第16話 そうだ就活をしよう

 ぎこちないものの、会話ができるようになってきた。

2人はゆっくり話してくれるのでリスニングもできている。

アラムにも上達するために共通語で話してほしいとお願いしてある。長い会話の時は紙に書きながら喋るようにしており、分からない単語があればメモを取るようにしている。

とある日の朝の出来事である。パルマから大きな麻袋を渡された。

「開けてみて」

言われるがまま袋を開けると中に布が見える。

全体をよく見ようと引っ張り出してみると、それは美しく華やかな衣装であった。

鮮やかな菫色の光沢感ある生地に、黄緑色の繊細な刺繍が施されており、その模様は孔雀の羽を思わせた。激しい色使いなのに嫌味に見えないのは、柔らかな膨らみのパンツの上から、菫色と同系色の透き通った薄い生地がスカート状に覆っている為だろうか。上衣は、腹部の露出が少なめのデザインになっていた。

「素敵な、衣装、ですね、どうした、のですか?」

たどたどしいながらも、何とか言葉を紡いだ。

パルマは満面の笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開く。

「リツが今まで頑張って言葉を覚えたから、私からの贈り物よ」

数秒後言葉を理解し、驚きで目を見開く。私は養ってもらっているような身分だ、それなのにこのような素敵なものを貰って良いのだろうか。遠慮する雰囲気を感じたのかパルマは着てみて、とぎゅっと私の手を握った。

「ありがとうございます」

遠慮し続けるのも失礼な気がして、私は照れながら衣装を手にした。

平凡な私にこんなにも美しい衣装が似合うだろうか。パルマががっかりしないだろうか。

着替え終わり、二人の前におずおずと出る。

キラキラとした瞳のパルマと微笑むアラム。

「素敵よリツ!やはり私の目に狂いはないわ!」

「可愛い人が着ると、何を着ても似合うよね」

息を吸うようにお世辞を言うアラムの将来が心配になった。

「ありがとうございます」

褒められ慣れていないせいで頬が熱い。

こんなにも良くしてくれる2人の役に立ちたい。手伝いではなく、働いて恩を返したい。

プレゼントを貰ったからではなく、これは前々から思っていた事だ。


「工房に行ってくるわね」

「行ってらっしゃい」

パルマが出かけ、アラムと一緒に散歩に出かける。最近はヒアリング上達の為に外に出歩くようになったのだ。迷子になるといけないからと、アラムも着いてきてくれている。

私ができる仕事は何だろうか。まだ言葉もカタコトで、ヒアリングもゆっくりでないと不安な状態だ。

道に並ぶ商人たちの様子を見る。果物のたたき売りはスムーズに話ができないと難しそうだ。

布を売る商人は値切り交渉をしているようで、激しい応酬が繰り広げられている。

商人は私にはまだ難しいのだろうか。

「リツ、マロの実の飲み物が売ってるよ」

アラムが手を引き、屋台の前で立ち止まる。マロの実は乳白色の液が出る木の実で甘味が強く、安く売っている事もありおやつ代わりによく飲まれるものだ。

売り子の女の子を観察する。安い金額設定のものなら、値切り交渉は無いだろうか。

「リツ、買ってきたよ。何見てるの?」

「何でも、ないよ」

思考から引き戻され、笑顔でごまかす。私が働きたいと言ったら二人は喜んでくれるだろうか。

大した戦力にはならないかもしれない、もし私が何か大きな失敗をして責任問題になってしまったら。

二人に迷惑がかかるのではなかろうか。

自分の気持ちだけでも話してみよう、夜に。

そう決意し、今はアラムとの散歩を楽しむことにした。

マロの実のジュースを眺める。この世界では使い捨てのコップなどは無く、必ず店の前で飲み切り容器は返却する事になっている。その為コップは小さめだ。実に環境に配慮されている、元の世界にも見習わせてやりたいものだ。衛生的にも問題ないように、目の前で洗浄が行われている。水の塊に洗剤らしき液体を入れ徐々に泡が立ち始め、自動で洗われるのだ。魔法による食器洗浄機である。

