第12話 抱擁

 私は無意識に立ち上がった。

「どうして…」

自分の目が信じられない。

ふらふらとした足取りで扉の近くに立っている人物に近づく。

嬉しさと、苦しさと、様々な感情が胸の奥から溢れ出る。

何度も何度も思い返したその瞳は。

彼女は泣きそうな笑みを見せると、私の胸に向かって飛び込んできた。

「シャヌ、シャヌ!」

死んでしまったと思っていた彼女が目の前に、私の腕の中にいる。

温かさを確かめた。紛れもなくシャヌがここにいる。

「生きてる!生きててくれた!」

涙腺が壊れてしまったかのように、私の目から涙が止まらない。

手は震え、足にも力が入らない。彼女からも震えが伝わってくる。

彼女も私もお互いを強く抱きしめ、2人で声を上げて泣いた。

 お互いが落ち着いたころ、自分がどこにいるのか思い出し恥ずかしくなった。

またしても人前で盛大に泣いてしまったのだ。

私たち2人が泣き止むのを、男性陣は温かく微笑みながら待っていてくれたようだ。

シャヌがぽつぽつ話し出すのをアラムが通訳してくれる。



 監禁生活8日目、ジルバーノから命じられ私の新しい衣装を仕立て屋に取りに行ったという。

普段は外に出る用事もなく、外に出るだけで怪しまれると考え仕立て屋に向かったその足でここに来たらしい。私の監禁を密告しようとしたのだ。

しかし誰に言えば取り合ってもらえるのか分からず、取り合えず門番に話をすることにした。

その様子をジルバーノの専属使用人に見られてしまい。

不審に思われ問いただされたものの、その場は上手くかわした。

しかし次の日にジルバーノに呼び出され突然切り付けられた。

ジルバーノは使用人にシャヌを捨てるよう指示し、そこまでがシャヌの見た事だという。

シャヌは私を助けようとして殺されかけたのだ。

 次に、イデアが語った。

潜入捜査報告の為、目立たぬように裏道を選びこの建物へ向かっていた。

細く薄暗い裏道に不審な麻袋を発見し、中身を確認をしたという。

その中から血まみれの彼女を見つけたのだ。

イデアにシャヌは保護され、治療を受ける。

傷が存外深く、治療には3日間かかってしまった。

どうにか一命をとりとめた彼女は、イデアに私の監禁の話をしたという。

そして重要な証言者として匿われた。シャヌが頼った門番は、報告するのを怠っていたようだ。

ここまでが事のあらましだ。

 腕輪があんなに染まるほどの血が出たのだ、さぞ痛かった事だろう…

そう思いまた涙が出た。そんな私をシャヌがそっと抱きしめる。

申し訳なさと、感謝の気持ちが混ざり合う。

何もできなかった自分にとても腹が立った。そんな私を彼女は救ってくれたのだ。

「本当にありがとうシャヌ、私はあなたがいたからあの屋敷で頑張れた」

「生きていてくれて、本当にありがとう」

私の言葉をアラムが訳してくれ、シャヌは笑って頷いた。

彼女は私に向かって笑顔を向ける。

「イサダクテッラワ。スデキスガオガエノタナアハシタワ」

アラムが通訳してくれる。

「私はあなたの笑顔が好きす。笑ってって言ってるよ」

その言葉を聞いて心がふわりと軽くなる。私は泣きながら満面の笑みを彼女に向けた。

 証言が終わったので、シャヌは親元に帰るそうだ。

彼女の生まれた町は少し離れているらしい。

私は赤い封筒と便せんを手渡された。

これは空を飛んで相手に届くようになっているらしい。

私の住んでいる場所と名前が書いてあります、また会えますよ、と彼女は微笑んだ。

まさにファンタジーである。

彼女が去ってから私は気付いてしまった。

「私、文字を書けるようにならなきゃ」

アラムがサージェと会話をしている。

「もう終わったから、一緒に帰ろ!」

振りむいたアラムは私の手を取り歩き出した。

私は慌てて振り返り2人にお礼を言った。

「お二人とも、ありがとうございました!」

意味が通じたのか、二人は微笑み手を振った。



 夕焼け空の下、私は気になっていた事を尋ねてみる。

日本へ行ったというアラム、もしかしたら帰る手掛かりがあるかもしれない。

「アラム君はどうやって日本に来たの?」

少し考えたのち、アラムは喋りはじめた。

「僕が5歳の時に、母さんにつれられて神殿へ行ったんだ」

5歳になると儀式があり、額に「ルフ」の光を刻むのだという。

神として崇めている巨大極楽鳥「ルフ」を模した、鳥の頭に人間の体を持つ女神像から力を取り入れるという儀式。私が見た極楽鳥が神様だったらしい。

儀式が終わり帰ろうとしたところで、神殿の中が白い光で包まれアラムは消えたという。

「僕はその時の事覚えてなくて、母さんから聞いたんだけどね」

アラムは東京駅で保護され、観光客の親からはぐれた子供だと思われたようだ。

もちろん何処を探しても彼の親は見つからない。パスポートもなければ、身分証も持たない子供の扱いに頭を抱え、異例中の異例だが警察官の自宅で預かる事になったそうだ。6歳になるまでその警察官が日本語を教え、小学校にも通う事になったらしい。

「養子って形で学校に通う事ができたんだ」

「そうだったのね…」

まだ5歳の子供が親から離され、突然知らない土地に飛ばされたのだ。大人の私ですら不安だったのに、彼からしたら更に辛い事だったろう。

「寂しかったけど養父がいたから平気だったよ、勉強は大変だったけど」

アラムは思い出したのか苦笑いを受けべる。言葉も生活も一から勉強するのは大変であろう。

私もこれから彼と同じ事をせねばなるまい。

「神殿に行ったら戻れるのかな」

「最近宝玉が盗まれた事があって、一般の人は立ち入り禁止になっちゃって、難しいかも」

私はその盗んだ人を呪いたくなった。神殿に入れば手がかりが見つかったかもしれないのに。

「帰って来たのも突然で、別れも言えなかったのが心残り」

実の父親は物心ついた時にはすでにおらず、養父の事は本当の父親のように感じていたそうだ。

3年前に戻ってきた彼を母親は泣いて喜び離さなかったという。

子供が5年間も離れて暮らしていたのだ、無理もない話である。

アラムはへらりと笑った。

 賑やかな街の中を2人で歩いていく。

商人たちはもう店じまいを始めている。親子連れが賑やかに脇を通り過ぎた。

大きな建物が減っていき、土壁でできている小さな建物が増えてきた。

「あそこが僕の家だよ」

アラムが指さした先には小さな一軒家があり、窓から明かりが漏れていた。

温かみのあるオレンジ色の扉の前で立ち止まる。

窓からは良い匂いが漂ってきている。

私のお腹がぐうと鳴った。

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