでしまったのは仕方のない事である。

 今日も彼はやって来た。長い脚を組み紅茶を飲む姿に女性客の視線はくぎ付けである。

飲んでいるのはセンカティーである。全種類の紅茶をコンプリートした彼は、毎回味を変えており、今は二周目に突入している。ほんのりと微笑みならカップを傾ける姿は店の宣伝になるので、外からよく見えるように窓際に案内するようにしている。座っているだけで売り上げに貢献する男、サージェ様様である。

そんな彼と目が合い、小さく手を上げられた。何か注文したいようだ。

「何をご注文ですか?」

「スノキのアイスクリームを一つ」

「承りました」

ついと袖口を引かれ立ち止まる。

「リツは紅茶の中でどれが一番好きだ?」

「私はフルーツティーが一番好きです。全部入りなので、贅沢な気分になります」

世界一好きな飲み物だと言っても過言ではない。

「ではもう一杯それを頼も__」

彼の言葉はズカズカと近づいてきた足音に消された。

彼の部下であるイデア・アリ=トゥルキスターニーが仁王立ちしていた。

「リツ嬢、その注文は取り消しで。俺は今からこの人を回収しないといけないんだ」

若干疲れたような笑みを浮かべ、イデアは私に申し訳なさそうに言う。

「戻りますよ。今日は重要な会合があるんです」

イデアはサージェを無理やり立たせようとするが、テーブルに引っ付くサージェはなかなか離れない。

「もううううぅ!」

頭を抱えるイデアの様子はここ最近見慣れた光景になりつつあった。

苦労性の彼に同情する。

すっかり紅茶の虜になったサージェはマイペースにまだお茶を飲んでいる。頭を抱えて座り込むイデア。

無言で紅茶を飲み干したサージェは仕方なさそうに立ち上がった。

「美味しかったまた来る。イデア何をしている、行くぞ」

「またのお越しを、お待ちしております。いってらっしゃいませ」

イデアは死んだ魚のような目を上司に向け、私にへらりと笑い二人で去って行った。

爽やかで優し気なサージェではあるが、イデアの様子を見ているとどうやら周りを振り回すタイプに見受けられる。いや、イデア限定なのかもしれないが。そんな一面も見られて嬉しいと思ってしまうくらいにはサージェを気に入ってしまったようだ。