「おいしい」

心地よい温度に冷やされており、飲んだ瞬間体がひんやりする。暑い気候の為か大盛況である。

「おいしいね、最近は一段と熱いから」

アラムが手で風を送りながら笑う。

一気に飲み切り店員に返却した後、再び散歩を再開する。

ギラギラと照り付ける太陽の下、影がくっきりと黒く伸びている。

日に焼けないようにベールを被っているが、効果があるのか不明である。

この世界に来た時よりも少し日に焼けた腕を見つめる。老化が早まりそうで恐ろしい。

そういえばパルマはそこまで日に焼けていないが、何か対策でもしているのだろうか。

それとも室内勤務だからであろうか。

「リツ、ああいう店興味ある?」

女性がたくさん群がっている大きな店の目の前でアラムが立ち止まる。

「何の、お店?」

「日に焼けるの気にしてるでしょ?日焼け止めの薬を売っている店だよ」

何というタイムリーな話題だろうか。まさか私の態度が分かりやすかったのだろうか。

確かに非常に気になるが、群がる女性たちの中に入っていく勇気がない。

まるでバーゲンのような有様だ。

「興味は、すごくある、けど、弾き飛ば、されそう」

それに、あまり私に対してお金を使わせるのは肩身が狭く感じる。

元の世界でも美容関係の品は高いものが多かった。お菓子やジュースとは桁が違うだろう。

「母さんが買ってあげてほしいって言ってたんだよね」

「でも、私働いて、いないのに…」

「母さん凄腕の刺繍職人だよ、女王の衣装だって手掛けるくらいだし。家計は苦しくないよ」

そんな凄い人の衣装を私は貰ってしまったのか。衝撃を受け固まる。

「リツは遠慮しすぎだよ」

アラムは苦笑し、女性たちの中へと走って行った。

「アラム!」

慌てて追うが、女性たちに弾き飛ばされ入り込む事はできなかった。

アラムは隙間を縫うように進み、あっという間に購入して戻ってきた。

あまりの素早さに舌を巻く。

「はい、あげる!」

輝かんばかりの笑顔に、受け取らざるを得なかった。

これはいよいよ働かねばなるまい。再度強く決意した。


 夕方、食事の下準備をしているとパルマが帰って来た。

パルマと並んで食事の準備をする。最近は食事の手伝いもさせてもらっている。

二人並んでそれぞれ作業を行う。

今日のメニューは煮込み料理とアグダン風炊き込みご飯だ。

私は味付けを覚えた煮込み料理を担当している。ぐつぐつと音を立てる鍋を見つめながら、いつ切り出そうと落ち着かない気持ちになる。心臓の音が彼女に聞こえないかと心配になった。

三人で食事を囲む。のんびりとした会話が心地よく、タイミングが掴めない。

そわそわしているのに気付いたのか、パルマが私を覗き込む。

「どうしたの?」

私はゆっくりと切り出した。

「私も、二人の為に、働くしたい、です」

「いつも、貰って、ばかり、私も、二人に、なにかした、いです」

「ずっと、前から、思って、いました」

二人は私がゆっくり言葉を紡ぐのを黙って聞いていた。

パルマの瞳が優しく微笑む。

「ありがとう、リツ。私たちは今のままで十分なのだけど」

「私は、なにも、していない、でも、無理なら、迷惑、かけたく、ないです」

パルマはしばらく考え込み、私は彼女の言葉を待った。

アラムは私たちを交互に見ている。

「分かったわ、私の知り合いに紹介しましょう」

「接客業だけれど、態度の悪いお客さんも少ないから大丈夫だと思うわ」

私は歓喜で瞳を潤ませた。認めてくれた、これで恩返しができる。

「迷惑、かけない、ように、全力で、頑張ります」

「そんなのは気にしないで、語学の実技だと思って頑張ってらっしゃい」

天使のような笑顔でパルマは微笑んだ。

パルマは3日後休みだといい、その日に紹介してくれるという。

休日を潰してしまうのは申し訳ないが、それも含めて恩返しをしようと意気込む。

「どんな、お店、ですか?」

「グラヴェニア国風のカフワよ」

私は首を傾げた。カフワとは何なのか。

アラムが煮込み料理を口に含ませながらもごもごと答えた。

「日本でいうカフェみたいなものだよ」


 当日の朝を迎えた。

私はこの三日間、死ぬ気で練習して志望動機などをスムーズに喋れるように頑張った。

来るであろう質問も見据えた、丸暗記である。

「向かう、ところ、敵なし!面接、カモン!」

私は燃えていた。未だかつて無い意気込みにアラムは若干引いていた。

日本の就活にすらこんな意気込みは無かった。

アラムは留守番するらしい。

はじめてパルマと二人で出歩く。面接への緊張はあるが、女性二人での外出は心が躍った。

いつもの市場を抜け、城がある方角へ向かう。

「緊張してる?優しい人だから大丈夫よ」

パルマの目が楽しそうに笑っている。

「大丈夫、です。頑張ります」

ある程度スムーズに言える言葉も増えたのだ。きっと大丈夫、自分に言い聞かせた。

アグダン風の建物が立ち並ぶ中、一軒だけ西洋風の建物があった。

パルマがその建物の目の前で足を止める。

ここがそうらしい。グラヴェニア国風とは西洋風の事であったか。

私は二階建ての西洋建築物を睨みつける。

絶対に面接を成功させてやる!

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