ごめんあそばせ婚約破棄
白乃いちじく
前編
俺には前世の記憶がある。
そんなご大層な記憶じゃない。
日本という平和な国で生まれた平凡な男子高生だ。ゲームが好きで勉強が嫌いで、友人と騒ぐのが大好きで、でもってバレンタインなんかはちょっぴり悲しい思いをしたり……ほんとうにどこにでもいる男子高生だったと思う。
それがある日突然死んだ……らしい。
らしいというのはまぁ、その自覚が薄いから。
危ない! という人の叫びは聞こえたような気はした。頭部に衝撃、暗転。そんな感じだった。状況を鑑みて、誰かに背後から殴られたか、はたまた何か落下物にでも直撃されたか……そんなとこだろうが、多分後者だろうと思いたい。人から恨まれるような事をした覚えはないからな。多分……。
記憶を取り戻したきっかけは至って単純。
好きな女の子にふられたショックから。
気持ち悪いの一言で切って捨てられた俺は、その日のうちに高熱を出して寝込んだ。朝、目が覚めて、ばっちり前世の記憶を取り戻した俺は、しみじみ思ったね。ああ、俺は男だったのか、と。妙な違和感はこれだったのだと思い当たる。
そう、俺は今世は男ではなく女に生まれ変わっていた。
ドレスが嫌いで庭師の子供である男の子と遊ぶのが大好きだった俺。女の子の前へ出れば赤面するし、男に好きと言われると悪寒が走る。どっかおかしいんじゃないかと思っていたら、そういう事だったのか……。
すがすがしい気持ちにはなったが、問題はまるで解決していない。なぜなら中身が男でも外面は女という事実は変わらないから。
淑女教育が急にばからしく感じられるようになったが、下位とは言え一応俺はお貴族様。個人的なわがままなど通るはずもなく、淑女教育とやらをばっちりやらされ、十六才になると魔法学院へと放り込まれた。
そう、驚くなかれ、ここは魔法が使えるファンタジーな世界だ。
で、ここからが本題だ。
乙女ゲームというものを知っているだろうか? 俺は知っている。姉貴に無理矢理やらされたから。お前もこれっくらい良い男になれ! とかいって弟に無理を強いる姉はどうかと思うぞ。こんな男、実際にいねーよ、いたら気色悪い、などという思いはひたすらかくし、主人公であるヒロインを操ってなんとか攻略した記憶がある。
何でこんな事を言うかと言えば、今、目の前で繰り広げられている光景が、そのゲームの一場面と酷似しているから。名前が乙女ゲームの登場人物と全員一緒ってありえるか? 奇妙を通り越して不気味な視線を周囲に送ってしまう。
今はダンスパーティーの真っ最中で、着飾った俺を取り囲んでいる男達は、全員イケメン揃いの将来有望なお貴族様だ。そんでもって、俺の肩を抱いているのが(気色悪いが)、この国の第一王子様。
王子様というだけあって、金髪碧眼、理想の体格をしているきらきらイケメンだ。目の前には、紫の瞳に涙をためた公爵令嬢、見目麗しいリリアーナ様がいて、その彼女が五人の男に糾弾されているのである。
この状況だけでも眉をひそめるにあたいする。五人の男が一人の女をよってたかって糾弾するってどうよ? でもって濡れ衣もいいとこで、俺は唖然となった。
「誤解ですわ、殿下。わたくしはそのような真似は決してしておりません!」
リリアーナちゃんが必死で訴える。
それを厳しい顔つきで一蹴したのが第一王子だ。
「とぼけるのもいい加減にしろ、リリアーナ。ミアにさんざん嫌がらせをしていたことは分かっているんだぞ! 未来の王妃として、あるまじき行為の数々は許しがたい! よって君との婚約を破棄させてもらう!」
おいおいおいおい、婚約解消なんて勝手にしていいもんか? 仮にもお前、王族だろ? つーか、リリアーナちゃんがやったって証拠あんのかよ?
