第22話 貴族は無駄に顔が良い
現役貴族と友人になってしまった。しかし貴族を呼び捨てとなると外聞がよろしくないので二人でいる時のみと条件を付けさせてもらう。
「シャヌ=ラムールも貴族なんだがな…」
不服そうなサージェから目を逸らす。シャヌは別枠である。
まあ今はこれで良しとする、という不穏な呟きは無視しよう。
山盛りだった菓子はほとんど彼の胃の中に吸い込まれていった。
これだけ食べて太らないのは羨ましい限りである。ぺろりと指を舐める彼の色気が凄まじく、視線を落とした。
心臓が妙にうるさい。これだから顔のいい男は…!心の中で悪態をつく。
「少し買い物に付き合ってくれないか?」
ふと思いついたように彼は笑う。
特に用事もなかったので、うっかり頷いてしまった。断ればよかったと後悔したが、サージェのあまりに嬉しそうな顔にまぁいいかと考え直す。
ベルを鳴らし店員を呼ぶ。ここで代金を払うらしい。しばらくして店員がやって来る。
店員が提示した凄まじい金額に眩暈がした。
自分の分はせめて払おうとしたが、サージェにやんわりと止められる。
「これくらい払わせてくれ」
両手を片手でがっちり掴まれ財布に手が届かない、びくともしないのに痛くない。触れられた箇所が熱を持つ。
白状しよう、私はこういったやり取りに免疫が無い。彼氏がいた事もなくはないが、中学生のお遊びの延長線でのお付き合い。ジーンのように軽い男性は上手くあしらえるが、大人の男性にはめっぽう弱い。
「ありがとうございます…」
消え入りそうな声でお礼を言った。
何だか恥ずかしくなり顔を上げられない。
ふっと笑う声が頭上からかすかに聞こえ余計に恥ずかしくなった。
二人でカフワから出てゆっくりと歩く。
サージェは私の速さに合わせてくれているようだった。
子供の声がきゃらきゃらと響き、商人や買い物客の声がさざ波のように聞こえる。
平和な空気を吸い込む。顔の熱はいつの間にか収まっていた。
足を止めたのは文具店の前であった。たくさんの紙やペン、インク等を置いている。
「ペンが折れてしまってね」
葦のような植物や、竹のように見える植物、それらの茎が店に並んでいた。
サージェは出来合いの物ではなく、自分で削るのだという。
彼が物色している間私は店の奥に並んだ出来合いの品を眺めていた。
様々な太さがあり、形も凝ったものから簡素な物まで並んでいる。
色とりどりなインク壺も置いてある。ガラスでできている物が多い。
小物は見ていて飽きない。
ふとレターセットが積まれているのを見つけ、手に取った。
シャヌへの手紙を書くのにそろそろ残りが少なくなってきたのだ。
ここで買い足すのも良いもしれない。金額を確認しながらデザインを選ぶ。
小鳥の絵が描いてある便せんに目が吸い寄せられた。優しいタッチで描かれた鳥。
空色のそれは清々しさを感じる。
一つはそれを選び、もう一つはシンプルな物を選んだ。
封筒はそれぞれ5枚付いているのでしばらく持つだろう。
背後からぬっと手が伸びてきて驚きで体が跳ねた。
すでにペンを購入したらしいサージェが便せんを手にしている。
「リツは手紙を書いているのだったな」
「え、」
「店主これも貰おう」
気が付けば自分の手にあったレターセットが消えている。
「自分で買います!」
慌てて引き留めるが、彼は笑って買ってしまった。そのまま店外へ出る。
借りが積もり積もっていく。多重債務のようである。
「お支払いします、そこまで買って頂けません」
「自分の物のついでだ、気にするな」
「気にします…」
空の色は赤く染まり、人々の影が長く伸びている。
振り返ったサージェの表情は逆光でよく見えなかった。
「…今度、君の務める店へ行っても良いだろうか?」
「え?はい、是非いらして下さい」
突然変わった話題に戸惑いつつも頷く。
「果物を浸した、紅茶が人気です。甘いのできっと気に入って、頂けると思います」
宣伝は大事だ。にこりと営業スマイルを浮かべる。
「良かった、近々行く事にする」
店長、顧客をGETしました。
「家まで送ろう」
「そんな、悪いですから」
「女性の一人歩きは危ない」
はたと思い出す。パルマから外で食べていらっしゃい、とお金まで渡されていたのだ。
店よりも露店で何か買うべきか。
「あの、寄り道もしたいので、本当に大丈夫ですよ」
「どこに寄る予定だ?別に途中ならば問題ない」
この様子だと着いてきそうである。どうしたものかと頭を悩ます。
あまり自分の都合で人を待たせたりするのは苦手なのである。
「私が一緒だと迷惑か?」
サージェが立ち止まり、アメジスト色がゆらりと揺れたように見えた。そんな聞き方をされては、こちらが悪者のような気がしてしまうではないか。捨てられた犬のような表情はやめて欲しいものである。
たくさんの女性達ががちらちらと彼を横目で見ならが通り過ぎていく。
私も見られるため視線が刺さって痛い。どう考えてもアンバランスな組み合わせである。
方や見目麗しい貴族、もう片方は庶民の地味な女。
このままここに立ち止まっているのは目立つ。
「今日パルマさん達の、帰りが遅いらしく。何か買って食べようと、思っていまして」
まだ何を食べるのかも決めていない為、待たせるのが心苦しいと素直に伝える。
「それならば、良い店を知っている」
