第4話 期待
休憩をはさみながら私は川沿いにふらふらと歩いていく。
木々は少なくなってきたが、まだ森の中からは抜けられない。
空は夕焼けで赤く染まりつつあった。もう間もなく夜がやってくる。
こんなにも濃厚な1日なんて望んでいなかった。
人に会いたい、そして助けを求めたい。
頭上から聞こえてきたギイギイという不気味な声に、私は体を固くする。
人を丸のみにできるほどの大きさだったあの極楽鳥の鳴き声だ。慌てて木の真下に移動する。
上空を風を切るような羽音と共に大きな影が通過する。
よく見れば足に大きな動物を掴んでいるようだ。
「獲物のサイズがゾウ並みとか…」
狙われたら一撃で仕留められる自信がある。
いや、そもそも人間サイズではデザートにすらならないに違いない。
恐ろしいことに、巨大な極楽鳥は川の下流の方向へ飛んで行った。向かう先が同じ方向だという事に嫌な汗がじわりと出た。自ら餌になりに行くようなものではないだろうか。
しかし今更上流に戻っても何の手がかりもなさそうなのも事実。究極の選択である。
女は度胸だ、このまま下流へ向かおう。そして人を探すのだ。
人間が絶滅したような場所じゃない事を祈るばかりだ。
薄暗くなりつつある空に不安を覚えながら下流を目指す。
暗いうちに歩いたほうが鳥には見つからないはずだ、鳥の夜目は効かない。
さらさらと小川の流水を聞きつつ足を引きずりながら歩いていく。
もう1年分の距離を歩いたに違いない。都会育ちの平凡アラサーの体力の限界などとっくに超えているのだ。
足がブルブルと震えてゆっくり歩くのが精一杯だ。
随分と歩いたように感じるが、さほど進んだ気がしない。
今日はもう休んだほうが良いかもしれない。
木の近くに座り込みバッグから赤い果物を取り出し齧った。
しばらく咀嚼音が森に響く。
ゴソゴソとバッグの中をかき混ぜる。携帯用の歯ブラシを持ち歩いていて良かった。
お風呂は入れないが、さすがに歯磨きすらできないのは辛すぎる。
ずっと歩いていたから臭いんだろうな、うんざりした気持ちでため息を吐いた。
眠ろうと体を横たえたが、一向に寝付けない。
人間疲れすぎていると眠れないものなのだろうか。
ぐるぐると今日あった事などが思い起こされ不安になる。
ガサリ、という音が森の中から聞こえてきた。体が硬直する。
上流のほうから徐々に音が近づいてくるようだ。
夜行性の肉食獣だったらと恐怖が襲う。震える足を何とか立たせ、その場を離れることにした。
小川の音を頼りに下流へと逃げる。
音は遠くもなく近くもない場所から聞こえており、気を抜くことはできない。
自分の呼吸音すら聞こえてしまうのではと息を殺す。
苦しい。
額から汗が流れ落ち、目にしみる。
早く、早く離れなければ。
こんな事ならもっと早い段階で休めばよかったと後悔した。
音はやがて聞こえなくなったが、油断はできない。
このまま体に鞭打って進もうと決心した。
暗い森に荒い呼吸音が響く。
「もう、無理」
後ろを振り返り、何も追ってこないのを確認する。
しばらく呼吸を整えてから、顔をあげると遠くにオレンジ色の光が見えた。
今までの光る花やキノコとは全く異なる光だ。
もしかして人がいるのだろうか、火ではなかろうか。
期待を胸に光を見つめた。
光のある方向は、なだらかな下り坂になっているためガクガクの足を気遣いながら進む。
あぁやっと、やっと人に会えるかもしれない!
涙で目の前がゆがむのを乱暴に拭い、笑みを浮かべた。
近づくにつれ建物が見えた。あれは正しく人が建てたものだ。
「誰か!」
叫んだ私の声は酷くかすれていた。
喉の奥が引きつったように痛い。
夜目でも分かるような人が住んでいるのを疑うレベルのボロボロの小屋だ。
しかし明かりが点いているなら人が住んでいるはず。
ドンドンドンと力を込めてドアを叩く。
「開けてください!助けてください!」
中でガタガタと音がして扉がゆっくりと開く。
どこか野暮ったく、古臭い洋服が目に飛び込んできた。
中から出てきたのはガラの悪そうな外国人の男たちだった。
ずいぶんと背が高く、いかつい。私の2倍はあるのではなかろうか。全員白っぽい金髪だ。
「ハ…ハロー?」
私の英語は通じていないようだった。そもそも英語なんて喋ることができない。
「タキラカコドエマオ」
「イナセエカハニラカタレラミ」
「ダウソレウクカタ、ゼウソバトリウモツイコ」
一人の男が私の顎を掴んで上を向かせた。
「ブコロヨガクゾキ、ダダハイカマコノメキ」
大きな手が不躾に頬へ触れるのに恐怖がじわじわと襲う。
私は助けを求める相手を間違えたようだ。
「あ、あの…やっぱりいいです~」
男の手を振り払い、後ろにジリジリと下がる。
男たちは嫌な笑みを浮かべ近づいてきた。私の足はすでに限界を超えている。
逃げられない。
恐怖に目の前が真っ暗になった。
腕が伸びてきて、複数で押さえつけられる。
後頭部に痛みを感じたのを最後に、私の意識は途絶えた。
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