 彼が常連客になってからしばらくして、イデアが職場に戻ってこない上司を探しにきたのがこの光景の始まりである。再会したイデアは私と会話出来ることに酷く驚いていた。

競売の際に逃がしてくれた事に、自分の口から感謝の気持ちを伝える事ができ満足している。



 ドアベルが鳴り響き新規の客が来たようだ。ジーンが入り口に向かったので、私は客の注文を取りに行く。3番テーブルの優雅な雰囲気のご婦人だ。

「紅茶はこちらから、お選びいただけます」

「モルドティーにするわ」

「かしこまりました」

調理場へ伝えに戻ると、ジーンに呼び止められた。

「リツ、ご指名だよ。8番テーブル」

「いつからここは、指名制に…」

しかし可笑しな話だ。サージェは帰ったはずなのだが。

首を傾げながら言われたテーブルへ向かう。はて、近づいていくとどうも見た事のある姿が見える。

ふわりと嬉しい気持ちが溢れる。

「シャヌ!来てくれたのね」

「ふふ、来ちゃった」

ブルーの瞳が細められ、赤茶色の髪が揺れる。

手紙には書かれていなかったが、首都に戻ってきていたらしい。

「紅茶、どれがおススメか教えてくれる?」

「うーん、凄く甘みが強いのが、好きならマロの実とセンカ。爽やかなのが、好きならムクロジかモルド。マロの実以外が全部入った、フルーツティーが一番おススメ」

シャヌの目がキラキラと輝き、楽しそうに選び出す。

「じゃあフルーツティーと、アイスクリームがいい」

「はい。今日のアイスクリームは、ムクロジよ」

「それでお願い。楽しみだな」

友人が今日は二人も来てくれるなんて。とても良い日に違いない。

ジャマールにシャヌの注文を伝え、店内の様子を観察する。

「あの子友達?かわいいね~」

ジーンがにやけながら近づいてきた。

じとりとした視線を向ける。

「シャヌはあげませんよ」

「え~、ケチだな~」

「シャヌが減る気が、するからだめ」

人間は決して減ったりしないのだが、べーっと舌を出す。

苦笑するジーンを女性客が呼ぶ。彼もモテるのだから、さっさと誰かとくっつけば落ち着くだろうに。

女性客の嬉しそうな視線を受け止めながら、メニューの説明をするジーンを眺めた。

「リツ、8番に持って行って」

ジャマールから皿とティーセットを受け取る。

ムクロジアイスクリームと一緒に小さな焼き菓子がちょこんと乗っていた。

不思議に思い聞こうと口を開く前に、ジャマールがウィンクする。

「リツのお友達だから、内緒だけどね」

ニッと笑うジャマールは優しさの塊であった。

ありがとうございます、と頭を下げシャヌの元へ向かう。

「フルーツティーと、ムクロジアイスクリーム、でございます」

「わぁ…これがアイスクリーム…」

「焼き菓子は内緒のおまけだよ」

こそりと囁くとシャヌは嬉しそうに微笑んだ。

「リツと一緒にまた食べに行きたいな」

「手紙に書いてない事も話したいし」

まだシャヌにはサージェと友達になった事を伝えていない。まるで接待のような待遇についても知りたいといころである。

「また会いましょ」

シャヌの言葉に頷いた。

帰り際、三日後の休みの日に会う約束を取り付けた。

再び女子会ができることに嬉しさを噛みしめる。

ジーンが再びやってくる。

「いいな~俺も行きたいな」

「ジーンさんが女装、するなら考えます」

「そりゃひどいな~」

ケラケラと笑いながら、注文を取りに行くジーンの後ろ姿に苦笑した。

サージェが常連客になってから、ジーンから構われる頻度が増えた気がする。

自意識過剰でもなく、本人がそう言っていたので間違いない。

"せっかく俺が先に見つけた面白い子なのに"と不貞腐れた顔で言われても反応に困るものだ。

業務に支障はないので放置しているが、勤務時間中にあまり喋っていると、客の印象が悪くなるのではと心配になる。アブダッドにこっそり質問したところ、今のところ許容範囲内だと言われたのでこれ以上私から何か言う事はない。



 待ちに待った休日。広場でシャヌと待ち合わせをしていると、遠くにイデアの姿を見つけた。見目麗しい若い女性と腕を組んで歩いている。彼女だろうか、嬉し気なイデアの表情が眩しい。苦労性の彼が休日ぐらいは休めますようにと祈っておいた。しばらく待っていると軽い足音と共にシャヌが走ってきた。

「お待たせ!」

「そこまで待ってないよ」

太陽の位置や体内時計がしっかりと分かって来たのか、待ち合わせ時間も大幅にずれることは無くなった。ここの生活にもずいぶんと慣れたものだと目を細める。

二人で連れ立って歩き、以前一緒に行ったカフワに向かう。

たくさんのお菓子や軽食を注文し、座って待つ。

「貴族の男性と、友人になったの。シャヌもあった事のある人、なんだけど」

「事情聴取の時の人かしら?」

「そう、黒髪の人」

サージェは恩人であるのに、色々とご馳走になったり便箋などを買って貰ってしまった事を話す。

貴族男性というものは皆こんな感じなのだろうか、文化なのかとシャヌに尋ねた。

彼女は少し固まった後に、笑いを堪えたような微妙な顔をする。

「文化じゃないわね、ただ人によるというか…何というか」

「なになに、気になるから途中で、やめないで」

「うん…嫌われていないわよ!大丈夫!」

その微妙な間がとてつもなく気になるのだが、シャヌは笑ってそれ以上は教えてくれなかった。

しかし人によるのか。文化ではなかったようで今までの多重債務をどう返そうか悩む。

「シャヌ、どうやって、お礼したら良いかしら?」

によによ笑うシャヌは菓子や茶葉なんかはどうかとアドバイスをくれた。

紅茶の茶葉など良いかもしれない。フルーツを乾燥させて混ぜて渡しても素敵かもしれない。

「リツの恋心を育てるためならば協力は惜しまないわ!」

目を輝かせるシャヌに動揺する。私の、恋心だと?

「え、恋とかじゃなくて友人…だと思っているのだけど」

「何言ってるの、それだけその人の事考えてたらそうに決まってるじゃない!恩人だからとか、友人とか言ってるけれど、リツは恋をしているわ!」

頬を紅潮させるシャヌの勢いについて行けない。鼻息荒く彼女は身を乗り出す。

彼女の年頃だったら恋愛話は大好きなのだろう。だがその内容がアラサーの恋とは。

そもそも庶民と貴族ではそんな関係になれるはずがない。友人というだけでも大変な事だと思っているのだが。

「そんな事言ったら私だって貴族なんですからね!」

私の手を握りながらシャヌは微笑む。確かにそれを言われたらそうなのだが。

「え、でも私が恋…鯉…」

「同じ恩人であるイデア様にはときめかないでしょう?ジーンさんにも」

じわっと顔に熱が集まり汗が額から流れる。いや相手はイケメンでドキドキするのは条件反射のようなものだろうに。少々好みど真ん中というだけで。いや違う、違うに決まっているのだ。

シャヌはにっこり笑ってそれ以上この件に関しては触れなかった。

それからスパッと切り替えたように全く違う話題になったのだが、頭の片隅にシャヌに言われた言葉がこびりついて離れなかった。次に彼と会った時にどのような顔をして会えば良いのか分からないではないか。

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