第10話 希望の色

 大きな音が部屋に響き渡る。

部屋の扉の向こうから聞こえてきている。爆発音のような激しい音と人の声。

悲鳴も聞こえてくるのは使用人たちだろうか。

ジルバーノは忌々しげに扉を見つめ歯ぎしりをしていた。

一体何があったのだろう。音は徐々に近づいてくる。

「ケドヲコソ!」

「ナルスャシウヨハノモウカムハ!」

扉の向こうから男たちの声がする

心臓が激しく脈打つ。爆発音や、悲鳴が恐ろしい。

手下の男たちは慌てて扉の前から下がり、窓へ向かって走ってきた。

そのまま窓の施錠を焦ったように外し始めた。上手く外れないようで、悪態をついている。

ジルバーノも焦ったように鳥籠の鍵を開け始める。

カシャンと音が鳴り、鍵が外れた。猛禽類のような瞳が私を捉える。

その瞬間。

部屋の扉が爆音と共に吹っ飛んだ。扉が爆発したように見えたが、火薬だろうか。

煙が辺りに充満し、私は思わずせき込む。喉が痛い。

煙の中から緑色が飛びだしてきた。手下の男たちめがけて剣が振り下ろされる。

手下は辛うじてそれを受け止め膝をつく。緑色のマントを着た金髪の男だった。

見覚えのあるその横顔は、一度私を逃がしてくれた彼であった。

手下の別の男が緑色に反撃する。マントをはためかせ、彼は男たちから距離を取った。

相手は数人がかりだ、ハラハラする。

その後、強い風と共に扉から武装した筋肉質な大男たちが大勢踏み込んできて、

手下とジルバーノを囲んだ。

最後に足音を響かせながら一人の細身の男が、青いマントを揺らしゆっくりと部屋に入ってくる。

一つに結んだ長い黒髪は風で煽られ舞い、整った顔には何の表情も浮かんでいない。ただ、冷たい視線をジルバーノに向けていた。ジルバーノの方が体は大きいはずなのに、男の持つ雰囲気に呑まれたのか冷や汗を流し小さく見える。