「何度も罵声を浴びせただろう!」
罵声? いや、あれは注意だ。俺、中身がこんなんだからたまにぼろが出る。それを注意してくれただけ。むしろありがたかった。
俺はすかさず割って入った。巨大な猫付きで。
「あ、あのう……殿下、それは誤解です。リリアーナ様は私の為を思って……」
上目遣いでしおらしくそう言ってみるも、
「いいんだよ、ミア。こんな女をかばわなくても。本当に君は優しい子だね」
感激しきりと言った第一王子。うざい、じゃなくて、人の話聞けよ、馬鹿王子。俺は事実を言ってるだけだって。
「ミアはな! 自分の持ち物を壊されたり、ドレスを汚されたりしたんだ!」
まぁ、それは事実だが……。
「あの、でも、それはリリアーナ様がやったというわけでは……」
すかさず、猫をかぶった俺が割って入るも、
「うんうん、彼女が取り巻きにやらせたんだろう? ちゃんと分かってるよ、ミア」
馬鹿王子に遮られてしまう。
だから、聞けって! いい加減にしろよ、お前。どこが分かってんだよ? ちゃんと彼女がやったって証拠あんのか? それと、一々肩を抱くな、きしょい!
「リリアーナ! 君のやったことは、淑女としてあるまじき行為だ!」
どや顔の第一王子が、びしぃっとリリアーナちゃんに指を突きつけ、その他王子に荷担する四人の男達もうんうんと同意する。リリアーナちゃんが今にも泣きそうな顔になっているのがいたたまれない。
うぉお、何だよこれ! 何でこの状態で、俺、ヒロインポジなわけ? くっそう! 俺が慰めてやりてえぇ! だから、肩を抱くな、きしょいつってんだ! 俺はぼんくら第一王子の手をさりげに避け、頭を抱えた。
大体、元はといえば、こいつが元凶じゃないか?
諸悪の根源である第一王子を、俺はじろりと睨み付ける。
このクソ王子が俺にちょっかいをかけたのが原因だろ? ああ、最初は確かに気の毒で親切にしたよ。出来の良い婚約者を持ってどうのこうのと言っていたっけ……。
贅沢な悩みだとは思ったが、出来の良い姉と何かと比較され続けていた俺は、何となくその気持ちがわかってしまって、慰めてしまった。それがよくなかったと気がついた時には後の祭りである。第一王子に話しかけられる頻度が増えると、それに比例するように嫌がらせが増えた。
もともと俺は異性にもてた。全然嬉しくないが、この妖精を彷彿とさせる容姿が異性を引きつけるらしく、やたらともてるおかげで女子の反感を多くかっていた。そこへ王子のアプローチが始まり、俺への反感はうなぎ登りに上ったらしい。
持ち物を壊されたり隠されたり……。
かわいいなと思っていた子からも冷ややかな目で見られたりして、かなり落ち込んでもいた。王子マジうぜぇ……何度そう思った事か。かといって面と向かって罵倒するわけにもいかず、家族の為に猫をかぶって耐え、その結果がこれ……。
いつのまにやら俺への嫌がらせの主犯が、リリアーナちゃんということにされていた。お前ら、頭沸いてないか? 沸いてるだろ?
リリアーナちゃんは容姿端麗、頭脳明晰、理想の女性像を絵に描いたような女性だ。こういう女性を婚約者にするという幸運に恵まれていながら、それを投げ捨てるって感覚が信じられん。俺なら絶対に! 甘やかして甘やかして甘やかす! 他の誰にも渡さん! 他の男の目に触れるなどもってのほか! 見るな触るな状態に……あ、これ以上言うとやばい。ヤンデレになりそう。
「ミアは君と違って人の痛みが分かる優しい子なんだ。それを……」
ぷっちん。何かが切れたような気がした。
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