中編

 リリアーナちゃんが優しくないなんて誰が言ったんだ? そりゃ、綺麗すぎる顔のせいできつく見えるかもしれないが、気配りの出来るとっても良い子だ。婚約者であるお前の事だって大事にしている。コックに作らせたとか嘘ついてるが、差し入れは全部手作りだし、おまえの体調が悪い時、真っ先に気がつくのが彼女だろうが! 少しは気が付けえぇぇ! この鈍チンのぼんくら野郎!

 怒りでぷるぷる震える俺を、何を勘違いしたか、怖がらなくていいんだよ、僕が守ってあげるから、と肩を抱き寄せようとするぼんくら第一王子。やってられるか! 超特大級の猫をかなぐり捨て、俺は拳を振り上げていた。

「ざっけんなぁああああ! 一番悪いのは二股かけてた、てめーだろうがああああ!」

 右拳がぼんくら第一王子の顔面に綺麗にヒットする。

 女という体はかわらずとも、やたらとハイスペックなこの体は、鍛えてやれば男顔負けだと気がついたのはいつだったか……。前世でもスポーツとしてボクシングを習っていた俺は、現世でもこっそり練習していた。いいストレス解消法だったのだが、今回初めて役に立ったようである。

「おぶぅおぉ!」

 数メートルは吹っ飛び、ぴくりとも動かなくなる。俺の怒りはおさまらない。ずかずかと王子に大股で近寄り、腰に手を当て、憤怒の形相で見下ろした。

「てめーのだらしなさを棚に上げて、人を糾弾するとはいい度胸だ! 淑女にあるまじき行為だぁ? てめーのやってることのほうが数万倍なさけねーよ!」

 怒りがおさまらず、完全に気絶してる王子を踏みまくり、「大体気色悪いんだよ、てめぇ。二度と近寄るな! 顔がいいだけの能なし王子が!」とかなんとか、止めに入った者達をも巻き込んでの大乱闘へと発展し、はたと我に返った時には、王子の側近達含めて、全員たこ殴りにしちまった後だった。

 周囲の唖然とした視線が痛い。

 え? 立ってるの俺だけ?

 累々と屍のように転がっている王子とその他四人を見下ろしつつ、お前ら弱すぎだろう! いや、俺が強すぎるのか? どっちでもいいが、もっと早く止めろおぉ! と訳の分からない突っ込みをしてしまうくらい、俺は焦っていた。

 何故なら、俺は男爵令嬢で、たこ殴りにした相手は王子様。

 流石にまずい。暴行罪に不敬罪……ありとあらゆる罪状が頭の中を駆け巡り、義父ちゃん、義母ちゃん、ごめん、ここまで育ててくれたのに、と心の中で謝った。

 良くて国外追放かな……なんて黄昏れた。

 お家取り潰しだけはマジ勘弁。ここは一つ、ヒロインに都合良く物語が展開するっていう、例のご都合主義満載のヒロイン補正入らないかな? なんて僅かな期待をかけてみる。だって、俺、一応ヒロインポジだもんな。外面だけだけど。

「そこまでだ」

 と、そこで響いた誰かの重々しい声に、のろのろと俺が振り返れば、どこかで見た顔がある。そこにいたのは、護衛の兵士を沢山引き連れた、くそ偉そうな風情のおっさんだ。

「へ、陛下!」

 誰かがそう叫んだ。ああ、そうか、見たことあるはずだ。そんなことをぼんやり思う。玉座に座っていっつも偉そうにふんぞり返ってげふんげふん、もとい、鎮座していらっしゃった方だな、うん。まるで水戸黄門のような登場の仕方だ。

「話は全て聞かせてもらった。まったく頭が痛い。勝手な真似をしおって。第一王子は廃嫡とし、第二王子を王太子にするとしよう」

「はへ?」

 妙な声が漏れてしまった。いいのか、それで、おっちゃん、あ、いや、国王様。

「リリアーナ嬢がいてこその王太子の地位だったからな」

 一応説明して下さった。どうやら第一王子が王太子になれたのは、リリアーナ嬢と婚約した為らしい。よっぽど力ある家系なんだな、リリアーナちゃん。それを勝手に婚約破棄してしまったので、王太子の座もなくなったということか。成る程ねぇ。

「で、あのう、それで……わ、わたしの処分は……」

 俺が恐る恐る(超しおらしく猫かぶりつきで)そう問うと、

「不問とする」

 陛下の寛大な処置に胸をなで下ろす。

 よ、よかったああああ! ご都合主義万歳! ヒロイン補正ひゃっほう! って、あれ? 盛大に喜んだものの、ふとある事実に気が付く。

 ヒロイン補正ってことは……もしかして、俺が万が一にも第一王子と恋仲になっていたら、ヒロイン補正働いて、あのくそ第一王子はハッピーエンドで、リリアーナちゃんが冤罪で大変な事になっていたとか? 確かゲームの中では、第一王子と結ばれるルートあったよな? あれハピエンだったよな? うっわ、あっぶね! ヒロイン補正も考えものだな。気をつけよう。

「少しよろしいかしら?」

 後日、公爵令嬢のリリアーナちゃんが俺の部屋を訪ねてきて、びっくりした。

 意外な訪問に驚きながらも、喜んでしまう自分がいる。

 なにせ、リリアーナちゃんは俺にとっては理想の女性なのだ。話しかけられるだけでも嬉しい。あのぼんくら王子は何を勘違いしたか、リリアーナちゃんから小言を受ける俺を可哀相などと言っていたが、むしろ俺は喜んでいた。ただ恥ずかしくてまともに顔を見られなかっただけ。それを怖がっていると勘違いしたらしいが、はた迷惑な話である。

 ふと俺は、リリアーナちゃんの背後にいる四人のご令嬢達に目を向け、首を捻った。ん? どっかで見覚えが……あ、第一王子の側近連中の婚約者だったご令嬢達だと気が付き、俺は青ざめた。例の婚約破棄騒動に巻き込まれて、どさくさ紛れに彼女達も婚約破棄されたんだっけ。俺のせいじゃん!

「あ、あの時は……」

『どうもありがとうございました!』

「はへ?」

 ごめんなさいと謝ろうとした俺の言葉を遮り、四人のご令嬢が興奮気味に礼を口にした。な、なんぞ?


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