鳥籠の前まで来た黒髪の男はこちらを振り返り、私に爽やかな優しい笑みを浮かべる。冷たい雰囲気が消えた。その瞳はどこかで見たような、綺麗なアメジスト色。

「ンサウョジオ、ゾタキニエカム」

心地の良い低い声だった。

私は助かったのだろうか。

男は力なく座り込んでいた私に歩み寄り、ハンカチで涙を拭いてくれた。

優しい色を湛えた瞳がゆっくりと細められる。

頭に温かい重みが加わり、優しく撫でられた。

そんな男に向け、ジルバーノが何か叫ぶ。

「ダノモノシタワハレソ、ナルワサ!」

私を安心させるように、男はもう一度微笑むと。立ち上がり私に背を向けた。

部屋を凄まじい冷気が襲う。

青いマントを揺らし、彼は威圧するようにジルバーノに詰め寄る。

「ルスクソウコヲマサキ、デミツノイバイバイレド」

「ナウモオトルレラゲニ、ルイテッロソモコウョシ」

最後に彼は武装集団に向け鋭く声をかけた。

「ケイテレツ」

武装した男たちに捕縛され、ジルバーノたちは引きずられて行く。

振り返ったジルバーノの狂気に満ちた視線が私に突き刺さり、息を詰めた。

「ダノモノシタワハエマオ!」

私の視界に青が広がる。マントで視界を遮ってくれたのだ。

優しいアメジスト色が心配げに見つめている。

金髪の男が駆け寄ってきてニッと笑った。武装した大男も2人後ろにいる。

金髪の男は黒髪の男に楽しげに話しかけた。

「ネタシマキイテッモブンゼコトイイコッカ」

黒髪は特に答えなかった。その代わり私に手を差し伸べ、私はその手を取った。

力強く握られた手に酷く安心した。

部屋から出ると廊下は酷い有様であった。

あちこち焼け焦げ、黒くなっている。とても焦げ臭い。

人はおらず、シンとしている。廊下に5人分の足音が響く。

玄関を出た私は明るい晴れやかな空を見上げた、もう隠れる必要も逃げる必要もないのだろうか。

目の前に馬車が停まっている。

黒髪の男は馬車を指さし、私の背中を軽く押し微笑む。

これに乗るようである。私は一人馬車に乗せられた。

彼らは別の交通手段があるのか、乗らないようだ。

私はどこに向かうのだろうか。鳥籠よりもマシな所であれば良い、と願うばかりである。

シャヌ、私は助かったけれど許してくれますか。私はそっと目を閉じた。



 馬車は道を進む。乗り心地の良いこの馬車はほとんど揺れを感じなかった。

流れていく景色を見ながら不思議に思った。彼らは一体何者なのだろうか。

黒髪の男は武装した集団を率いていた。

軍隊のようにも見えたが、ジルバーノを捕まえていたから警察なのか。

金髪の男に至っては、奴隷売買の現場で働いていたように見えた。

謎の集団。私は騙されて売られる途中だったりしないだろうか。

安心させて、違う奴隷市場に連れて行かれるのでは。

本当に信じて良いのだろうか。突然不安になった。

馬車が少し揺れ、止まった。

これからどうなるのだろう。扉を開けられ、目の前には大男が立っていた。

大きな手が差しだされ、少し戸惑っていると。

お腹に手が回り、子供のように持ち上げられた。すごい腕力である。

そのままそっと地面に降ろされた。

「ありがとうございます?」

降ろしてくれたのだろうし、一応お礼は伝えておこう。

善人の集団かはまだ分かっていないが、どのみち私には行くところがないのだ。

大男について歩いていく。馬車が停まったのは白い大きな建物の前だった。

丸い玉ねぎのような屋根が可愛らしい。壁には幾何学文様の彫刻が施されており、非常に美しかった。

大男の恰好も魔人のようでドキドキする。

とはいってもランプは擦っていないのだけれど。

長い廊下を歩き、噴水のある中庭を通り過ぎた。

色とりどりの花が咲き誇っておりとても綺麗だった。

一室の前で大男は立ち止まり、扉を開いた。

中には、たくさんの男女が床に敷かれた絨毯の上に座っていた。

視線が一斉に私へと向けられる。

その中にジルバーノの屋敷で見たことのある使用人が何人かいるのが確認できた。

つまりこの部屋の人間は、ジルバーノの関係者なのだろう。

壁に沿って黒い被服の男性たちが10人立っていた。全員同じデザインのものだ。

そういえば先ほどの彼ら2人も同じ黒い被服だったような気がする。

私も絨毯に座るように指示された。壁際の一番端が空いていたのでそこに向かう。

一人の女性が立ち上がり私に駆け寄ってきた。あの新しい使用人さんだ。

私はあの罵倒された夢を思い出し、少し後ずさった。

恐怖が蘇る。

「…ハシタワニサイワカミガワ、イサナンメゴ」

何を言っているのか分からなかったが、彼女は泣いていた。

罵倒している風でもなく、怒っている風でもない。怖かったと訴えているのだろうか。

私は困惑した。

私は首をかしげて理解していない、という事を伝えようとした。

彼女は首を振り、私を抱きしめた。私よりも大きな彼女が抱き着くと私はすっぽりと収まってしまい周りの様子が見えなくなる。よく分からないが、嫌われてはいないようだ。

泣く彼女の背中を躊躇いがちに、そっと撫で、つぶやく。

「危険に晒してしまってごめんなさい」

彼女はひとしきり泣くと、黒い被服の男性に連れられて外へ出て行った。

数分ごとに、黒い被服の者に屋敷の者が外へ連れて行かれる。

何をしているのか分からない。ただ徐々に人数が減っているのは確かである。

やることも無く眠くなってきた。悪夢を見たせいでゆっくりと休まった気がしていなかったのだ。

少しくらい、寝ても問題ないだろうか。

幸い一番最後にきたようだし、順番通りにいけば最後に出されるだろう。

気持ちが少し軽くなったせいか、もう悪夢は見ないような気がした。

私は壁に寄りかかり、ゆっくりと目を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る