微笑むサージェに結局押し切られる形でその店を目指す事になった。
親切過ぎてどうして良いか分からない。貴族男性というものは皆サージェの様な行いをするのだろうか。
ジーンも毎回家まで送ってくれている。アラムもあの年にして世辞が言えるのだ。
ひょっとすると、貴族庶民関係なくアグダン国の文化なのかもしれない。
突然サージェに手を取られ、引き寄せられた。すぐ近くで人の争う声が聞こえる。
商人と商人が何やら怒鳴り合っている様子であった。片方はアグダン国の一般的な服装、もう片方は洋服を着ている。周りをやじ馬たちが取り囲んでいる為、先へ進めない。
「サルディア国の商人だ。あまり関わらない方が良い」
サージェが眉を寄せてその場から離れようとした時にざわめきが起きる。
アグダンの商人がサルディアの商人を殴りつけたのだ。そしてそのまま殴り合いに発展してしまう。
「厄介な事になった、治安維持隊を呼ぶ」
サージェは右手を天高く上げ、人差し指で宙に何かを描くように動かした。
指先が光り、青い光の柱が空へ向け伸びていく。それはどこまでも高く伸び、円の形をした光がキィィィンという甲高い音を響かせながら柱を中心に広がっていく。光の柱は動かずに天へ伸びたままである。
美しい光だった。花火ではないが見惚れてしまう。
「これで良い、別の道から行こう」
「外国の方と争いが、起こる事は多いのですか?」
今までそんな様子を見たことが無かったので気になった。
グラヴェニア国に対しては友好的な印象を受けるが、サルディア国の話はあまり聞かないように思う。
「表向きは友好的だ。奴隷制度がありそれが裏の収入源である事に忌避感を抱く国民は多い」
サルディア国はとても広大な領地を持つが、"神聖なる森"と呼ばれる森が南側にあり、森以外の土地の質が悪く穀物が育ちにくいという。森はルフの狩り場であり、何度も開拓をしようとしたが、その度にルフに襲われるらしく手を出せないそうだ。その為他国の領土を虎視眈々と狙っている。ただ表向きは友好的に貿易を行っている。この国の食料を輸出しており、それが途絶えると大きな損害が出る。それもあり、むやみに攻撃することも出来ない。
「ややこしい関係ですね」
「本当に、厄介な国だ」
疲れた表情を浮かべるサージェ。説明を長々とさせて申し訳ない。
「ちなみにアグダン国の南側も未開拓の森林が広がっていてルフの寝床になっている」
なんとこの国も開拓できない土地があるらしい。サルディアと違い土の質が良いため食糧には困っていないのが救いだ。
気付けばサージェに手を引かれ細い路地へ入っていた。
迷いのない足取りで進む彼の大きな背中を見つめる。繋がれた手に視線を落とす。いつの間に繋がれたのであろうか、恥ずかしさがじわじわと襲ってくる。顔が熱いのはきっと夕日のせいだ。
「この店のフォーナムが美味しい」
美味しそうな香りが漂う露店の前で足を止める。香ばしい匂いとフレッシュな野菜の香り。
フォーナムはトルティーヤに似た生地に野菜や肉を挟んだ食べ物だった。
掌よりも大きく一つで十分満たされそうなサイズである。貴族なのにファストフード的なものを食べるのかと意外に感じた。また払おうとするサージェを全力で止め、フォーナムを一つ購入した。
彼は若干不服そうな顔はしたが、あまり奢られるのは心苦しいという私の言い分も聞いてくれた。
一応意見を聞いてくれる事にほっとする。お礼に彼の分も買おうと思ったが丁重に断られた。
サージェも二つ購入したようだ。
「同じ夕食メニューだな」
嬉しそうに微笑む彼は子供のように無邪気だった。
「せっかくだから一緒にそこで食べないか?」
近くに置いてあった椅子はフォーナムを買った客のみ使用して良いものらしい。
一人で食べるのも寂しいので一緒に腰かける。
「美味しいです」
「そうだろう?」
肉汁がじゅわりと溢れ、もっちりとした生地も香ばしく美味しい。
シャクシャクとした野菜の食感もたまらない。
夢中になって齧り付いた。嬉しそうにサージェも齧り付く。
「何だ?」
じっと見つめ過ぎたのか彼が首を傾げた。慌てて口の中を空にする。
「いえ、意外と豪快に、食べるのだなと…思っただけで」
彼は声を上げて笑う。意外過ぎる笑いに驚く。
「すまない、君の私への印象が思っていた以上に貴族らしいものでな。箍を外したい時にこの店に来るんだ。人目を気にせず食べられるからな」
「確かにここは静かでいいですね」
路地裏の為か人は少ない。通りかかってもこちらには目もくれず通り過ぎる者ばかり。
「家でも良いが外の方が気分転換にもなる」
空を見上げるアメジスト色は美しく輝き、その横顔に見惚れた。
食べ終わり立ち上がった頃には、空はオレンジ色と藍色がグラデーションになり端の方では星が輝き始めていた。
結局私は家まで送ってもらった。
恩人にここまでさせてしまって本当に良かったのだろうか。
「リツ、久々に息抜きが出来た。ありがとう」
「こちらこそ、色々とありがとうございました」
深く頭を下げる。頭に重みが加わり撫でられた。
「また会いに行く」
そう言ってサージェは去って行った。
その背中が見えなくなるまで、私はずっと外に立っていた。
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