第6話 ドナドナ
ヴィエラが連れて行かれてどのくらいの時間が経っただろう。
膝を抱えて三角座りをしながらため息を吐く。もう1時間は経過しているような気がする。
周りに人の気配はなく、船のきしむ音と波が打ちつける音だけが定期的に聞こえてくるだけである。
「また独りぼっち」
声に出して言えばきゅうっと心臓が縮むような圧迫感に襲われた。
神様は意地悪だ。せっかく友達ができたと思ったのに。
不意に足音が聞こえだし、耳慣れた鈍い音がして男たちが入ってきた。
とうとう私の番だ。
リーダーらしき男が顎で指示を出している。それに応え一人の男が私の牢のカギを開けた。
カシャンという軽い音がやけに冷たく響く。
私は壁まで後ずさった。
男たちが入ってきて私を腕で拘束しつつ、足枷や手枷を外しだした。
反射的に逃げようと暴れ始めるが拘束は固くびくともしない。
男の腕に噛みついたが払いのけられてしまった。
怖くなって生理的な涙が出てくる。突然口に布らしきものを詰められた。
「
力はゆるまず、今度は金属ではない枷をはめられる。両手と両足の自由が奪われる。
後ろ手で拘束されたせいでろくに身動きが取れない。
一番大きな男が進み出て、芋虫状態になった私を担ぎ上げた。男の上で暴れるがびくともしない。
こうして私は船外へ運び出された。
船外には荷物運搬用と思われる大きな馬車が用意されていた。積み荷を入れるであろう場所は外からは見えないようになっている。中には檻が設置してあった。私が放り込まれると、カシャンと外から鍵が掛けられる音がした。私のほかに若い女性が4人いた。4人とも美人で似た顔をしている。もしかして姉妹だろうか。
私と違って他の4人は芋虫状態にはされておらず、足枷だけだった。
やはり噛んだのがいけなかったのだろうか。凶暴認定されてしまったようだ。
馬車が動き出したのか、振動が伝わってくる。
またじわじわと怖くなり、震えが止まらない。危険人物の所では働きたくない。
涙で前が見えないが手枷が邪魔をし拭うこともできない。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔にそっと触れるものがあった。私は顔を少し上げる。4人姉妹の1人がハンカチで私の顔を拭いてくれていた。
その優しさにまた涙があふれた。
馬車が止まり、馬車の中に緊張が走る。
外から鍵が開けられ、男たちが入ってきた。
4人姉妹は男たちに見張られながら出て行った。私も男に担ぎ上げられて外に出た。
男の肩がお腹に入って苦しい。男の背中と地面しか見えない。
建物に入ったようで土から幾何学的文様の床に変わった。石の欠片などを利用したモザイクでできているようだ。とんでもなくお金持ちそうな家の床である。
一つの部屋に放り込まれた。中には中年の女性たちがおり、全員なにやら櫛らしきものや、衣装を手に持っており4人姉妹を飾り付けていた。その様子をぼんやり見ていた私は、足枷や手枷を外されたところで我に返った。なぜか中年女性たちが近づいてきて、私の洋服をはぎ取りだした。
「え、ちょ、ちょっと待って!」
慌てて抵抗をするが女性のわりに腕力が強くついに押し負けた。
そしてお湯のはられたバスタブに放り込まれ、頭からつま先まで石鹸や布でゴシゴシ洗いはじめた。
「痛いです!痛い!」
痛い、の意味は分かったのか少し優しめな摩擦に変わった。
洗うなら自分で洗いたいものである。恥ずかしくて死にそうだ。
羞恥心をどこかに捨てに行きたい。
おそらく私があまりに汚くて洗いたくなったのだろう。
布で体を拭かれ、私の顔はうんざりとした表情をしているに違いない。さっぱりはしたが、更に不安が高まったではないか。何をさせられるのだ。
中年女性たちは楽しそうに私を飾り立て始めた。この人たちは、あの男たちの仲間なのだろうか。
悪い人たちに見えない為訝しんでしまう。仲間じゃないのなら逃がしてくれないだろうか。
私の前に出されたのは真っ白な生地にジャラジャラとした黄色い飾りがついた衣装である。ふんわり膨らんだデザインのパンツはどう見てもアラビア風だった。
お腹丸出しのデザインは辞退したく思うが、容赦なく着せられた。ベールのような装飾品まである。
髪をガシガシ梳かれ、後ろで一つにまとめられた。
まるでアラビアンナイトのコスプレになってしまった。絶対にアラサーがする格好ではないと思う。
女性たちに着せ替え人形にされグッタリした頃、男たちがやってきて再び私に枷をはめた。
脱走を試みたが、失敗に終わった。
再び男に担ぎ上げられ移動する。男は先ほどまでは嫌そうな表情だったのに、今は普通だ。たぶんさっきは臭かったのだろう。なにせお風呂にしばらく入っていなかったのだ。
男は私を狭い部屋に運び込んだ。中には人が一人入る程度の檻があった。
そこに放り込まれる。
「ヨロイテシクシナトオ」
私の頭を撫でて去っていった。子供だと思われているのだろうか。
化粧を落としたら確かに私は若く見えるらしいが。
それにしてもこの檻は狭すぎる。身動きが取れず腰が痛くなりそうである。
他の4人姉妹も同じように詰められていた。みんな綺麗に飾り立てられてどこぞのお姫様である。
かく言う私も負けじとそんな恰好ではあるが、日本人には似合うまい。
着せ替え人形になって疲れたのか、私は夢の中へと旅立った。
ガンガンガンガン、金属が叩かれる音で私は目を覚ました。鉄格子を男が叩いていた。
酷い目覚ましである。ぼうんやりとしたまま起き上がり伸びをしようとして鉄格子に頭をぶつけた。
痛みに悶える私を男は呆れたような目で見下ろしていた。
4人姉妹の1人が檻のまま連れて行かれる。3人が泣きながら見送っていた。
しばらく経って遠くから雄たけびのような声が聞こえてきて恐怖が増した。
いったい何が行われているのであろう。
男が戻ってきた。今度もまた4人姉妹の内1人を檻ごと運んでいく。
どんどん順番が近づいてくる。
また1人、残ったのは私の顔を拭いてくれた彼女だけになってしまった。
彼女の番になった。そういえば私は彼女にお礼を言えていない。
「あの…!拭いてくれてありがとう!」
何を言っているのか分からないだろうに、彼女は振り返り微笑んでくれた。
扉がしまり彼女の姿が見えなくなり、私は自分の順番を待った。
男が戻ってきて、私の入った檻を運び始めた。
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